第3話 邂逅する

 光に手を伸ばし、目を開けるとそこには無限にも思える空と真っ白な大地がそこにはあった。


「なんだ、これ⋯⋯」


 困惑しか無かったが、とりあえず歩くことにした。歩いてみると不思議な事に地面が少し柔らかい事に気が付いた。上には青い空、下には白い何か。ある程度歩いたところである仮説が浮かび上がる。


「これって雲の上なのか?」


 そう思うと、途端に歩みを止めたくなってしまった。もし雲の底を抜けて地上に落ちてしまったら、このまま永遠と歩く事になったら⋯⋯。自分の嫌な部分がふつふつと沸き立って、負の感情に押し潰されそうになる。


「だめだよ」

「⋯⋯え?」


 下を向いていると、前から突然声が聴こえてきた。顔を上げてみると、そこには見慣れた顔があった。


「⋯⋯シモン? 本物なのか?」

「本物って? 僕は君だよ。君だって僕さ」


 僕は手招きをする僕に付いて行った。どれくらい経っただろうか。隣を見ると僕より少し小さい僕。恐らく、前世の記憶を思い出す前の僕だ。まだ幼くて、周りに敵ばかりしかおらず、泣くことしか出来なかった僕。


 シモンとして転生し、前世を思い出して5年。ここで彼が出てきたということは、僕の役目はここで終わりという事だろうか。


「何考えてるか分かるから言うけど、僕は一緒には行かないよ。僕はここの案内人なだけ」

「っ! なんで! あの時の僕はあんなにも家から出ることを望んでいたじゃないか! これは君の人生だろう!?」

「じゃあ、今の僕はそうじゃないのかい? 嘘だね。今の僕こそ学園に通えるという事実に歓喜しているだろうに、どうしてこの期に及んでそんな事を言うんだい?」


 確かに僕の言う通りだ。けど、僕がこの5年間を耐えられたのは、シモンだったからだ。


「豆腐メンタルね⋯⋯。前世の食べ物だっけ? 面白い比喩だよね。確かに、君はシモンを演じることで精神を保ち続けた。5年間もだ。僕じゃ無理だったよ。次こそ君が得してもいいんじゃないのかい?」

「そしたら君が消えちゃうじゃないか⋯⋯。君は10年も耐えたのに⋯⋯」

「ここは君と僕の精神世界だ。そして今の景色は君の心象風景なんだ。そしてこっちが僕の心象風景」


 歩いていた横の雲が割れ、地上の姿が露になる。そこには枯れた大地があるだけだった。


「酷いもんだろ? これでも幾らかマシになったんだけどね。前は燃えてたし」

「え?」

「エリクに対しての怒りが強すぎてね、どうにも燃え盛ってたらしいんだよね。それもこの5年間で綺麗さっぱり! 全部君のお陰だよ」


 途端にもう1人の僕は走り出した。その先には何も無いと思っていた雲の上に1本の剣があった。もう1人の僕はそれを大事そうに持ち、僕の方に戻ってきた。


「これがシモン、君の心器だよ。中々かっこいいよね。黒い剣とかイカしてない? ここに翼の装飾が彫られてたりしてさ、シンプルだけど僕は好きだよ。本当はダメなんだけど、1個だけ階位を上げて貰えるようにしたんだよ。いやー、骨が折れたよ」

「えっと誰に? っていうか階位って⋯⋯」

「まあまあ、気にしないでよ! っていうか、また会えるしそん時に話そう!」


 そう言ってもう1人の僕は心器をこちらに渡してくる。「早くして」と目で訴えかけて来たので渋々心器を受け取ると、まるでずっと使い続けているかのような感触がした。よく見ると確かに4つの翼が掘られており、そのうちの1つの翼が白く装飾が成されている。


「うんうん、似合ってるねぇ。僕も中々かと思ったけど、やっぱり本人には敵わないや」

「僕ってこんな明るい感じだったっけ? もうちょっと殺伐とした雰囲気だった気がするけど」

「そりゃ、5年も経てば変わるよ。それも含めて、君はもう君なんだよ。僕じゃない、シモン・フォールなんだよ」

「そっか⋯⋯、ありがとう。僕も変われそうな気がするよ」

「まぁ、豆腐メンタルには変わりないし、まだまだ自己肯定感がマイナスだけど、絶対変われるよ!」

「わぁー、本当にもう別人なんだなー」


 なんだがストンっと心の中で整理がつくと、身体が淡く光り始める。


「やっと納得いった?」

「ちょっとね」

「十分だよ! あ、戻ったら多分大変な事になってると思うから頑張ってね」

「え? 待ってそれどう言う「じゃーねー」」


 眩い光に包まれて目を開くと、そこは既に教会だった。辺りを見渡すと全員の視線がこちらに向いているように感じる。随分長く精神世界にいたし、それも仕方ないのかも知れない。手には心器が握られている。黒い長剣だが、細かい装飾が成されており、無骨には感じない。良い剣だ。

 感慨に浸っていると、目の色を変えた神父がこちらに歩み寄ってくる。


「あ、あなた様のお名前は!」

「し、シモン・フォールと言います」

「おぉ! 伯爵家の方でしたか。して、その背中にあるものについてお話宜しいでしょうか?」

「背中?」


 嫌な予感がして、僕は背中に目を向ける為後ろを向く。すると左の肩甲骨辺りから翼が生えているのが見える。そこでもう1人の僕が最後に言っていた言葉を思い出す。


『あ、戻ったら多分大変な事になってると思うから頑張ってね』


 あれってこういう事ね?

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