第7話 受け止める
初めて人を殺した。
僕の心器は人の肉を裂き、その命を奪った。殺らなければ殺られていた。それでも、僕にとってその事実は何より心にきた。
「お見事。その若さでその太刀筋。確かに天が試練を与えるのも納得です」
「貴方は⋯⋯?」
流れる鮮血を眺める事しか出来なかった僕に、見るからに貴族の騎士である男が近づいてくる。他の騎士と比べて装飾が豪華な所をみると、高い地位の人間だと分かる。長身で真っ赤に燃えている髪が、その存在感を際立たせている。
「失礼。私はユンベルト辺境伯に騎士長を任せられております、ギルバートと申します。以後お見知りおきを」
「私はフォール伯爵家次男、シモン・フォールといいます⋯⋯。騎士であれば何故、私を助けて下さらなかったのでしょうか?」
ユンベルト辺境伯⋯⋯、西の大森林の近くに領地を持つ貴族だったはずだ。辺境伯は特例として軍を持つことを許されている貴族だ。そんな所の騎士長ともなれば相当な実力者だろう。より一層、どうして助けてくれなかったのかが不可解でならない。
「詳しくは話せないのですが、私の心器は少々特殊でしてね。時折、天から天啓を頂くのです。平時であれば助けたでしょうが、手を出してはならないと天啓が降りたのです。理解出来ないでしょうが、どうかご容赦ください」
嘘を言っているようには見えない。何より、貴族に仕えている騎士がただの貴族の息子に頭を下げているのだ。普通に考えれば、嘘を言うメリットはない。
「そうですか。分かりました、信じます。謝罪も受け取ります」
「本当ですか?」
「ええ、心器絡みで言えば、僕も理解出来ない側の人間ですから」
そう言って僕は片翼をヒラヒラと揺らしながら言う。そうするとギルバートさんは感極まった様に僕の手を取った。
「あぁ! なんと心優しい少年だ。いえ、シモン様。重ねて貴方に手を汚させてしまった事、謝罪させて欲しい。きっとこの盗賊にも情けを掛けていたのでしょう。貴方の実力であれば、三手で十分だったはずだ。どうか心を強く持って下さい。きっと貴方なら乗り越えられる筈だ」
「はい⋯⋯、ありがとうございます⋯⋯」
乗り越えるべき試練。そう言われれば、そんな気がしてくる。恐らく、次は躊躇わないだろう。身をもって、殺さなければ自分が死ぬと理解してしまったから。
ごちゃごちゃとした感情がせり上がってきて、視界がボヤけてくる。自責の念によるものか、死への恐怖か、それとも心情を見透かされたからか。いつからか出なくなっていた涙が、今は溢れて止まらなかった。
その後の事はよく覚えていない。心ここに在らずという状態だった。コームに聞いた話によると、どうやらユンベルト辺境伯にも僕と同い年の令嬢が居るらしく、僕達もユンベルト辺境伯一行に同行することになったらしい。目的地が同じであれば是非、という話らしい。
「⋯⋯さま?、シモン様?」
「えっ、何? コーム」
「お気持ちが整理出来ず、食欲が湧かないのはご理解出来ます。しかし明日からも移動は続きます。特に今日は心器を使っておりますし、どうか食べては頂けませんか」
どうやらぼーっとし過ぎていたらしい。泣いてしまってから、ずっとこの調子だ。
「ごめん、ごめん。そういう訳じゃないよ。ちょっと考え事をね。不思議と今は落ち着いてるよ。殺してしまった彼に思う事が無い訳じゃない。けど、何も僕は変わらなかった。良くも悪くもね。何か僕の中で壊れてしまうんじゃないかとか、邪な感情が芽生えてしまうんじゃないかとか、そんな事を考えていたけどそんなことは全くなかった」
むしろ、泣いてしまった時。ある自分の感情に気付いてしまった。
「家を追い出されないように必死にやった剣術。魔法じゃエリクには競ることは出来ないから、必死に価値を示すためにやってた。受けて突く。なんて事ない動作だけど、あの時確かに身体が先に動いたんだ。初めて自分の為に剣を振るえた気がした。そしてそれを認めて貰えた。⋯⋯嬉しかったんだよね。不謹慎なんだけど。今までの僕も、ちゃんと今の僕なんだって思えたんだ」
コームはふるふると顔を横に振って、真剣な目なざしで僕を見る。
「卑下することはありません。爺には半分程しか意味が分かりませんでしたが、シモン様は素晴らしい御方です。心のお強い方です。ギルバート殿も言っておりましたが、人を許し、受け止めるというのは簡単なことではありません。いずれ、皆が貴方の偉大さを知ることになるでしょう」
「言い過ぎだよ。けど、そう言って貰えて嬉しいよ」
心器を授かった時、自分はシモンであるとそう受け止めたはずだった。納得は出来ても、まだ実感として伴っていなかった。しかし、人を殺したという責任は僕自身が背負うものであり、決して誰かのせいにしてはいけない。そう言った意味でも、僕はシモンであるとそう思える。
「彼の言う通り、シモン様にとってこの出来事は必要な事だったようですな。また成長されたようだ」
その日の夜は泥のように眠った。身体的にも精神的にも流石に堪えた1日だった。見張りはユンベルト辺境伯の騎士たちが務めてくれるらしく、ご厚意に甘えることにした。
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