第四話 烏が鳴く


 容赦なくがなり立てる男に対し、春宵さんは面倒そうに彼の顔から手を離した。

「まぁったく、一白いちしろがやっと起きたのだ。本当ならば、ずっと傍にいたかったのに。お主がうるさいから、仕方なく会合に出たのだぞ」


「当たり前でしょう! 族長たちとの会合なんですよ!?」

「え、会合、抜けてきたんですか!? それは駄目ですよ!!!」

 渋々といった口調の春宵さんに、黒い男は更に怒りを増しながら叫んだ。また、その内容を聞いた私も、思わず非難の声を上げる。

 私にまで怒られると思っていなかったのか、春宵さんは驚いた目で私を見た。


「一白、そう、興奮するでない。大層な会合ではない」

「大層ではないですと、今おっしゃましたか!?」

「まあまあ、アンタも落ち着きなさいって。子供たちも見てるんだから」

 私に対して弁明する春宵さんに、男は更に怒りを増していく。お岩さんがどうにか宥めるが、いつまた飛びついてもおかしくない状況だ。


 普通ならば狼狽えるべきところだが、春宵さんは淡々としたまま、無表情で言葉を続ける。


「そもそも、なにが会合だ。ずうっと面倒だ面倒だと駄々を捏ねてるのを、ぼうっと眺めるだけではないか。どう見ても、あやつらは、宴会のタダ酒飲みに来てるだけだぞ」

「それでも、貴方が陰王かげのおおきみになるためには必要なのです! こんなちんちくりんな人間に、かまけてる暇はないのです」


 ビシッと向けられた人差し指。私の鼻すれすれに鋭く尖った黒い爪の先が突きつけられている。


 え、ちんちくりん?

 ピキッと、自分の額から音が聞こえた。たしかに、容姿が良いわけではないが、初対面の人にちんちくりんと言われる筋合いはない。

 流石に抗議しようと口を開こうとしたが、その前に不服そうに眉を顰める春宵さんの言葉に遮れた。


「何を言う! このぬぼーっとした愛嬌ある顔と、全体的にずんぐりとした身体、星屑のような肌のそばかす! 可愛いだろう!」

 私は春宵さんへと鋭い視線を突き刺す。 

 本人は「なぁ!」と私に同意を求めてきたが、一目惚れしたという彼の言葉に信用度がずるりと減った。


「一白、どうした? やはり、深山みやまが酷いことを言うからか? けして、ちんちくりんではないからな、小さいけれど」

「若様、もう黙んな。お嬢ちゃんがまた困ってるよ」

 だんだんと目が死んでいく私の代わりに、お岩さんによって制止が入る。

 しかし、その制止が上手く伝わらず、「なに? 我が何かしたか?」と首を傾げながら、私に顔を近づける。美しい顔は淡々としているが、桜色の瞳はじっと私を見ていた。


 慣れない雰囲気に、私は再度言葉をなくした。まるで二人きりの時間、恋愛映画のワンシーンのように感じた。

 肌に合わない甘ったるい空間、以後心地の悪さにむず痒い。


 けれど、すぐに二人の世界は、わざとらしい大きなため息と共に霧散する。


「はあ、とりあえず、会合に戻りましょう。あんだけ天啓だ、典型だと大見得きって出かけたのに、収穫無しなのですから。説明する必要があるでしょう」

「あれ以上話すことはないだろ。今は一白の傍に居たい」


 黒い翼の男——深山さんの声に、私は視線をずらす。その先には、忌ま忌ましそうに私を睨む彼の姿が見えた。たしかに、話を聞くに、私に対する感情は良くないのはわかる。

 私だって、前世で大事な会議に出なかった人に対して、怒ったことはたくさんある。

 しかし、怒られている肝心の春宵さんは、彼へ注意を向けることは一切なかった。


「春宵さん、会合に行ってください」

「春宵さん? 他人行儀な呼び方をしないでおくれ。まいだぁりんでも良いぞ」

「えっ……」


 それは少しキツイ。

 話の方向がややこしい方に流れていると肌で感じ、下手な反応はできないと返事に困った私は口を閉じた。途端に訪れる嫌な沈黙。

 そんな中、やはり頼りになるのは残ったこの方だった。


「どうせ、酒盛り目的の大した会合じゃないんだから、お嬢ちゃんを連れてけばいいだろ」

 そう、肝っ玉お母さんのお岩さんである。

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