第6話 遭遇する

 初めての野宿を終え、既に僕とコームは王都への道を進んでいる。僕がいるこの国、フールドラン王国は国土を多く持っている。主な産業は肥沃な土地から取れる作物で、輸出も多く行われている。東には海が広がっており、第1産業による基盤が大きい国だ。

 そんな背景もあり、今進んでいる道は限りなく長閑である。とても平和。行ったことは無いが、多分北海道もこんな感じなんだろうと思ってしまう。


「こうも平野だと魔物が居ても直ぐに分かりそうだね。尤も、こんな所に出てくる事も無いんだろうけど」

「そうですなぁ。山道であるなら危険はありますが、この国は平野が多いですから。むしろこういった場所で気を付けるべきは盗賊でしょうな。私たちの様に王都が近いと護衛を付けないことも多いです。そこを狙った襲撃も少なからずございます故」


 盗賊か。確かに今は日本で言うところの春だ。僕のように王都の学園に向かう者や、仕事を求めて移住してくる者も多いだろう。そこを狙ってくる盗賊がいないとは限らないか。街に引き篭ってたこともあって、そこら辺の感覚がまだ養われていないから色々学んでいかないと。


「そう心配しなくとも大丈夫です。彼らが狙うのは金持ちか女、子供です。この馬車はお世辞にも綺麗とは言えませんし、御者がこんな爺です。よっぽど追い込まれているか、殺しが目的でない限りは大丈夫です」

「そうか⋯⋯。ん? なんか前から走ってくる人が見えるけど、どうしたんだろ」


 事前に地図を見た時、近くに村や町が無いことは確認している。そんな平原を身一つで走っている者が居れば、何らかの理由があるに違いない。


「そうですね、話を聞いてみましょう」


 段々と近くなると、その人影の全貌が顕になってくる。その男は髭を伸ばし、服は所々破けている。そして何より驚きなのは赤いシミが所々に見られたのだ。その時点で僕とコームは警戒態勢に入る。心器を抜くことはしないが、いつでも戦闘を始められるようにする。


「お、おーい。俺は旅の商人でよぉ、この先で盗賊に襲われたんだよ! 死に物狂いで逃げて来てよ、どうか助けちゃくれねぇか?」


 見るからに嘘である。息が上がって頭が回らないのか、ジリジリと今にも御者であるコームを狙っているのが分かる。恐らく襲撃に失敗し、敗走していたところを鉢合わせしたのだろう。


「それはそれは! 実は私達も先程盗賊に襲われましてな。それは命からがら逃げて来たのですよ。この先にも盗賊がいるとは、どうやら私達は運が無いようです」

「あぁ? そんな訳あるか! ここいら一帯は⋯⋯、ええっと」

「ここいら一帯がどうしたのでしょうか? 是非、お聞かせください」

「⋯⋯この野郎、こっちが下手に出てれば調子に乗りやがって! ぶっ殺してやる!!」


 どうやら予想通り、盗賊だった様だ。盗賊は斧型の心器を取りだしコームに向かってくる。コームは短剣型の心器を抜き、応戦し始める。しかし、斧に対して短剣では明らかに分が悪い。コームからは事前に出てこないように言われているが、ここは約束を破らせて貰う。


「コーム! 一旦下がれ!」

「はぁ!? なんだてめぇ、その羽は! バカにしてんのか!」

「シモン様!?」


 コームは渋々僕の言葉に従って下がり、スイッチする。すると盗賊は驚きはするものの、意外と冷静に対処してくる。それに対して、コームは僕の姿に驚きを隠せない様だ。

 心器同士で打ち合う。訓練では決して感じない殺気を、これでもかと僕にぶつけてくる。奇襲したのにも関わらず、こちらの方が動揺している。当たり前だ。何故なら、これは正真正銘の殺し合いだからだ。


「ははっ! 中々につえぇが坊ちゃん剣術だな! そんなんで俺が殺せるかよ!!」

「ぐっ⋯⋯!」


 ステータスにおいて僕の剣術はB。これは騎士になる為の1つの目標にもなる。実際、家の騎士と打ち合ってもそこそこの勝負は出来るし、若い兵士であれば競り勝つことだって可能だ。だがそれは模擬戦においての話。実戦とはまるで違うという現実を突き付けられている。


 勝とうと思えば勝てる。太刀筋は雑だし、フェイントも無い。斧も戦闘用の物ではなく、恐らく木こり用の物だろう。しかし、命を奪うという行為に僕は恐れを抱かずにいられない。怖い。死ぬのも怖いが、自分が人殺しになるという事実に僕のメンタルが悲鳴を上げている。以前の僕なら出来ただろうが、自分の人生を歩むのだと決意した今ではその事実が重くのしかかる。


「シモン様! 躊躇ってはなりません!」

「分かってる!!」


 分かっている。僕とコームでは上手く連携が取れないし、恐らく生け捕りは無理だ。僕自身そんな余裕は無いし、盗賊の仲間が来ない保証も無い。今僕に求められているのは迅速に目の前の盗賊を殺すこと。覚悟を決めろ。しなければ自分ならず、コームにまで被害が及ぶぞ。

 思考を巡らせながら戦闘を続けていると、遠くから馬の駆ける音が聴こえてくる。盗賊にも聴こえたのか、距離を取ってそちらを確認した。警戒は解かず僕もそちらを確認すると、何人かの騎士がこちらに向かっていた。


「クソがッ! もう追っ手が来やがった」

「見つけたぞ! 少年、援護する!」

「待て!! 手出しするな!!」


 助かった。そう思ったのもつかの間、1人の騎士が他の騎士に待ったをかけた。


「な、何故です! 危険ではありませんか!」

「翼の少年、君が殺りなさい」

「は?」

「君が、殺しなさい。これは貴方の為に言っているのです。天はこれを試練と仰っている」


 意味が分からない。天? 試練? 何がなんだがさっぱりだ。他の騎士も彼の言葉で納得したのか、既に静観に徹している。盗賊はもう後がない事を悟ったのか、攻撃の手がより苛烈になった。


「よく分からねぇが、てめぇだけでも道連れにしてやるよ! 死ねぇ!」

「っ⋯⋯!」


 手負いの敵が1番怖いとは言うが、吹っ切れた人間は本当に恐ろしい。先程と比べても殺意の濃さが全く違うし、動きにキレもある。急所を遠慮なく狙って来るし、死の予感をヒリヒリと感じる。しかし、未だに僕の気持ちは定まらない。どうして助けてくれないのか、どうして僕なのか、どうして殺さなければならないのか。


 そんな時だった。いつもであれば決してしないミス。間合いを見誤って、攻撃を受ける体勢が崩れる。ギリギリ剣で受けれたが、力負けして弾かれる。


 防御が間に合わない。右半身は完全に翻っている。盾を持っていない左手をかざすと、無意識に僕の片翼が動いた。


ガンッ


 僕の片翼は盗賊の斧をもろともせず、その攻撃を受け止めた。そこからは自然と身体が動いた。僕の十八番だ。盾で受けてからの、カウンターの突き。


「はぁぁぁぁあ!」

「ぐはッ!!」


 僕の切っ先は盗賊の首元を切り裂き、鮮血が飛び出す。盗賊は首を抑えて必死に止血しようとするが、止まる様子はない。そして盗賊は恨めしそうに僕を睨み、こちらに向かって来ようと力を込める。最後の反撃かと警戒するがそれも杞憂に終わり、盗賊の瞳は色を失い息を引き取った。


 この日、僕は初めて人を殺した。

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