第6話 潜入捜査開始

 ケットシーが用意したという馬車の乗り心地は、非の打ち所がない程に素晴らしかった。

 座席の座り心地まで調整できるなんて、魔法というのは本当に便利だと思う。

 

「ウィルバート様、これからどうやってヴェッチェル家の屋敷内に侵入するんです?

「勿論、玄関からです」

「玄関? そんな真正面からいったら断られるますよ」

「ラズが待ってるので大丈夫だと思います。 後は権力で何とかします」

 

 ウィルバートの口から一番似合わない単語が出てきて、エミーリアは目を丸くした。 


 聖獣と共にこの国を戦禍から救ったのが聖獣番。

 当時の王は聖獣番にカルカラの土地の譲渡と合わせて、国家再建に参与してほしいと懇請したという。

 だが政や争い事を嫌う聖獣番はそれを拒否し、聖獣に関わる事案について全ての権限を得るだけに留めた。

 その証に渡されているのが、フェンリルの描かれた国章が刻まれた懐中時計だという。


「この懐中時計があれば聖獣保護へ捜査協力をしないといけなくなるんです。 できれば使いたくないんですが、最近は密猟も増えてるから……」


 聖獣に救われたのがもう数百年も遠い昔の話。

 今の平和が聖獣達によってもたらされたものだという意識は殆ど無いだろう。

 寧ろ物珍しさから聖獣を捕獲する不届きな人間の方が多いかも知れない。




 するとガタン、と馬車が止まった。

 窓から外をみると、緑色に塗られた壁が特徴的な三階建ての屋敷が見えた。

 いよいよ潜入捜査開始だ。


「本日はどういったご要件でしょうか」


 使用人はウィルバートを見ても、嫌な顔一つせず笑顔で出迎えた。

 装いからしてきっと伯爵位以上の客とふんだのだろう。


「唐突で申し訳ありません。 この屋敷に家族が入ってしまったようなので上がらせてもらいたいのですが」

「それはそれは……。 って、屋敷内に家族、ですか……?」

「はい。 ちょっと大きいので暴れ出す前にと思いまして」

 

 すると突然頭上からガシャアン!!っと大きな破壊音が聞こえた。

 パラパラ、と上から土やコンクリートの欠片が落ちてくる。

 まさか。

 エミーリアと使用人が驚いて屋敷の屋根に目をやると、そこにはまさかの姿があった。


「犬……、いや、白銀の狼?!」


 ヴェッチェル家の屋根にラズが雄々しく座っていたのだ。

 

「あぁ、やはりいましたね。 きっと僕じゃないと言うことを聞かないと思うので、中へ入ってもよろしいでしょうか?」


 そして例の懐中時計をちらつかせた。

 それが何を意味するのか、使用人はちゃんと知っていたらしい。

 使用人は説明を聞くより先に慌てて屋敷に戻り、いかにも胡散臭そうな小太りの男性を連れて戻ってきた。

 ヴェッチェル・レイドリー伯爵だ。

 

「聖獣番様! 一体これは何事です?!」

「すみません。 どうもここから仲間の気配がするみたいで上がってしまったみたいなんです」

「え……っ」

「まぁこんな所にいるとは思えないのですが、これ以上家族がご迷惑をおかけするのも心苦しいので、彼を宥める為にもお宅を拝見しても?」


 物腰柔らかな口調。

 だがその瞳に熱は感じられない。

 今にも射抜かれそうな鋭い視線にレイドリーはヒッっと小さく息を呑む。

 そして。


「……どうぞ中へ」


 彼を招き入れるしか他にないと悟った。

 


 中へと通されたエミーリアとウィルバートは、レイドリーの案内でラズがいる屋上に一番近い部屋へ向かった。

 その途中には豪奢な調度品やゴテゴテとした壁の装飾の数々。

 派手な暮らしぶりが目に見えてわかる。

 レイドリーはユーステン家と同じ貿易商を営む人物の一人だ。

 だが通常の輸入だけでなく、他国で制限がかかっているような商品でも、規制をかわして輸入し売りさばいていると噂されている。

 ついでこちらの悪事も暴けないだろうかと、エミーリアはレイドリーの背中を睨んだ。


「お父様! 聖獣番さま!!」


 階段を上りきり渡り廊下に出た所で、背後から絡みつくような甘ったるい声に引き止められた。

 振り返るとそこにいたのは、エミーリアが今一番制裁を加えたい人物だった。


「アリシア・ヴェッチェルと申します。 忙しい父に代わって私がご案内致しますわ」


 そしてにっこりと笑みを浮かべ淑女の挨拶をする。

 服装も夜会の時のような胸元の開いたドレスではなく、珍しく清楚で上品な装いだ。

 『聖獣番ならこんな女性が好みでは』とでも思ったのだろう。


「そ、そうです! 私は少し用事を思い出しましたので、案内は娘のアリシアに。 アシリア、決してご無礼のないように!」

「勿論ですわ、お父様」


 レイドリーがそそくさとこの場を去ると、早速アリシアはウィルバートの腕をぐいと自分の豊満な胸へと抱き込んだ。


「さぁ行きましょう! まずは眺めの良い二階のテラスから如何です?」

「ぼ、僕は別に屋敷の見学に来たのでは……」

「はい! 聖獣を助けに来たんですんよね! ですがテラスもすぐそこですし、少しだけお話でもいたしましょう!」


 アシリアの勢いに押され、女性に免疫のないウィルバートの顔からは聖獣番としての威厳が完全に剥がれ落ちてしまった。

 赤くなったり青くなったりと狼狽えるウィルバートを見て、アシリアはフフフ、とウィルバートに寄り掛かる。


「うぶな方なのですね。 そこも素敵ですわ……」


 アリシアに捕まりいよいよ動けなくなったウィルバートは、視線で必死にエミーリアへと助けを求める。

 だがエミーリアは気づかない。

 さっき使用人と共にバタバタと慌ただしく去っていった伯爵の動きの方が気になっていたからだ。


「アリシア様」

「……何ですの?」

「わたくし、少々体調が優れませんのでお手洗いをお借りしたいのですが」


 声をかけられたアシリアは一瞬顔を顰めたが、二人きりになるチャンスだと気づき、パッと表情が華やいだ。


「あらあら! それでしたら一階にいる使用人に聞いてくださる? 私達は一足先に聖獣を宥めにいって参りますわ」

「ありがとうございます」


 どうやらウィルバートに夢中で、この従者がエミーリアだということに全く気づいていないらしい。

 ある意味潜入は大成功と言えるだろう。


「では失礼致します」


 単独行動に許可が下りた。

 さっそくエミーリアはグイグイとアリシアに連れ去られるウィルバートを囮にして、伯爵達の後を追いかけた。



 レイドリー達を追いかけ、地下へと続く階段を下りていく。

 ガチャン、と鍵を外した扉の向こうには、生臭い匂いの漂う地下牢が並んでいた。

 重苦しい空気の中、エミーリアは気づかれないよう息を潜めて慎重にレイドリー達に近づく。


「今すぐ聖獣を隠せ! 見つかったらお終いだ!」


 レイドリーは使用人を叱りつけ、先を歩かせる。

 するとある一つの牢屋の前で立ち止まった。

 

「ガルルル!!」


 突然の唸り声にぎょっとして、エミーリアは慌てて口を塞いだ。


 よく目を凝らすと、そこには鎖に繋がれやせ細った錫色のパンサーが、緑色の瞳を光らせ牙を向いていたのだった。


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