第5話 作戦会議


 初日に一人、次の日に二人、勇者が魔王討伐を辞退しました。残りは僕だけ、巻き込まれた僕だけが、真面目に魔王討伐です。

 とは言え、皆んなそれぞれ思う所があって、こうなったのです。僕がとやかく言う筋合いはありません。


 それに頼もしい仲間もいます。心臓を突かれてもこの通り、突かれる前の綺麗なお肌です。


「って何で僕がシーナさんの身体拭いてるの!?」

「わたくしが動けない間、ユウさんがわたくしの手足になると言ったではありませんか」

「言ったけども!」


 シーナさんの白い肌が眼前に広がります。まだ背中なので理性が保てますが…いやいや僕には心に決めた人が——。


「見てください、傷一つありませんよね?」

「本当に貫通したの?」

「しましたよ。だって服の背中側も穴空いてますもの」


 ちょっと、服を胸から話さないでください!こっちからは一見して見えなくても、頑張ったら見えてしまうではありませんか。僕はこんなことで頑張りたくありません。


「そ、そうなんだ、ならシーナさんの神聖術は本当に凄いんだね」

「むぅ…シーナさんなんて堅苦しい呼び方はやめてください」

「シーナさんだってしてるじゃないか」


 敬語だったり、呼び名だったり、シーナさんは自分を低くしたがります。彼女の身分は相当高いはずなのに。


「叶太さんや澪さんも、シーナって呼んでくれましたのに」


 こうして自分のことには一切言及しようとしません。


「僕は人を呼び捨てで呼んだことないんだよ、女の子はさんかちゃん付けしかしたことない」

「ちゃん?なんだか可愛い響きですね」


 そもそも言語体系が違うので、こちらの世界のこの国では、人の名前の後にちゃんやくんはつけません。

 さんに関しては敬称の一つだそうです。敬称以外で、人名の後ろに文字をつける文化はないのでしょう。いえ、人命の後ろに文字を付けると言う部分も怪しいです。前かもしれませんし、名前が変わるのかもしれません。翻訳された言葉しか分からないため、彼らの文法については知る由もありません。


「まぁ愛称みたいなものかな、こっちでは名前を略したりするのが愛称なんでしょ?」

「うーん、呼んでほしい言い方を愛称と言うのでしょうか」


 ここら辺は文化の違いです。僕からすると、略称は愛称の一つだと思っているのですが、こちらの文化ではそうではないようです。


「とにかくっ、わたくしのことはシーナとお呼びください、それかシーナちゃんとお呼びください」

「ちょ、振り返らないで良いから!」


 視線がっ…!あれ、視線にも重力ってありましたっけ、僕の視線が水平投射の軌跡を描いている気がするのですが。


「でないとユウさんのこと、ユウ様って呼びますよ、わたくしいつでもそう呼んだっていいんですからね?」

「分かった分かった!シーナって呼ぶから」


 初めて女の子を呼び捨てにしました。

 外国の人の名前をちゃん付けにするのは、どこか違和感を覚えるので辞めておきます。

 

 シーナは満足げに前を向きました。僕の視線から重力加速度が消え失せました。


「それで良いのです。本来勇者様の身分は国王陛下よりも高いのですから」

「えっ!?そうなの!?」

「えぇ、アスタリスムを建国した方は勇者様ですので、今の国王なんて、次の勇者様の為のただの中継ぎですもの」


 知られざるアスタリスム王国の建国の謎を解き明かしたついでに、シーナが国王陛下をあまり尊敬していないことが明かされました。


「まぁまぁ、王様は偉い人なんだから、あまり悪く言うものじゃないよ」


 天皇陛下を崇拝する日本に生まれたから、王様と言うものは勝手に偉いものだと思ってしまうのです。

 

「わたくしの尊敬する方は、勇者様ただ一人と、そう教えられてきました。わたしくの師匠もそう思っていますし、師匠の師匠もそう思っています」


 どうやらシーナの生まれのパルセノス家は、十二名家と言う王室の次に偉い家の一つで、優秀な聖職者を何人も輩出しているそうです。

 そして勇者が召喚されたとき、聖女としてその家の長女が選ばれるそうです。それだけに、長女はいっそう厳しい修行を課せられ、聖女として恥ずかしくない聖職者へと育て上げられるのです。


「だからわたくしは幸運でした。こうして勇者様と旅ができ、報われなかった先代の無念を晴らすことができるのですから」


 勇者の為なら命を投げ出す精神は、どうやらパルセノス家の教育の賜物なのだそうです。

 僕は少し寂しい気持ちになりながら、シーナの背中から手を離しました。これは決して、もう少しシーナの肌に触れていたかったからではありません。


 シーナの血だらけの服は近くの川で洗います。血はなかなか取れませんが、大きな汚れだけでも洗い落としました。

 干している間、着る物のないシーナには僕の外套を一枚貸しました。

 シーナは小さいので、完全に身体を覆うことが出来ます。たとえ外からは見えなくても…いやいや、想像してはいけません。


「これからどう致しましょうか」

「て言うか、ここは何処なの?」


 これからの作戦会議の前に、一旦ここがどこで、なぜここに瞬間移動したのか、説明してもらいたいです。


「あっ、忘れてました。あれは魔晶石といって、魔術や神聖術を取り込み、必要な時に取り出すことの出来る石です。我が国の極秘技術なので、魔王も知らないでしょう。その魔晶石の中に、転移魔術を組み込んでいたのです」

「魔術って、魔法?」


 シーナはよく魔術と言うのですが、魔法とは違うのでしょうか。


「ええ、同じものと思ってもらって大丈夫です。神聖術の学者や師匠は魔術と呼んでいたので、わたくしもそう呼んでいるだけです。それから場所は…地図出してもらって良いですか?」


 地図を広げると、シーナは外套から腕を一本だけ出して、ある一点に指を指しました。


「ここです、ここから王都までは、馬で三日ほど掛かると思います」

「それって、何キロだろ」

「およそ150キロメートルです」


 自動翻訳さんは結構優秀みたいです。


「ですが、王都に戻るのはお勧めしません」

「なんで?」

「魔王が現れたからです。恐らく王都に内通者がいます。戻れば内通者に居場所が特定されて、魔王に暗殺されます」

「内通者か」

「えぇ、勇者召喚の儀式を知っている者は、この国の上層部くらいしかいないので、かなり深い所まで入り込まれてしまっています」

「それって、やばくない?」

「やばいです。不幸中の幸い、他の勇者様は王都から離れていますが、国の存続が危ういです」


 国の存続が危ういなんて、初めて聞きました。

 確かにあんな化け物に襲われたら、昨日の今日で国が滅んでしまってもおかしくありません。

 

「もう滅んじゃってるかも知れないのか」

「いえ、魔王とて一国を相手にする力はありません。攻めてくるとなれば、必ず魔王軍として攻めて来ます」

「じゃあ、あそこに魔王が現れたのは、僕たちを殺すためだけだったと」

「はい、なのでまだ猶予が残されていると言うことです。我々は、魔王が侵入した事と、我々の同行を魔王が知っていたことを国に伝えなければなりません」

「やることあったね」

「いえ、これに関しては安心してください」


 馬で三日の距離を、決死の思いで駆けて行き、お国に伝令をするミッションはしなくて良いみたいです。

 シーナは外套から生えた腕を伸ばし、布袋の中に手を差し込みました。


「ええと、あった。この魔晶石の中に、一方通行での思念伝達魔術が組み込まれて…いました」


 シーナの取り出した魔晶石は二つありました。それは、元々は一つの魔晶石でした。言い換えれば——。


「割れてるね」

「ええ、割れてます」

「やばいね」

「やばいです」


 クールな表情がコールドな表情になり、シーナは外套を頭まで被り蹲りました。


「どうしようどうしようっ、ちゃんと袋に仕舞ってたのに何で割れてるの!?国がっ、国が滅んじゃうっ〜〜!!でもユウさんを王都に近づける訳にもいかないしっ、どうすればいいのぉ!」

「なら、人に頼めば良いんじゃない?」


 僕がそう言うと、シーナは急に静かになりました。


「確かに、それなら…でも誰に頼みましょう」

「ここら辺に、事情に詳しい人とかいない?あと思念伝達?の魔術を組み込んだってことは、それを使える人居るんだよね?その人に頼めば良いんじゃない?」

「ここら辺なら…五十キロ先にレオーン家がありますね、ここは十二名家の一つで、思念伝達の術者も居るはずですっ!」


 150キロから100キロの距離を短縮出来るなら、なかなかいい案ではないでしょうか。冷静なシーナならすぐに思いついても良さそうですが、何如せん拠り所としていた物が使い物にならなくなったことで恐慌をきたしていたのですから、仕方がありません。


「じゃあレオーン家まで行こうか」


 直近の目的が決まったことで、どこからともなくやる気が満ち溢れて来ました。

 魔王討伐は、一国を救ってから始めましょう。


「ですが…」

「ん?」

「この辺りは…魔物の強さが桁違いで…とても二人だけでは…」

「何でそんな所に転移したんだよ…」


 一難去ってまた一難。一国を救うことも、やはり簡単なことではありませんでした。


「そんなのわたくしにだって分かりませんよ。でも、これは師匠が込めた魔術ですから、きっと意地悪なのです」

「意地悪?」

「勇者様と旅が出来るわたくしを妬んで、こんな所にしたんですよきっと!」


 師弟関係と言うのは、僕の想像のつかない歪な関係なのかもしれません。シーナの膨らませた頬を見ながら、僕はそう思うのでした。

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