第8話 試される

 昨日は色々あった。ユンベルト辺境伯の騎士がいなかったら、確実にグロッキーな状態だったに違いない。慣れていないと1日の野宿でも身体が休まらないらしく、まさに泥のように眠っていた。


「シモン様、中に居られますか? ギルバート殿からお話があると」

「わかった。今出るよ」


 準備が終わり、間がよくコームがテントの外から声をかけてくる。ギルバートさんの話というのは、恐らく王都へ行く際の確認をしたいのだろう。別に少し後ろから着いてくだけで良いのだが、向こうとしても気が引けるのかそれは断られた。


「お待たせしました、ギルバートさん。それでお話というのは?」

「いえいえ、大丈夫ですよ。ご提案なのですが、ユンベルト辺境伯のご息女であるシャルル様にお話をしたところ、シモン様に大変興味を持ったようでして。宜しければ同席するのは如何かと思いまして。言葉は悪いですが、そちらの馬車より乗り心地は良いでしょうし、シモン様にとっても悪い話ではないと思うのですが」


 顔くらい合わせるかなとは思っていたけど、まさか同席を求められるとは。ギルバートさんは人望も厚いようだし、こちらの損になるような事は無いと思うが世間体的に良いのだろうか。普通、15の令嬢であれば婚約者が居てもおかしくはないのだが。


「あぁ、その事でしたら心配ないですよ。シャルル様は『自分より弱い男に嫁ぐ気はない』と豪語する御方です。今更、世間体程度を気にしませんよ」

「それはそれで問題では?」


 リアル豪傑タイプのお嬢様なんですね。言われてみば辺境の令嬢が、普通の令嬢と同じ様になるかと聞かれたら難しそうだ。何しろ辿り着くまでに相当な技量を要するらしい、武の道に進んで弱い訳がない。中途半端に訓練出来る場所では無いからだ。


「当主様は頭を悩ませておりますよ。あ、ですがシモン様であればいい勝負ができると思いますよ。対人に関してはシモン様の方が1枚上手でしょうし、シャルル様は対魔物に特化していますから」

「それは喜んで良いのか図りかねますね⋯⋯。とりあえず、お話についてですが、お受けしたいと思います。私としてもユンベルト辺境伯のご令嬢に興味が湧きました」

「おぉ! シャルル様もお喜びになります。それではこちらの準備が出来次第お呼び致しますね」


 そう言ってギルバートさんは颯爽と現場指揮に戻っていく。西の大森林へ遠征をすることもしばしばある様で、設営に関してはかなり手早く出来るらしい。これもコームから聞いた。年の功というやつなのか、色んな人から情報を持ってきている。観察眼も鋭いし、僕は最近ただの執事では無いのではと思い始めている。


「こちら、ご用意出来ました。ご案内致します」


 案内の騎士について行くと、そこには立派な馬車があった。大きさはそこそこではあるが、見るからに丈夫に出来ているのが分かる。ユンベルト辺境伯の領地からかなり遠いだろうし、実利をとった結果こうなったのだろう。貴族らしくない貴族だ。

 案内の騎士が馬車の扉を開け、僕は中へと入っていく。中には1人の侍女と可愛らしい少女が座っていた。


「この度はお招き感謝致します、シャルル嬢。フォール伯爵家次男、シモン・フォールといいます。お会いできて光栄です」

「ご丁寧にどうも。ユンベルト辺境伯長女、シャルル・ユンベルトです。ギルバートから話は聞いております。対人では私に勝るとか」


 う、うわぁ。アイドルみたいな風貌にも関わらず、目が戦闘者のそれだ。一体ギルバートさんはどんな説明をしたのか。


「私などまだまだです。盗賊相手に精一杯でしたから」

「⋯⋯本当に驕らないのね。私、堅苦しいのは苦手なの。だから貴方も口調を崩して頂戴」

「シャルル嬢がそう言うなら、僕もそうさせて貰うよ。驕らないと言うより、事実を述べたまでだよ」

「無傷で勝って精一杯とは、中々面白いわね」


 大きな目に長いまつ毛、ストレートの赤ピンクの髪、華奢な身体。どれをとっても世の女性が羨みそうな少女なのに、未だに威圧感が消えない。僕はそれを受け流す事しか今は出来ない。


「ははは、決め手にかけるのが僕の欠点なので。ところでシャルル嬢、もっとリラックスしませんか? 今の顔も素敵ですが、可愛らしいお顔の方がお似合いですよ」

「あら、嬉しいわ。他のご令嬢ならときめくのでしょうけど、私は貴方を好敵手としか今は見れないわ。ごめんなさいね?」


 シャルル嬢はどうやら冗談が好きじゃないらしい。より一層圧が強まる。ここまでくれば外の人間も気付くだろうに、介入してくる様子は無い。侍女も涼しげな顔をしている。日常茶飯事なのだろう。


「ユンベルト辺境伯の領地は西の大森林に面しているとお聞きしました。やはり、日常的に鍛錬をしに行っているのでしょうか? 僕はまだ魔物との戦闘が未経験なもので、是非お話を聞けたらと思うのですが」

「そうね、深くは潜らないし10人単位でチームを組んで探索をするわ。C級、B級指定の魔物はザラだし、時にはA級指定の魔物にも遭遇するわ。私が戦ったことがあるのはレッサードラゴンね。ギルバートの援護を受けてギリギリ勝てたけど、単独なら死んでいたと今でも思うわ」


 魔物には指定階級が設定されており、E、D、C、B、Aと別れている。E級は殆ど無害。スライムや特殊な薬草などが該当。D級はゴブリン、コボルト等の単独であれば普通の大人でも対処可能。C級はオークやD級の上位種が該当し、一定の技量の者でなければ対処は難しい。B級からは危険度が跳ね上がり、それこそ心器を操り魔法に長けていなければ対処出来ない。A級は単独で街に大きな打撃を与える事が可能な魔物が該当し、B級とは一線を画しているとされる。


 この事から、彼女は最低でもB級冒険者並。あるいはA級冒険者に肩を並べる実力者という事だ。そもそも、A級は単独で相手取る魔物ではないはずだ。というか、普通は逃げる。


「驚きです。本当に、何をもってギルバートさんはシャルル嬢に僕が勝てると言ったのか。逆立ちしても勝てるとは思えないんですが」

「あら、ギルバートの人を見る目は本物よ? 現に、私の威圧を受けて平然としてるじゃない。自分で言うのもなんだけど、この距離であれば相当堪えると思うのだけど」


 それを言ったら、横にいる侍女さんは何者ですかね。ただ、これには明確な理由がある。


「シャルル嬢には害意がありませんからね。耐えていると言うより、受け流せるのですよ。それこそ、盗賊の殺意の方がよっぽど堪えました。あれは純粋な敵意ですからね」

「⋯⋯試す様な真似をしてごめんなさいね。どうやら比較対象が悪かったようね。ギルバートから話を聞いて、どんな屈強な男が来るかと思っていたの。なのに、こんな優男が来たものだから、拍子抜けしてしまってね? けどギルバートの言う通り、強い御仁で安心したわ」

「構わないよ。それより、シャルル嬢のお眼鏡に適ってなによりだ」

「シャルでいいわ。私もシモンと呼びたいのだけど、いいかしら?」

「こちらこそ、勿論だよシャル」


 圧が消え、天真爛漫な笑顔をシャルは見せる。その姿に少しドキッとしたが、差し出された手を握り返し我に返る。その手は、鍛錬を弛まず続けてきた者の手だった。僕はこの少女にする少しでも認められたことが誇らしく思えた。

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