第5話 野宿する

 生まれ育った街を出た僕は、特に名残り惜しさを感じることなく馬車に揺られている。お小遣いも無いため市井に出ても意味がなく、住んではいたが全く思い入れがないのである。


「今思えば、僕は市井に出たことすらなかったのか。セレストに別れの挨拶も出来なかったし、実はやり残した事も多いんだなぁ」

「気に病む必要はありません。お嬢様の件に関しても、貴方様に非は無いではありませんか」

「ふふ、誰かに非がある様な言い方だね」

「はて? なんのことでしょう」


 御者台から「ほっほっほ」と楽しそうな声が聞こえてくる。彼は先代がいた時からフォール家に仕えている古株だ。恐らく僕の扱い以外にも、気になる事が山ほどあるのだろう。先代である祖父はとても優秀な為政者であったらしいし、派閥争いに躍起になっている父はさぞ愚かに見えるだろう。


 馬車を走らせて4時間程度。街を出たのが昼過ぎだったので、もう日が傾き始めた。後2時間もしないで暗くなってしまうだろう。コームによれば、王都へは大体2日と半日位で着くらしいので、これで大体5分の1程度進んだ事になる。


「ふむ、今日はこの位にしましょうか。初日ですし、ここで野宿を致しましょう」

「そうか、コームがそう言うならそうしよう。僕は何をすればいいかな?」

「そうですね⋯⋯」


 僕はコームの指示に従って野宿の準備を進めた。面倒なテント等をコームがしてくれたおかけで、かなりスムーズに野宿の準備が整った。


「はて、シモン様は料理の経験がおありでしたか? 特に記憶が無いのですが⋯⋯」

「本で読んだんだ。それに火を付けて鍋で煮込んだだけだよ? 積荷の食べ物が保存食じゃなくて助かったよ。流石にお腹に貯まらないからね」


 嘘である。前世で一人暮らしをしていて、自炊をする機会が多かったから出来ただけだ。料理の本なんて1回も読んでいない。完全に即席の料理であったが、味はなかなか悪くなかった。


「そうえばこんな所で野宿なんてして大丈夫なのか? 王国の内地とは言え、魔物は少なからず居るだろう」

「ええ、ですので交代で寝番をする形を取らせて頂きます。心苦しいですが、ご容赦ください」

「問題ないよ。むしろ寝番は全て僕が務めたって良いんだよ? 僕には御者は出来ないしね」

「それはいけません。馬車では身体が休まらないですし、明日からは今日より速度を上げます。寝れる時に寝なければいざと言う時問題になります」


 その後も粘ったが、結局僕が折れて交代で寝番をすることになった。コームも年だし身体を大事にして欲しいのだが、それは向こうも同じ気持ちなのだろう。

 寝番は僕が先にする事になった。コーム曰く、「私は2、3時間寝れば勝手に起きますので」らしい。


「まぁ、分かりきってたけど暇だよね」


 暫くはぼーっと火を見ているだけでも良かったが、流石に飽きがくる。そこで僕は教会では出来なかった心器の検証をしようと考えた。

 物音でコームが起きないように少し離れて、心器を出現させる。これは仕舞う動作と似ていたので苦もなく出来た。心器を出すと、同然のように背中には翼が生えてきている。服が破けている訳では無いので、生えてきたという表現が正しいのか分からないが。


「気にしなきゃどうって事ないな。剣の振りも問題無いし、動きに支障はないかな。問題は盾が持てない事かな? 心器の一部だとすれば壊れることは無いんだろうけど、敵の攻撃を受けれるかって言われたら流石に分からないんだよねぇ」


 動きとしては問題なし。翼自体もかなり自在に動かせるし、邪魔になる事はない。しかし有効活用出来るかが問題なのだ。もう1人の僕がお願いして貰った「階位」と、剣に彫られている翼が1つだけ白く装飾されている事に恐らく関係が有るのだろう。でなければ神父があんなに驚く自体にはならない筈だ。

 そしてもう1つの問題は特性である「風の導き」である。説明としては「風の魔法の性能上昇」であり、これがどのくらい上昇するのかという事だ。


 この世界の魔法はステータスによって左右される。身体に刻まれた術式を通して、魔法を発現させるのだ。風の魔力を持った僕は普通の風は勿論、風の刃や質量を伴う風を発生させることが出来る。


「『ステータス』」


────────────────────────

シモン・フォール 15歳


・心器

 スキル 片翼

 特性 風の導き(風の魔法の性能上昇)


・魔法

 属性 風

 魔力量B 操作A 出力C(B)


・スキル

 礼儀作法B 剣術B 盾術C 弓術C

────────────────────────


「このカッコの中って、もしかして特性の効果か? もしそうならとんでもない事になりそうだけど⋯⋯」


 魔法の伸びは殆どが潜在的な才能に由来する。だからこそ優秀な魔法使いの子供は優秀になりやすいし、父が実績作りに苦心しているのだ。それを底上げする心器は非常に稀である。それはエリクも例外ではなく、今頃彼らは大喜びしている事だろう。それ程、魔法に関する能力は貴重なのだ。


「あんまり、バレないようにしないとかな。ただでさえ翼で好奇の目で見られるのに、これ以上の厄介事は嫌だなぁ。それも時間の問題か」


 手の平でつむじ風を発生させてみる。魔法を発動すれば自分の出力が増えているのが分かるし、体感の最大値が出力Cだった時と比べて全く違う。それどころか、恐らく魔力効率と操作にも特性が効果を発揮しているようにすら感じる。

 能力の確認はこの位でいいだろう。欲を言えば剣を試してみたいし、翼が盾の変わりになるの確認もしたいが1人では難しい。王都へ着いてからゆっくり確認する時間を作るとしよう。


「あんまり離れすぎるのも良くないか。いきなり僕の心器を見たらコームが驚くだろうし、起きる前に戻らなきゃ」


 そう思い、心器を戻して焚き火に戻る。前世と合わせて初めての野宿は何事もなく終わりを迎えた。

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