第3話 突然の魔王戦
僕たちは無言のまま、王都の門をくぐり、壁外に繰り出しました。
「あっ、あの!」
シーナさんが声を上げます。
「確かに、聖人の方が特別な力を持っていたと言う記録はありませんが、ユウさんは紛れもなく転移者です。いつかきっと、そのような力に目覚めるに違いありません!」
「そ、そうだぞ佑、俺はお前を信じてるぞ!」
「あたしも信じてるよ!」
「ありがとう、シーナさん、みんな」
皆んなの励ましが身に染みます。僕みたいな役立たずなんて、放って仕舞えば良いのに、この人達はなんて優しいのでしょう。
思わず涙が出て来ました。
「ほら泣くなよ、俺たちの門出だ。笑って行こうぜ」
「うん…ありがとう…」
僕は無理やり笑顔を作って、前を向きました。地平線まで続く草原が青々と光り、僕たちの門出を祝ってくれているようでした。
※
僕たちは歩き出しました。目的地は王都から約60キロ先の街です。そこまで歩いて行くのは、安全地帯とされる王都からその街までの草原で、野宿の練習や、武器の使い方、弱いモンスターの討伐などを経験しておくためだそうです。
そしてある程度経験を積み、街にあるダンジョンを攻略して、本格的に魔王城への旅を始めるそうです。つまり旅はまだ始まっていないのです。
「探知魔法に反応あり!斜め右に三十メートル!ちっこいの!」
「りょーかい!」
澪さんの探知魔法にモンスターが引っかかりました。シーナさんが言うには、彼女は全魔法を使い熟せる素質をもち、レベルごとに使える魔法が増えていくそうです。
今は初級魔法という、簡単な魔法しか使えませんが、このように便利な魔法が多くて助かります。
澪さんの声を聞いて物凄い勢いで走り出した叶太くんは、三十メートル先の茂みから顔を出す兎を切りつけました。
彼も剣術版賢者のようなもので、この世のありとあらゆる剣術を使いこなす素養をもっており、レベルごとに強力な剣術を覚えるそうです。
これで二回目の戦闘なのに、叶太くんは難なく兎を倒しました。
僕はと言うと、シーナさんの護衛と言う、名ばかりの職業でございます。
「うぇ、やっぱり血は慣れねぇな」
「そうだね」
首チョンパされた兎の頭と胴体をもって、叶太くんが歩いて来ます。この兎には頭に角が生えていました。
これは魔力的な変異がどうたらこうたらで、とにかく凶暴化するらしいです。その総称をモンスター又は魔物といいます。
叶太くんは兎の死体をシーナさんに預けました。
シーナさんは顔を顰めることなく、兎だったものの血を手際よく抜き、紐に括りつけました。
これも修行で身につけたそうです。
「澪さんお水ください」
「はいはーい。水の精霊よ、我が言霊に従え、ウォーター」
澪さんが呪文を唱えると、澪さんの持っていた杖から水が出ました。水の排出量は魔力操作で変えられるそうです。
シーナさんと叶太くんはそれで血の汚れを綺麗に流しました。
「何だか皆んな凄いね」
僕はポツリと溢しました。便利な魔法に、強い力。サバイバルの名人は神聖術も使えるし、僕が出る幕なんてどこにもない。
「そんなことないですよっ、次はユウさんがモンスターと戦ってみましょう」
シーナさんはすかさずフォローしてくれます。そうなってくると、弱音を吐いていること自体が恥ずかしくなって来ます。
「うん、僕もみんなの役に立てるように頑張るよ!」
「——っ、早速かかった!あの木の影、さっきよりちょっと大きい!」
澪さんがそう叫びます。二十メートルほど先の木陰に、水色の半透明な球がいました。
「なにあれ!?」
「スライムです!真ん中の赤い核を狙ってください!」
シーナさんが教えてくれます。僕の肩を叶太くんが叩きました。
僕は意を決して、スライムに向かって走り出します。スライムは僕の存在を感知すると、こちらに飛びかかって来ました。
咄嗟に避けてやり過ごします。飛び跳ねたスライムは、ベチャッと地面に落ちて、形を崩しました。
体勢を立て直し、スライムの核に剣を突き立てます。
核を失ったスライムは、唐突に蒸発を始めて、跡形もなくなりました。
「やったな佑!」
「ナイス佑!」
「ユウさん!」
温かい。温かいです。僕はみんなの為なら死ぬ気で頑張ります。
「スライムの核はお金になるんですよ」
シーナさんはそう言ってスライムの核を布袋に入れました。
最初に倒したのが血の出ないモンスターで良かったです。スライムはなんか生き物って感じしませんし。
もしあれだったら、弓とか使えば、あまり気後れしなくて良いかもしれません。この手で殺すのではなく、弓矢で殺すので。
どうせ僕は無職なので、どんな武器を使っても良いでしょう。
「今日はこの辺りで野営しましょう」
シーナさんはそう言いました。歩いて何時間ほど経ったでしょうか。スマホを確認しようとしましたが、城に置いて行った事を忘れていました。
何せ僕たちが勇者であるとバレないように、異世界のものは全て没収されたのです。どこに魔王の目があるか分からないので、強くなるまではとにかく隠密に行くそうです。
「もう準備するのか?まだ明るいぞ?」
「準備をしたらすぐに暗くなりますよ」
サバイバルの名人がそう言うのですから、そうなのでしょう。それに沢山歩いた上に、何回か戦闘までして、もうクタクタなので丁度いいです。
叶太くんも直ぐに納得して、みんなで薪を集めることになりました。
因みにテントはありません。寝袋もありません。これが本当のサバイバルです。
叶太くんは楽しそうですが、僕と澪さんはあまり乗り気ではありません。文句を言っても仕方ないですが。
「ではわたくしは夕食を作ります。葉っぱや背の高い草があれば取ってきてください。下に敷けば寝心地もある程度マシになりますよ」
シーナさんはエスパーなのでしょうか。
僕と澪さんは薪を拾うことも忘れて、枯れ草を沢山集めました。
戻って来ると、シーナさんは解体した兎肉を枝に突き刺していました。ようやく食用に見えて食欲がそそられて来ました。
澪さんに火を頼み、付いた火に兎肉を突き刺した枝を立てかけ、じっくり焼きます。
香ばしい香りが漂って来ました。
「味付けは塩しかなくて、物足りないかもしれませんが…」
「全然!塩だけで結構です!」
「うん!めっちゃ美味しそう!」
空腹は最高のスパイスなのです。
夕食を終えると、二人一組になって交代で火の番をします。火があれば野生動物も近寄って来ないそうです。魔物については、シーナさんが魔除けの結界を張っているので大丈夫だそうです。
最初は僕とシーナさん。次に叶太くんと澪さんです。
二人が眠りに就く頃には、あたりは真っ暗になっていました。
「ユウさん」
「何ですか?」
シーナさんは声を潜めて僕を呼びました。真夜中に女の子と二人と言う状況に、少しだけ心臓が高鳴ります。これは生理現象であり、決して浮気ではありません。
「ユウさんたちの世界のこと、教えてくれませんか?」
焚き火の明かりで仄かに映るシーナさんは、青色の瞳を輝かせて聞いて来ました。
「うーん、魔王や勇者なんかは居ませんでしたね、あと魔法もない」
「それは聞き及んでいます」
「なら、科学は聞いたことありますか?」
「それは聞いたことないですっ、一体何なのですか?」
シーナさんがグッと距離を近づけて来ます。好奇心旺盛な子供みたいで、少し可愛らしいです。
「僕も詳しくはないんですけど、この世の真理を探求する、と言う学問です」
「それは、魔術とは違うのですか?あっ、魔術はないんでしたね」
「えぇ、僕が聞いたことあるのは、世界は数理で出来ている、と言う言葉です。学校の先生から聞いたのでうる覚えですけど」
「数理?どう言う意味ですか?」
「1足す1はなんですか?」
「2です」
「それは絶対の法則で、この世界のもの全てが、そのような数学的な法則で出来ていると言うことです。あの木から葉っぱが落ちる速さや軌道なんかも、数字で表せるんです」
「へぇ、じゃあじゃあ、人の気持ちなんかも、数字で表せるんですか?」
「すごい着眼点ですね。それは今研究中で、表せるかは分かってません」
「そうなんですか…」
シーナさんは落ち込んだ様子で言いました。先程の勢いはどこに行ったのでしょうか。
「わたくしの師匠も、そのような研究をしていました。もちろん数字ではなく、神聖術を使って」
「神聖術は、魔法とは違うんですか?」
「うーん、それがよく分かっていないんです。聖職者であるわたくしが、こんなこと言ってはいけないのですが、もしかしたら神聖術も魔法も、一つの術から派生したものではないか、と」
神聖術は宗教的な側面をもつけれど、魔法は違うから一緒にしてはいけない、と言いたいのでしょうか。
神聖術も魔法もちんぷんかんぷんな僕が、何を考えても無駄でしょうけど。
そう思ってシーナさんの方を向くと、何やら俯いています。
眠くなったのかと思いましたが、様子が変です。息が荒く、肌寒いくらいなのに汗をかいています。
「はぁ、はぁ」
「シーナさん?大丈夫ですか?」
「澪さんと、叶太さんを起こして、探知魔法を、緊急事態です」
「わ、分かりました」
只事じゃない空気が漂います。結界に何かが反応したのでしょうか。
とにかく澪さんを揺すって起こしました。
「澪さんっ、澪さんっ」
「んっ、んんぅ?もう時間?」
「緊急事態だって、探知魔法を」
「ん、分かったぁ」
澪さんは緊張感のない声で詠唱を始めます。
唱え終わり、魔法を使った瞬間、澪さんが胃液を吹き出しました。
「だ、大丈夫!?」
「ゔぅ、ゔぇぇ」
「ん?何だようるさいなぁ」
叶太くんは起きた。起こす必要はない。取り敢えず澪さんを落ち着かせて、シーナさんから指示を得ないと。
「澪さん、一体何が?」
「ゔっ、知らない、知らない知らない知らない」
澪さんの顔は青ざめています。ずっと同じ言葉を連呼して、まるで壊れた人形みたいになってしまいました。
「叶太くん!武器を取って!」
何か、きっと何かがいる。暗闇の中で、僕たちに近づいてくるものが。
「だめです…これは…わたしくしたちでは…」
「シーナさん、何がいるんですか!」
シーナさんも、絶望感に打ちひしがれた表情をしています。先に目標を特定した二人が、この有様です。そしてその正体と思われるものの、邪悪な空気が、僕でも認識出来ました。
「佑、何があったんだ」
「分からない、でも、何かやばいのがくる」
同じように勘付いた叶太くんが、剣を構えます。僕はシーナさんを隠すように立って、叶太くんの斜め後ろで剣を構えます。
「魔法と神聖術の原点が同じか。なかなか興味深い話をするね」
怖気立つような声と共に、焚き火がふっと消えます。
月明かりのみを頼りに、暗闇の奥を凝視すると、だんだんとそれが形を表しました。
「私は神聖術を扱えなくてね、その手の研究には神聖術を扱える人間が必要なのだよ」
黒い、黒すぎて周りの暗闇との輪郭がくっきりと見えます。その黒い外套から出る顔は、逆に白くて、まるで生首が浮いているようです。
生首に付いている二つの目玉は紅く光り、頭には羊のような角が生えています。
凶悪な笑みからは牙が見え隠れし、この世の者とは思えない邪悪なオーラを放つ存在。
これが魔王というなら、そう納得せざるを得ない。なぜなら、これ以上の邪悪があってはならないから。
「殺すのは勇者三人だから、そこの女は手土産に持っていこう」
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