第9話 腕試し

 威圧感が消えてから暫くすると、馬車が動きだし王都へと向かい始めた。恐らくは、何か揉め事が起こってもすぐに対処出来るように待機していたのだろう。実際、気に入らないと斬り捨てそうな勢いだった。何事も無くて一安心である。


 1日目とは打って変わって、シャルと話していると時間の流れが早く感じた。やはり話し相手がいるだけで移動時間が格段に楽しい。それはシャルも同じようで、日が傾いている事に衝撃を受けていた。

 彼女と話していると、意外と共通点が多いことに驚く。妾の子である事、兄がいる事、領地から出たことがない事など。些細なことではあるが、親近感を持たずにはいられなかった。唯一、決定的に違うのは家族の愛を知っているか、そうでないかだろう。ユンベルト辺境伯は良き当主であり、良き夫であり、良き父でもある様だ。僕の父にも見習って欲しいものである。


「シモンの心器は面白いわね。翼が生えるなんて、辺境でも聞いた事がないわ」

「君が大剣を使うことの方が驚きだけどね。それとも辺境ではそれが普通なのかな?」


 今はシャルのご厚意に甘えて、夕食をご馳走になっている。1日中話していた事もあり、冗談も言えるくらいには仲良くなれた。途中、「最初のは冗談だったのね、ただの軟派野郎なのかと思ったわ」と言われた。妹のセレストにあまり軽口を叩くな、と言われていた理由がわかった気がする。まぁ、お世辞でもなんでもないので素直に受け取って欲しい所ではある。


「ねぇ、シモン。少し打ち合いでもしない? 勿論心器じゃなくて、ただの木剣よ。ね、いいでしょ?」

「んー、まぁそれなら⋯⋯」


 シャルの顔でお願いをされると、どうにも断りずらい。ただ、僕自身エリク以外で模擬戦をしたことがないので、少し楽しみでもある。エリクは僕に勝てないと悟ると、早々に諦めてしまう。張り合いがないのだ。


「魔法は補助魔法あり攻撃魔法なし、審判の指示に従うこと。ルールは大丈夫そうかしら」

「それで大丈夫だよ」

「⋯⋯それでは模擬戦を開始します。始め!」


 開始の合図と共に、シャルが直線で突っ込んでくる。僕がそれを受け止めると同時に、シャルは自身に補助魔法を発動させる。薄紅色の髪が揺れ、紅のオーラを放つ。火の身体強化魔法だ。筋力が上がり、僕は後方に押し出される。

 どうやら最初からフルスロットルで来るらしい。そう来るならと、こちらも風の身体強化を施す。火が単純に筋力に補正をかけるのに対して、風は運動神経に補正をかける魔法である。反射神経や、器用さが上がるだけで力や素早さは上がらない。なので追加で移動系の補助魔法を重ねる。


「ふっ!」

「っ! 早いわね!」


 模擬戦では攻撃力は大して必要ではなく、いかに攻撃を加えるかが勝負の鍵である。風の魔法は火力不足に陥り易いが、速さで翻弄する事が出来ればそれで十分である。

 ギルバートさんの言う、対人では僕に分があるという意味が分かった。単純に経験値の差だろう。魔物との戦闘経験が多い分、速さだけなら捌けるが搦手が極端に苦手だ。


「優男の癖して、なかなかえげつない攻撃してくるわね!」

「はは、顔のこと言うなら君もじゃないか! 可愛らしい顔からは予想出来ない強さだよ、本当にさ!」


 シャルはフェイントを気にするあまり、単純な攻撃にも反応が遅れ始める。こうなってしまえばもう勝負はついただろう。僕はあえて短く距離をとる。シャルが斬りつければ届く距離だ。それを見逃す彼女ではなく、しっかりと追撃を仕掛ける。前傾姿勢で、恐らく方向転換は難しいだろう。


「え?」


 その瞬間、僕は用意していた突風の魔法を発動させて無理やり横に移動する。するとどうだろう。シャルの背中がガラ空きである。僕はそこにすれ違いざまに「コツッ」と木剣を軽く当てた。


「勝負あり!」


 僕の勝ちだ。シャルを見ると、あからさまにむくれている。少し可愛いと思ってしまったが、恐らく言ったら怒る。思い切り木剣をぶつける訳にもいかなかったので、正直許して欲しい。


「ごめんね、シャル。流石にご令嬢に手を上げる訳にはいかないからさ」

「⋯⋯言いたいことは分かるわ。けど、全然納得いかないわ!」

「どうです、シャルル様。私の言った通り、シモン様はお強かったでしょう? 恐らく、攻撃魔法も含めれば私ともまともに打ち合えると思いますよ」

「流石にそれは言い過ぎですよ」


 確かに元々魔法の方が適正が高いこともあって、攻撃魔法が使えればかなり立ち回れるとは思う。それでもA級の魔物とやり合えるであろう人物と、果たしてまともな勝負が出来るだろうか。


「はぁ⋯⋯、同年代に負けたのは初めてだわ。それも手加減された上でなんて、悔しすぎるわ」

「紳士的だって言って欲しいなぁ」


 悔しそうにしているシャルを見て、ギルバートさんはとてもニコニコしている。


「シモン様は万能型ですから、特化型のシャルル様では相性が悪いのですよ。それに加えて火の魔力は攻撃に傾倒していますから、そう気を落とさなくとも大丈夫です。とは言っても、ありありのルールでとシモン様の方が強いと思いますけど」

「え、なんで焚き付けるような事言うんですか!?」


 励ましたいのか何なのか。しかし、彼女は彼女で満更ではなさそうだ。僕としても、久しぶりに心のそこから楽しいと思えた模擬戦だった。

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