3.
無気力、とはこういう事を言うのか。と、茉莉は一人部屋の中で冷たい床に寝転んでいた。何をする気も起きない。
先程から、友人たちからの着信やメッセージで携帯は忙しなく鳴いていたが、それを鳴き止ませることも、今の茉莉には出来なかった。あまりにも、今の状況が辛すぎたのだ。
大切な人が、居なくなってしまった。もしかしたら、別れた、ということになってしまったかもしれない。心に大きな風穴が空いて、自分も、人生も、嫌になってしまう。絶え間なく襲う空虚感に耐え忍ぶことが、今の茉莉に出来る精一杯であった。
ふと、彼女との一年間が一気にフラッシュバックする。彼女の笑顔や、柔く茉莉の名前を呼ぶ声や、愛らしい仕草。楽しかった思い出ばかりが、思い起こされた。その中でも、確かに喧嘩はしていた。その度に仲直りしていたけれど、今回はきっと無理なんだろうな、と茉莉は溜息を吐く。その溜息も、泣き過ぎで震えていた。
現実を見ていたくなくて、思わず目を覆う。だが瞼の裏に浮かぶのは、大好きな杏香の顔だった。このままでは、本当に杏香が離れてしまう。私の元から、居なくなってしまう。もう、居ても立っても居られなくなった。忙しない携帯の鳴き声を無視して、一目散に杏香に連絡をする。
《話がしたい》
そう一言、メールを送った。どうか、前向きな返事が来ておくれ。居るかどうかも分からない、神様にそう強く願った。
─────携帯が震える。
誰からの連絡だろうかと杏香は、涙を袖で拭って画面を見た。──そこには、茉莉からのメッセージが入っていた。
《話がしたい》
今更なんだと思う気持ちと、もしかしたらあれは、本心ではなかったのかもしれない。という希望で、半々のまま、返信をする。
《どうして?》
そう一言送る。すると、瞬きの間に既読がついた。ずっと張り付いていたのだろうか。
《別れたくないから。お願いします。家で待ってます》
彼女らしい畳み掛け方だ。焦っている時、彼女はいつも三つ返事になっている。
《分かった。》
そう送れば、彼女からはありがとうの一言が返ってきた。
そのまま来た道を戻るように振り向く。
私だって、別れたい訳じゃない。
また泣いてしまいそうな気持ちをぐっと堪えながら、携帯を片手に握りしめ、茉莉の家へ向かった。
一年間の、楽しかった思い出や、喧嘩の数々を思い出す。
楽しいことが圧倒的に上回る、自分でも想像できないくらい、最高に幸せな日々だった。茉莉のあどけない笑顔が、頭から離れない。あの笑顔を、手放したくない。
気付けば、早足になり、足が軽くなって、駆け出していた。
会わないことには、何も始まらない。会わないことには、何も終わりはしないから。
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