第7話 聖獣と令嬢の逃亡劇

「おい! 聖獣番アイツに見つかる前にさっさと麻酔で眠らせろ!」

「かしこまりました!」


 レイドリーが声を荒げて使用人を捲し立てている。

 繋がれているのは確かにパンサーのようだが、通常の黒い毛並みと違って鈍色という珍しい毛色をしている。

 きっと野盗達が言っていた聖獣だ。

 どうやらウィルバートに見つかる前に、外へ運び出そうとしているらしい。

 見つけたからには放っておけない。

 

 使用人は牢屋の外から、暴れるパンサーに向かって銃のようなものを向けた。


「止めて!!」


 エミーリアは咄嗟に飛び出し、使用人を突き飛ばした。

 そのはずみで銃弾はパンサーから外れ、天井に穴を開けた。


「なんだ貴様、さっきの胡散臭い男の連れか!」

「あなた達の話は聞いたわ! ウィルバート様に報告してやるんだから!」

「まさか、上の聖獣は目眩ましか……」

「大人しく自首しなさい! ウィルバート様は優しいからきっと刑も軽くしてくれるわ!」

「黙れ!!」


 レイドリーがエミーリアに襲い掛かる。

 だが小太りな体型のせいで動きが鈍く、エミーリアを捕らえ損ねるとそのまま牢屋へと顔面を打ち付けた。

 エミーリアはその隙にまだ気を失っている使用人から鍵を奪い、牢屋の錠を外した。


「小癪な!」


 レイドリーは腕で鼻血を拭きながら、小型銃を取り出し銃口をエミーリアに向けた。

 ゾッと背筋が凍った。

 殺される。

 ゴクリと息を飲んだその時。


 グアァァァッ!!


 銃声がかき消される程の咆哮が、地下中に響き渡った。


 その声に慄いたレイドリーが撃った銃弾は軌道から逸れ、エミーリアのこめかみを掠めた。

 ツゥ……と温かい血がエミーリアの頬を伝う。

 助かった。

 だがさすがに腰が抜けてその場にへたり込んでしまった。


 グルルルル……。


 今度は低い唸り声が背後から近づいてくる。

 恐る恐る振り返ると、壁から鎖を引き抜いて出てきたパンサーが、目をギラつかせてこちらを見ている。


「ヒ、ヒィィィ!!」


 レイドリーも腰を抜かし、情けない声を上げた。

 エミーリアも恐怖で身体が動かない。

 今度こそ駄目だ。

 

(ウィルバート様……!)


 パンサーが鋭い牙をむいた瞬間、エミーリアは心の中で彼の名を叫んだ。

 

「ギャアァァァ!!」


 図太い悲鳴が上がり、ハッと目を開いた。

 顔を上げると、パンサーがエミーリアを飛び越えレイドリーに伸し掛かっていたのだ。

 

「た、助けて、くれぇ……」


 パンサーは鈎爪のような前両足でレイドリーの両肩を押さえ込み、涎を垂らして喉元に噛みつこうとしている。


「殺しては駄目!」


 エミーリアの叫びにパンサーはピタリと動きを止めた。


「そんな事したらウィルバート様に叱られちゃうわ。 だから絶対に殺しては駄目よ」


 言い聞かすようにゆっくりと呼びかけると、パンサーは口を閉じゆっくりとレイドリーから離れた。


(良かった、話が通じた!)


 同時にウィルバートへの献身っぷりに驚いた。

 ホッと胸を撫で下ろすと、そこへパンサーがゆっくりと近づいてきた。

 エミーリアは一瞬身体を強張らせたが、さっきまでと様子が変わって殺気が感じられない。

 緊張しながら注視していると、パンサーはエミーリアのこめかみをペロリと舐めた。

 確か銃弾を掠めた辺りだ。

 その温かさに身体の強張りが少し解けた。


「もしかして、心配してくれてるの?」


 エミーリアの呼び掛けに対し、パンサーはジッとエミーリアを見つめたまま動かない。

 とりあえず襲う気はないらしい。

 ようやく人心地がつき、エミーリアは大きく息を吐いた。


「一緒にウィルバート様の所に帰りましょう」


 今度は丸い耳をピンと立てて長い尻尾を左右に振った。

 言葉も理解しているらしい。


 レイドリーも使用人も、泡を吹いて気絶している。

 きっとしばらくは動けないだろう。

 エミーリアはパン!と両太腿を叩き、気合を入れ直す。


「今度はステラを見つけなくちゃ!」


 ゆっくりと立ち上がり、エミーリア達は地下牢を一つ一つを見て回っていく。

 だが自分達以外に人は見当たらなかった。

 

「はずれか……」

 

 ガックシと肩を落とすエミーリア。

 だがその様子をジッと伺っていたパンサーが、ススっと足にすり寄ってきた。

 慰めてくれているのだろうか。


「そうよね、まだ諦めるには早いわ」


 パンサーの頭を撫で、力一杯拳を握る。


「きっとこの屋敷の何処かにいる筈! 絶対に見つけてやるんだから!」


 そしてエミーリアはパンサーと共に、元来た階段を駆け上がっていった。



「きゃあぁぁぁ!!」


 屋敷内の至るところから悲鳴が上がる。

 エミーリアが聖獣のパンサーを連れて走り回っているのを見て、屋敷中がパニックになっていた。


(何処にいるの、ステラ!)

 

 だがエミーリアはお構いなしに、息急き切ってステラの気配を探した。


 だが何処にも見つからない。

 気づけば使用人達は避難したのか、屋敷内はシン、と静まり返っていた。

 ここにはいないのか、連れ去られていないのか。

 どんどん気が急ってくる。

 まだ探していない所はどこだろうか。


 足を止め大きく溜息をついた時だ。


「エミーリアさん!」

「ウィルバート様!」


 使用人達の騒ぎを聞きつけたのだろう。

 青い顔をしたウィルバートが、ものすごい速さでエミーリアの元へと駆けつけた。


「良かった、無事で……って、怪我してるじゃないですか!!」

「それはまた後で説明しますから! それよりこのコ、地下に繋がれてました!」

「……もしかして、エミーリアさんがパンサーを?」

「はい!」


 エミーリアは笑顔でガッツポーズをしてみせると、突然ウィルバートはエミーリアを抱き掻いた。


「?!」

「ありがとうございます。 でも、怪我をしてまで無茶はしないで下さい」


 掠れた震え声で囁かれ、エミーリアはふと地下での事を思い出した。

 今回はうまくいったが、あの時聖獣が助けてくれなかったらどうなっていただろう。

 ゾクッと全身が震えた。

 

「……ごめんなさい」


 そのままギュウッとウィルバートに抱きついた。

 そしてウィルバートも、エミーリアの震えが治まるようにと優しく腕に力を込めた。


「ハ、…ハァ……、やっと追いついた……って、ウィルバート様?!」 


 悲鳴にも似たアシリアの声が甘い空気を裂いた。

 アプローチ中だった男が従者の男と抱き合っている。

 これはもしや……!とアシリアは頬を染めたが、何やら違和感を感じ取った。


「貴方まさか……、エミーリア・ユーステン?!」


 ようやく正体に気づき、アリシアは顔を引き攣らせた。


「御機嫌よう、アリシア様。 行方不明になってる聖獣と妹を探しに来ましたの。 何処にいるかご存知じゃないですか?」

「……さぁ、何のことかしら。 大方マリッジブルーで引き籠もってるのでは?」


 バチバチと火花を散らす二人の間でウィルバートとパンサーがオロオロと双方を見る。


 ここまで探したが、ステラはまだ見つかっていない。

 それに気付いてか、アリシアはフフン、と不敵な笑みを浮かべている。

 これ以上伯爵階級にかみつくとさすがにマズイ。

 歯痒い状況にエミーリアはギュッと唇を噛んだ。


「いい加減にして下さる? 今なら見逃してあげるから、その獣を連れてさっさと出てってちょうだい。 私達はまだこれから庭園を見て回るつもりなんだから……」


 するとアリシアは途中でハッと口を覆った。

 その瞬間をエミーリアは見逃さなかった。


「庭園……」


 エミーリアは踵を返し再び駆け出した。

 まだ探していない場所があった。


「エミーリアさん!!」


 今度こそは遅れまいと、ウィルバートもアリシアの手を振り払いエミーリアの後を追いかけた。

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