第6話 勇者の護衛
僕たちは当初の目的であるダンジョンの街から、およそ200キロメートル離れた小さな村の中で、護衛を探していました。
そう、護衛。勇者一行が護衛を雇うのです。
もちろん勇者であることは隠しています。しかし、自分自身に嘘はつけません。
これは僕の不甲斐なさが招いた結果です。こんなことなら空手か剣道でもやっておけばよかった。そう思わざるを得ません。
「ユウさんどうでしたか?」
「駄目だよ、誰もレオーン家なんて遠い場所に行きたがらない」
「こっちもです、危険すぎて、幾らお金を積んでも…」
金貨一枚は、大体平民の八十日分の賃金です。今持っているだけでも、二年半は余裕で暮らせる金額なのですが、それでも動かないと言うことは、余程危険な道のりなのでしょう。
「こうなったら、強行突破するしかないですね」
「どうする気?」
「魔物が出たら、わたくしの四肢を置いて、それに食いついている間に逃げるのです。これなら四回の襲撃に耐えられます」
「何言ってんだよ!達磨になったシーナなんて見たくないよ!」
「大丈夫です、魔力さえあれば腕の一本や二本は復活します」
「なら六回は行けるね…ってそんな訳あるかぁっ」
こんな所で油を売っている暇は無いのに、一体どうしたものでしょう。
「とにかくもっと堅実的な作戦を練ろう。シーナの使える神聖術は何がある?」
「全てです」
「え…?」
「ですから、全てです」
こんな時に冗談を…と思ったけれど、冗談ではないらしく、本当に全ての神聖術を使えるみたいです。
「しかし、現状で使える神聖術は少ないです」
「なんで?」
「魔力がなくて」
「魔力が?」
「えぇ、修行では詠唱の暗記と、術の使い方のみを教わりました。ですので魔力さえあれば、どんな神聖術でも使えます。しかし、レベル上げを後回しにしたせいで魔力がこれっぽっちもないのです」
それは宝の持ち腐れと言うものでは?こんな時のために身につけた神聖術なのに、こんな時に使えないなんて…。
「申し訳ありません。わたくしが不甲斐ないばかりに…ここはやはり、わたしくが腹を切る覚悟で」
「それ冗談に聞こえないからやめて」
「は、はい…」
僕は足りない頭を使って考えました。金も使えない、神聖術も使えない、僕も使えない。使えないものだらけの中で、どうにかこの危機を脱する方法を。
「はぁ…わたくしに杖さえあれば…」
「杖?」
「はい…杖があれば神聖術が使えるのです…こんなことなら杖を持ったまま飛び出せばよかったのに…」
杖は魔王の元に置いてきてしまったようです。
「なんで杖があると神聖術が使えるの?」
「魔石からの魔力と、魔力効率の高い杖を使えば、自身の魔力を使わずに神聖術を行使できるのです」
「それだ!」
「え…?」
魔石、魔石が何か知りませんが、それを使えば魔力を補充出来るのです。自身の魔力が少ないなら、外から待ってこれば良いのです。
「魔石があれば使えるんだよね」
「え、えぇ」
「ならこの村の魔石を全部買い占めよう」
「そんな、幾ら沢山あっても持ち運べませんよ」
「え…そんなに大量にいるの…?」
「はい、昨日使ったヒールだけでも、一樽は魔石をを使うんですよ?これは低級に限った話ですが、この村に上質な魔石があるはずありません」
神聖術絡みの作戦は、考えないようにしましょう。圧倒的に知識不足な僕が考えつくものなんて、たかが知れてますから。
「なんか、ごめん」
「いえ…わたくしの方こそ…力にならず…」
僕たちはお互いの力不足を嘆きました。
とうとう最後の手段を取るしかなくなりました。それは、迂回路です。村人が良く使う迂回路があると言うのですが、これはレオーン家とは間反対の道で、大幅なタイムロスになります。
どれもこれも、この村を360度囲う森が悪いのです。先程の迂回路ですら多少の危険を伴うと言うのですから。
この森はレオーン家の領都まで続き、奥へ行けば行くほど魔物も強くなると言います。
スライムや兎どころじゃありません。書くに、狼や木の化け物、熊まで出るそうです。
よくここに村を作ろうと思いましたね!?
「迂回路は馬で何日だっけ?」
「5日だそうです。一度森を出て、森の外周を辿るので」
「馬はいるんだよね」
「えぇ、唯一馬が通れる道です。でもわたくし、乗馬の経験が…」
「…僕もない」
正に意気消沈。先程までのやる気は何処へ行ったのやら、僕たちはお互いにもたれ掛かるようにして倒木に座り込みました。
叶太くん、戻って来てくれないかなぁ。
「見ねぇ顔だな」
この荒っぽい口調はっ…!
と思いましたが、叶太くんのはずがありません。見上げると、シーナより小さい少女?が僕たちを見下ろしていました。
口調も骨格も、歳が小さいと男女の見分けがつきません。おまけに顔に墨で模様を描いているため、顔つきでも判断できません。僕が唯一少女だと判断した拠り所は…ありません唯の勘です。
「君、どこ行ってたの?」
それは唯の確認事項でした。彼女が肩に掛けている棒に、括り付けられた猪型の魔獣を見れば一目瞭然です。
「あぁ?狩りだけど」
「——っ、やっぱり、頼みがあるんだ」
「まってユウさん、こんな小さい子に頼むんですか!?」
僕の腕を引っ張って驚きの声を上げるシーナ。
しかしもう後は無いのです。森を抜ける術さえ持っていれば、魔獣を倒す力なんて入りません。この子に掛けるしか道はないのです。
「あぁん?何だオメェ、オレが何だってぇ!?」
彼女は、まるでヤンキーのようにシーナにガンをつけました。シーナはしかし毅然とした口調で僕に言いました。
「こんな年端も行かない少女を危険な場所に連れて行けません」
「いや、その危険な場所から来たんじゃないか。ほら、猪の魔獣も狩ってるし」
「はっ!こっちの兄ちゃんは見込みあんじゃん」
どうやら気に入って貰えたようです。彼女、シーナが少女と断定したのでそうしますが、彼女は僕の肩に手を置いて、シーナを睨みました。
「オメェ、どっかのお嬢様か?」
「違います、巡礼をしている聖職者です」
「へぇ?」
敵対心か懐疑心か、シーナも彼女を睨みました。
「そんなことより、ユウさんから離れてくださいっ!」
「ちょ、ちょっと待って、何でいきなりそうなるんだよ!君も、シーナの事揶揄うのはやめて。シーナの事は僕が謝るから」
彼女を子供扱いしたり、唐突に敵対したり、シーナさんもこの状況に神経質になっているのでしょう。何もできない僕は、こう言う時にこそ最善を尽くさねばなりません。
今仲間割れするのは絶対にいけません。
「シーナ、ちょっと落ち着こ?取り敢えず相談するだけしてみようよ」
シーナの肩を掴んで、そう語りかけました。彼女はすぐ冷静さを取り戻して、深々と頭を下げました。
「も、申し訳ありません。ユウさんに従うと誓ったはずが、なんという失態を…」
「いや、意見して欲しいって言ったのは僕だから」
僕は再度彼女に向き合いました。
「なんだ?子守は終わったか?」
「えぇ、取り乱してしまい…申し訳ありませんでした…」
「ちっ、つまんねぇの」
「あ、あのさ…君に相談したいことがあるんだけど」
「金」
「え?」
「金くれんなら聞いてやる」
世知辛い世の中です。外国に行ったらこう言うことは良くあるって聞きますが、本当にあるとは。
「どのくらいで聞いてくれる?」
「銀貨一枚だ」
「シーナ、ある?」
「えぇ」
シーナは金貨袋とは別の、袋を取り出しました。支給された金貨とは別に、自分で持って来ていたようです。
シーナはそれを猪を担いだ彼女に渡しました。
彼女は奪い取るようにして銀貨をとり、上にあげて表と裏を確認して懐に入れました。
「聞いてやるよ」
「ありがとう」
僕は彼女に説明しました。レオーンの領都まで早急に行きたいこと。森を突っ切れる人間を探していること。
彼女はそれを聞くと、顎に手を置いて思案顔をしました。
「幾ら出せる?」
「え…?ついて来てくれるの?」
「あぁ、そんなもん容易い。金さえありゃぁやってやるよ、それで、幾ら出せる?」
僕は相談の意図を込めてシーナを見ました。シーナは、任せて下さい、と笑って前に出ました。
「幾ら出せると思いますか?」
「はぁ?」
「ですから、あなたの要求金額をお聞かせください」
彼女はまた思案顔をしました。どうやら僕たちから取れるだけ取ろうと企んでいるようです。レオーンまで行けるのはこの村で彼女一人。つまり僕たちは、彼女が断れない金額を提示しなければなりませんでした。
とは言え、シーナは交渉する意思などこれっぽっちもないように思われます。国の一大事なので、幾ら積んでも損はありません。彼女の希望する金額を、そのまま渡すと言っているように、僕は思います。
「んぅ…」
如何にも知恵働が苦手そうな彼女は、顔を顰めて唸っています。
悩む必要もないのに。
「おねーちゃーんっ!!」
遠くから、子供の声がしました。三人の子供が彼女の足元に集まって、彼女を見上げます。
「おー、ミア、シル、アレン、ただいま」
「おかえり!今日は猪取れたの!?」
「あーそうだぞ、今夜は猪鍋だ」
彼女は優しい口調で言いました。家族にだけ見せる、優しい表情です。粗野な彼女でも、こう言った一面はあるのです。人は見かけに寄りません。
三人の子供は先程も見ました。余所者の僕たちを警戒しないのはこの子達だけでした。子供は純粋で可愛らしいです。
「あっ、ちっちゃいおねぇちゃんもいる!」
「ちっちゃいおねぇちゃんだ!」
「ちっちゃーい」
「ちっ、ちっちゃくありませんっ!!」
シーナは歳の割には小柄な方ですが、子供に小さいと言われるのは大変屈辱なのか、頬を膨らませて全力で否定しています。
「じゃあ金貨十枚のおねぇちゃん」
「金貨十枚だぁー」
「それではわたくしが金貨十枚の価値みたいじゃないですかぁっ!」
金貨十枚の価値とは、微妙な所です。人間に価値などありませんが、金貨十枚、役五百万、買えそうで買えないぐらいでしょうか。
「金貨十枚?どう言うことだ?」
「あのねあのね、村のみんなに、金貨十枚は出せますとか、金貨十枚入りませんかとか言ってたの!」
金貨十枚入りませんかって、どこかの詐欺広告みたいです。
「へぇ…」
猪の彼女は悪い笑みを溢しました。
「なら金貨十五枚だ。それで手を打ってやる」
「分かりました。ではレオーン家に着いたのち、その金額をお支払いします」
「え…良いのか…もっと釣り上げた方が良かったのか…?」
彼女はぶつぶつとまた思案顔をしました。やはり知恵働は苦手なようです。とは言えこれは相手が悪い。大貴族と村人の金銭感覚は天と地ほどの差もありましょうから。
「じゃあ明日からよろしく、名前は?」
「ハルだ、よろしくな兄ちゃん、あと姉ちゃんも」
シーナは小屋に帰る途中ずっとニヤニヤしていました。ハルから姉ちゃんと呼ばれた事が相当嬉しいようです。
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