第2話 聖人と書いてヒトと読む



 王様の居た部屋から下がって、僕たちは各自の部屋に案内されました。

 貴族用の客室だそうで、とても広くて綺麗です。落ち着きのある装飾に止めていて、使用者への配慮が伺えます。ベッドもクイーンサイズ以上はありそうで、寝返りうち放題です。

 僕がベッドの上で飛び跳ねていると、扉を誰かがノックしました。


「はーい」


 扉を開けると、一緒にここへ召喚された女の子が立っていました。

 彼女は僕に向かって笑顔で言いました。


「あのさ、叶太の部屋で自己紹介しない?」

「いいね、丁度僕もみんなと話したかったんだ」

「じゃあ、行こー」


 叶太とは、おそらく格好の良い男の子のことです。

 僕は陽気な彼女の後に着いて行きました。娃綺ちゃんとは真反対の、ノリが軽い感じです。スカートも短くて、下手をすれば見えてしまいそうです。決して期待などしてませんが。


「もう一人の男の子もいるんだよね?」

「えー?居ないけど」

「なんで?」

「良いじゃん、あんなのほっとこ」


 僕はクラスが違うから知りませんが、きっとあの男の子と彼女らは不仲なのでしょう。何だか先が思いやられます。あとで僕だけでも挨拶に行きましょう。

 そう心に決めていると、どうやら着いたようです。勢いよく扉が開け放たれ、傍若無人に中へ入っていきます。


「おっ、来たか」


 椅子に座っていたのは、格好良い男の子でした。僕のクラスにいたら真っ先に名前を覚えそうな、クラスの中心にいるのが当たり前のような人です。

 僕と女の子はベッドに座って、彼と向き合いました。


「じゃあ自己紹介をしよう。俺が有馬叶太。で、こっちが三島澪」

「ちょっとー、あたしの自己紹介奪わないでよー」


 何だか気の良さそうな人達です。叶太くんに、澪さん。覚えました。彼らとは仲良くなれそうな気がします。


「僕は長谷川佑って言います。よろしくね」

「よろしくな」

「よろしくー!」


 僕たちは早速話し始めました。中学の事、部活のこと、趣味のこと。

 叶太くんは、サッカー部のエースだそうです。本人は否定してましたが、澪さんが言っていました。一年生にしてエースだなんて、すごいと思います。趣味はゲームで、こう言うシチュエーションもゲームで良くあるそうです。最初こそ混乱してましたが、僕より順応しているのはそのためだそうです。

 澪さんは、叶太くんと同じ中学校で、腐れ縁なのだそうです。部活はチアリーディングをやっているらしく、何だか納得してしまいました。


 次に、僕たちは今後の話し合いをすることになりました。


「佑、ステータスカード見せてくれよ」

「いいよ、叶太くんたちのも見せてくれる?」


 お互いのステータスカードを交換します。僕は二人のカードを受け取りました。

 叶太くんは剣聖、澪さんは賢者です。その下にはレベルが書いてあって、どちらもレベル1になっています。他にも、能力値と言う数字が、各能力に割り振られています。

 因みに僕は、パワースピードスタミナ魔力いずれも10です。


 ですが、叶太くんたちは違いました。叶太くんはパワーとスピードとスタミナがそれぞれ100近くあって、澪さんは魔力が100近くありました。


「うん、佑は聖人だから、多分ヒーラーなんだろうな。だから能力値以外に、なんか特別な力があるはずだ」

「そ、そうだよ、あんまり気を落とさないでね」


 僕は今、慰められているのでしょうか。ステータスがあまりにも低すぎて、役に立てるか心配です。


「ヒーラーって何?」

「あぁ、回復役だよ、知らないのか?」

「ははは、あんまりゲームとかやったことなくて」


 知識もない役立たずでごめんなさい。


「まぁでも、役割が被ってなくて良かったな、バランスの取れたパーティーだ」

「パーティーって…」

「ち、チームみたいなもんだ」


 本当に、申し訳が立ちません。


「で、でも、それならあの子は何の職業なんだろうね」

「あいつは、どうせ俺たちと組みたがらねぇよ」

「え?」

「一人が好きなんだとよ」


 叶太くんは、あまり彼の事を話したがらない。

 名前だけでも聞いておきたかったけれど、いつのまにか解散することになりました。


 僕は消化不良だったので、挨拶だけでもと、彼の部屋を尋ねました。

 ノックすると小さく隙間が開いて、入れ、と言われます。


「お邪魔します」

「何のようだ」


 いきなり睨みつけられました。懐疑的な視線です。


「えっと、自己紹介をしようと思って」

「そうか、俺は九条直樹だ」

「僕は長谷川佑、よろしく直樹くん」


 それから沈黙が流れました。若干の気まずさを覚えて、苦笑いを浮かべます。

 

「そ、その、頑張って魔王倒そうね」

「俺はそんなもの興味ない」

「え?」


 興味がない。なぜ?元の世界に帰りたいと思っていないのでしょうか。


「直樹くんは、元の世界に帰りたくないの?」

「あぁ、魔王なんて危険な奴に挑まずに、俺はここで自由に生きる」

「で、でも、家族が心配してるよ」


 僕の言葉に、直樹くんはため息をつきました。


「お前の常識を押し付けるのはやめろ。俺には俺を心配する家族も、友人も、恋人も、誰一人としていない。あの世界に未練は無い。帰りたい奴は帰りたい奴で勝手にやってろ」


 それだけ言って、直樹くんは僕を追い出しました。僕は咄嗟に、帰りたくなったら協力して欲しい、と言ったけれど、それが伝わったかどうかは分かりません。


 一人になりました。僕はベッドの上で、直樹くんの事を思い出していました。

 あの世界に未練はない。未練がない状況なんて、想像もつきません。僕には両親がいて、兄がいて、娃綺ちゃんがいて…。


「娃綺ちゃん…」


 彼女がここに居ないということは、恐らく助かったと言うことでしょう。

 ですが、もういつ会えるかも分からない。もしかしたら一生会えないかも知れない。どうせなら彼女も連れて来れば良かった。そうすれば、こんな悲しい気持ちにならなかったのに。


 僕の目から、涙が溢れ出しました。一人になって、緊張がほぐれて、ようやく現実を直視して、耐えられない苦痛が僕を襲いました。

 ずっと一緒にいて、これからも一緒にいる筈だった娃綺ちゃんと、もう会えないなんて、最後の会話を、あんな話半分に聞いてしまったなんて、そんなのは嫌だ。

 僕は魔王を倒さねばなりません。それから娃綺ちゃんに会って、あの言葉の続きを聞かねばなりません。もし、彼女がそれを忘れていたら、代わりに僕が気持ちを伝えなければなりません。


 僕は直樹くんとは違う。会いたい人がいる。安心させたい家族がいる。だから、迷う必要なんてない。

 僕は何があっても、魔王とやらを討伐するのです。


 その日の晩、直樹くんは姿をくらませました。





「皆のもの、今日は紹介したい人物がいる」


 そう言われて、僕ら三人は宰相の前に集まりました。宰相というのは、王様の横にいたもう一人のお爺さんです。

 王様は忙しいようです。ご高齢なのに、お体は大丈夫でしょうか。


「アスタリスム王国きっての聖職者。聖女と名高きお方である」


 それはそれは徳の高い御仁なのでしょう。そう思って身構えていましたが、出て来たのは同年代くらいの女の子でした。


「シーナリーゼ・パルセノスと申します。以後お見知り置きを」


 上品なお辞儀を見せる彼女は、なるほど徳が高いのは確かなのかも知れません。

 身につけているのは聖職者の正装でしょうか。昨日の白装束に似ていますが、青色も混ざっていて不気味さは薄れています。

 とは言え一番驚くべきは、彼女の髪です。まるで初雪のような白銀の髪が、腰の下まで伸びています。目も綺麗なオーシャンブルーで、思わず見惚れてしまいました。


「そなたらにはこれから共に旅に出て頂いて、魔王を討伐してもらう」

「え!?」


 宰相、それは酷くありませんか?僕たちまだレベル1ですよ!?


「なにか?」

「僕たち、まだ戦い方も知りませんよ?」

「それがどうなされた」

「はぁ!?」


 訳が分からず戸惑っていると、叶太くんが僕の肩を叩きました。

 そうだよね、やっぱりおかしいよね、叶太くんも言ってやってよ。


「こう言うのは冒険しながら強くなってくもんなんだよ」

「え、えぇ!?」


 叶太くん、ここはゲームの世界じゃないよ?死んだら終わりだよ?何でそんなに楽観的になれるのさ。


「安心なされ、そなたらは強い。ここらのモンスターに殺されることはありますまい。そしてレベルを上げるのには、モンスターを狩るのが一番。我らが同行すれば効率も落ちる。そう言うことだ」

「どう言うこと!?」


 娃綺ちゃんごめんね、もう会えないかもしれない。





 お城の滞在時間、約十二時間。昨日の晩御飯は最後の晩餐なんですか?


 僕たちは路銀と地図と使い方も知らない装備を持たされ、城から追い出されました。

 旅なんてしたことないし、動物も殺したことないし、これからどうすればいいのでしょう。


「さぁ!行こうか!」

「おー!」

「はいっ!」


 叶太くん達はやる気満々で城下街を歩いて行きます。と言うかシーナリーゼさん、旅とか平気何ですか?

 僕の不安を察してか、シーナリーゼさんが僕の隣に来て言いました。


「ユウさん、体調が優れないのですか?」

「へ、平気です。シーナリーゼさん」

「そうですか…。あっ、わたくしのことは、どうぞシーナとお呼びください」


 シーナさんは、僕たち勇者と同行するため、過酷な修行を積んできたらしいです。こうして僕たちと旅が出来るのは相当誉高いことだ、と胸を張っていました。

 そう言えば、僕の職業である聖人は、聖職者のシーナさんと似たような職業でしょうから、色々とアドバイスを貰えるかもしれません。


「あの、シーナさん、僕の職業、聖人って言うんですけど」

「え…」


 シーナさんの顔が明らかに凍りつきました。


「な、何かありました?」

「いえ…その、聖人と言うのは、元々転移者の方が全員持っている職業なんです。そこから変容を果たして、聖剣や賢者のように、特定の職業につくのですが…」

「つ、つまり、僕は無職ってことですか?」

「そ、そうなります…」


 シーナさんはそう言うと、慌てて手を振り始めました。


「でっ、ですが、普通そんなことはありません!転移された三人の勇者は、必ず職業を持ちます。聖人と言う職業が判明したのは、巻き込まれたそれ以外の転移者がいらっしゃって、その人の職業が聖人だったのです。なのでユウさんが聖人なのはありえません!きっとそのうち真の職業が…」


 僕と、叶太くんと澪さんが、同時に足を止めました。言葉が出ない僕の代わりに、叶太くんがシーナさんに説明しました。


「俺たちの他に、もう一人転移者がいるんだ。多分そいつが職業もってる」

「え…」


 シーナさん、やめて、そんな顔で僕を見ないで。

 

 こうして僕は、聖人と書いてヒトと読む、ただの役立たずとなったのでした。

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