第4話 説明する
左の肩甲骨辺りから翼が生えてきた。しかもその説明を求められている? そんなの僕が知りたいです。
「大丈夫でしょうか?」
「あ、すいません。何でもありません」
正直に言って心当たりがあるとすれば、精神世界での出来事以外ない。確かもう1人の僕は『階位』を上げてもらったと言っていた。もし可能性があるとすれば、この階位が上がったことによる作用と考えるのが妥当だろう。
だが問題は何処からどこまで説明するかだ。事と次第によっては、学園に行けなくなる可能性すらある。その為にもまずは状況確認からしよう。
「えっと、時間ってどの位経ってますか?」
「時間? 君が光に包まれてからは殆ど時間は経っていないよ。もしや、君は心象世界に行っていたのかね?」
殆ど時間が経っていないのか。あの世界が心象世界なのかは分からないが、他の人も類似の現象にあっているということか。
「そうなんですかね? 僕にも何が何だが⋯⋯」
「そうですか。それならば余計な詮索は辞めましょう。これも神の思し召し。心器を大事になさって下さい」
「え、あっはい。えっと⋯⋯宜しいんですか?」
「心象世界とはその人の本質でございます。それを詮索するのは、教会ではタブーとされております。見た所、ご自身にとっては良い結果だったのでしょう。そうであれば、これ以上はいりません」
前世で言うところの倫理的な基準が教会には根付いているようだ。確かによくよく考えれば、心器はその人の心そのものである。無理に能力を詮索するのは失礼に当たるだろう。
それでも好奇心は抑える事が出来ないらしく、未だに多くの視線が僕を刺している。するといつの間にか前に戻っていた神父さんが、再び話を始めてくれた。
「さて、皆さん。全員が心器を手にすることが出来たようです。これで正式に皆さんは成人と見なされました。ステータスで自身の能力を確認する事が出来ます。心器は仕舞うことを意識すれば心の内に仕舞う事が出来るでしょう。そして最後になりますが、皆さんがその力を正しく使う事を心より願っております」
神父の言葉で成人式は無事、その幕を閉じた。成人式はであるが。
「おい、シモン。なんなんだ、お前のそれは。何したらそんな心器になんのか教えろよ」
「そうは言っても、神父さんに言った通りなんだよ。僕にも何が何だか」
案の定、エリクが僕に話し掛けてくる。プライドの高い彼らしく、心器はギラギラと派手な装飾がなされた長剣であった。そしてそのプライドの高さは今、自分に向けられている。
「チッ⋯⋯、使えねぇな。それでお前の能力は何なんだよ」
「僕はまだ見てないよ。兄上の能力はなんだったの?」
「俺か? 俺の能力は『火の魔法に爆発、延焼効果を付与』だってよ。爆発だぜ? お前のその羽なんか1発だろうな!」
ガハハとそう笑いながら僕を馬鹿にしてくる姿は、何故かいつもより小さく見えた。これが僕がしっかりとエリク・フォールになれた証なのかは分からないが、少し自信が湧いた。
あまり彼を待たせると余計機嫌を悪くしそうなので、さっさとステータスを確認してしまおう。
「『ステータス』。えっと、能力は『片翼』だってさ」
「はぁ? それだけしか書いてねぇのか?」
「後は『風の導き』っていう特性も書いてあるよ。効果は『風の魔法の性能上昇』らしいね」
能力の説明がない上、名前がそのまま過ぎる。風の導きという特性の方がよっぽど親切である。
「なんだよ、つまりそれは飾りって事か? その剣も地味でだせぇし、能力も地味。時間返せよな」
そう言うとエリクは足早に帰りの馬車に向かっていく。少し悔しいが確かに地味だ。爆発だとか延焼なんて効果は無い。
翼に意識を向けると、わりと自由に動かせる事が分かる。伸ばしたり縮めたり、はためかせたり。畳んでいても先端は膝裏まで行く程大きいにも関わらず、不思議な事に重さを感じない。触ってみるとスベスベとしていて気持ちがいい。
「とりあえず仕舞うかな。目立つしね」
心器に対して戻れと意識を向ける。すると剣の切っ先から光が伝播していき、光の玉となった心器は胸にすっと仕舞われた。気付けば背中の翼も仕舞われており、同時に無くなった事が分かった。
特性の検証早くしてみたいが、僕は今から直ぐに王都に行くことが決まっている。あれだけ冷遇されている身だ。当然お小遣いなんてものは無く、私物という私物も無い。服も公的な場所に出る時の服か、そうでないかの服しかないし、最低限の物しか持っていない。
「シモン様、こちらに居られましたか。馬車の用意がございますので、準備が整い次第出発致します。宜しいですかな」
「ありがとう、コーム。最後まで苦労をかけるよ。直ぐに出ようか。ここにもう用は無い」
コームに案内された馬車は最低限の大きさで、積荷も持って4日程の量しか無いそうだ。まともに街の外に出るのが初めてなので、全てコームから聞いた事たが。彼は僕の母とも知己であり、あの屋敷で良くしてくれた数少ない人間だ。本当に頭が上がらない。
コームが馬車を走らせながら、僕に話し掛けてくれる。
「とうとう、シモン様が成人になられましたか。彼女もさぞ鼻が高いでしょう。今日で随分と立派になられたようです」
「そうだと良いけどね。お世辞でも嬉しいよ」
「いえいえ、お世辞ではありませんよ。何か心境の変化でも有りましたか? 顔色がよろしいですし、自信に満ちておりますよ」
流石、長年僕を見てくれた人だ。些細な変化でも分かってしまうらしい。
「ははは、そうだね。確かに自信はついたかな。何せ僕には翼が生えたんだからね!」
「ほっほっほ、それは結構! ご冗談も上手になられましたな!」
「冗談じゃないんだけどねぇ」
そんな話をしながら僕達はこの街を出た。外壁を抜けると周りには広大な農地が広がっている。3日間ではあるが初めての旅になる。それが今から楽しみだ。
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