第5話 貴女の為にできること

「エミーリアさん?」


 ウィルバートが心配下にエミーリアの名を呼ぶ。

 動揺していたのを見抜かれたエミーリアは苦笑した。


「実は、ステラはヴェッチェル家の長女から嫌がらせを受けていたんです。 陰口、ありもしない噂……典型的ないじめです。 

それが婚約者のロスウェル様との婚約が決まるとより悪質になったんです。 郵便受けに虫が入った手紙を入れられたり、屋敷の前に動物の死骸など本当に悪趣味です」


 アシリア・ヴェッチェル伯爵嬢は、ステラの婚約者であるロスウェルに思いを寄せていた内の一人だ。

 ロスウェルがステラに夢中になっているとの噂を聞きつけいじめの標的にしたらしい。

 

 だが彼女に幾ら問い詰めても『知らない』の一点張り。

 勿論周りの人間もヴェッチェル家の後ろだて欲しさに味方にはなってくれない。


「これだけ探しても見つからないんです。 誰かに監禁されてる可能性も有り得ます。 ですが何の根拠もなく押しかける訳にはいかなくて……」  

 

 男爵位の人間が伯爵家の人間に楯突こうものなら、返り討ちに遭って没落させられる可能性がある。

 憶測だけで家族を危険に晒す訳にはいかない。


「それで僕のところへ……?」


 エミーリアは小さく頷くと、ウィルバートに向かって深く頭を下げた。


「ウィルバート様、私も聖獣探しをお手伝いします。 だからどうか妹を探すのに力をお貸しください!!」

『聖獣探しに町へ行くのは構わんが、人探しには付き合わんぞ』


 後ろでジッと聞いていたラズがようやく口を開いた。


「まだそんな事を言ってるのか……」

『たった一人の娘とまともに話せん腑抜けが家主に交渉するなんて出来るとは思えんしな』


 眉間に皺を寄せるウィルバートを他所に、ラズはフン、と顔を逸らす。


「腑抜けなんかじゃありません!」


 すると再びエミーリアは声を張り上げ、今度はラズに詰め寄った。


「確かに最初お会いした時はちょっと頼りないなって思いました。 ですがウィルバート様は杖一本で私達を守って下さいましたよね。 それにラズ様のような立派なフェンリルと対等に話せるなんて、誰にでも出来ることじゃありません。 なのにラズ様は、ウィルバート様では役不足だと仰るのですか?」

『……』

「あんなにおいしい料理を作ってくれて、すごく気持ちいいブラッシングまでしてくれる、最高の聖獣番じゃないですか!」

「も、もう止めてください!!」


 次々と来る称賛の嵐に耐えられなくなったウィルバートは、耳まで真っ赤にしてエミーリアの口を手で塞いだ。

 さっきまでの殺気立った雰囲気は跡形も無くなっている。

 その様子にラズはくつくつと笑う。


『あの状態の主を沈めた上に我に説教しようとは、なかなか度胸のある娘だ。 確かに主のもてなしは申し分ない。』

「ウィルバート様。 ほら、ラズ様もこうおっしゃってます」

「……え?」

「ウィルバート様も自信を持って下さい! 貴方ほどすごい人は他にいないんですって!」


 キラキラと輝くようなエミーリアの笑顔に目が眩んでしまう。


(彼女になら利用されるのも悪くないか)


 望まないと決めていた筈なのに、ふとそんな事を思ってしまった。

 一目惚れしたからと言っても、心から彼女に溺れて盲目になっていた訳ではない。

 ちゃんと一線引いて、彼女の動向を見て本性を暴こうとしていた。


 聖獣番は魔力を持つ聖獣を従えるのだから、その気になればこの国を支配することだって容易い事だ。

 そんな力を持つ自分を甘い言葉で唆し、利用しようと目論む人間が殆どだというのが、初代からの教えだった。

 だからずっとカルカラここにいたのに。

 なのに、自分がしたように彼女は大事な事を自分に伝えてくれる。

 それがこんなにも嬉しいなんて。


 貴女を手放したくない。

 誰にも渡したくない。

 

 我ながら単純だと自嘲しつつも、何だか清々しい気分だった。

 ウィルバートはフッと小さく笑って呟いた。


「ならこの力を貴女の為に使おう」


 ウィルバートはエミーリアをラズの背中に乗せると、今度はエミーリアを抱くような体勢で跨った。

 

「え、ウィルバート様?!」

「聖獣が捕まってると聞けば探してやらなきゃいけません。 なので、エミーリアさんも僕の同行者として一緒にヴェッチェル家に行きましょう」

「……良いんですか?」

「人手が多いほうが助かります」


 そう言ってウィルバートはエミーリアを肩を抱いた。

 まるで不安から守ってくれている様な仕草に、エミーリアは目頭を熱くした。


「ケットシー、近くにいるかい?」


 ウィルバートが天を仰いで呼びかけると、ふわっと白い煙が巻き起こる。


「黒猫?」

「彼らに魔法をかけてくれ」


 突然現れたケットシーと呼ばれる黒猫がニャア、と応えた。

 するとケットシーの額に埋め込まれている宝石が輝き出す。

 その光が盗賊たちの頭部付近を包み込むと、あっという間に彼らを眠らせてしまった。


「今の、魔法ですか?」

「はい、ケットシーは聖獣の中でも使える魔法が多いんですよ。 よくお世話になるんです」


 ケットシーは褒美をくれと言っているかのように、エミーリアの膝に乗ってウィルバートにすり寄った。


「帰ったらおやつをあげるから屋敷で待っててくれ」


 そのおやつが余程魅力的なのか、ケットシーは目を輝かせてシュンっと煙に巻かれて消えてしまった。


「これで記憶操作も終わりました。 後は通りすがりのどなたかに任せましょう」


 と言ってもここは瘴気に覆われた森の中。

 果たして人が現れるだろうか。

 ここは彼等の運に任せよう。


『そろそろ向かうぞ』


 ラズが身体を起こし、ウィルバートはエミーリアが落ちないようにと片手で抱き込んだ。

 何事かとエミーリアはピシリと身体が硬直させる。

 

「では少し飛ばしますので、暫く我慢してくださいね」


 そういうことか。

 思わずエミーリアの口から小さく溜息を零れた。

 それを聞いて、ウィルバートはエミーリアの頭部に頬を寄せた。


「明日迎えに行きますから、待っててくださいね」 


 今度は顔の直ぐ側で甘く囁くから卒倒しそうになった。

 やっぱりおかしい。

 さっきまで目すら合わなかったのに、いきなりこんなにも距離が縮まるなんておかしい。

 羞恥心と動揺を隠そうとエミーリアは両手で顔を覆う。

 そんなエミーリアを見て、ウィルバートは『可愛いな』とまた呟いた。

 益々顔が上げられず、屋敷に着くまでずっと縮こまったままで動くことが出来なかった。


 だがようやく未来に小さな灯りが灯り、解決への道が見えた気がした。

 



◇◇◇◇



 そして約束の朝。

 エミーリアの父リスタンは、眉間に深い深い皺を寄せていた。


「エミーリア、本当に聖獣番さまはお前を迎えに来るのかい? もはや空想の人物とまで言われる御方だぞ。 騙されてはおらんか?」

「えぇ、大丈夫です」


 どうやら昨晩聞いた話が未だに信じられない様だ。

 それもその筈。

 国の英雄が自分の娘を助けるために、わざわざ足を運ぶとは思えない。

 だがエミーリアはその不安を払拭しようと力強く拳を握る。


「明後日はステラの結婚式ですよ。 お父様こそちゃんと食べておかないと、ステラとヴァージンロードを歩けなくなりますよ」

「し、しかしだな! そんな格好してまで探りに行くなど、本当に大丈夫なんだろうな!」


 そう、エミーリアはウィルバートの付き人になる為に髪を一括りにし、使用人のウエストコートを借りて青年らしく見えるよう変装をしていたのだ。


「ウィルバート様はとても強いんですよ。 必ず戻ってきますから」


 ステラが行方不明になってもう三日が過ぎた。

 リスタンの頬は痩せこけ、すっかり覇気もなくなっている。

 優しい父は、母が亡くなった時も極限までやせ衰え、床に伏せていた事もあった。

 今回は身体が動かせるだけでもまだマシだが、それでもいつ倒れてしまうか心配だった。

 エミーリアは両手でリスタンの手を握りニコリと笑顔を見せる。


「ステラはきっと無事です。 だからお父様はここで私達を迎える準備をしてて下さい」

「エミーリア……」


 昨晩は久しぶりに穏やかな気持ちで眠る事ができた。

 ウィルバートが迎えにくると約束してくれたからだろう。 

 同時に昨日の帰り道の事を思い出す。

 一体どんな顔して会ったら良いのやら。

 それが今の悩みでもあった。

 

 すると、使用人が慌てた様子で部屋に入ってきた。


「旦那様、エミーリアお嬢様、大変です!」

「どうかしたの?」

「それが、聖獣番と名乗る御方が来られたのですが……」


 使用人にもウィルバートが来ることは話してある。

 なのにこんなにも慌てて確認に来るなんておかしい。

 エミーリアは急いで玄関へ向かうと、使用人が狼狽える理由に納得した。


 玄関先にあったのは黒塗りの美しい二馬引き馬車。

 紋章は入ってない為、何処の貴族が男爵家に来ているのか、その姿を一目見ようと既に人だかりができていた。

 

「エミーリアさん、お待たせしました」


 その傍らに立っていたのが、礼装一歩手前のモーニングコート姿のウィルバートだった。

 しかも眼鏡もかけている。

 昨日のリラックスした服装姿とは打って変わって、何処かの公爵かと見間違える程に美しい男性へと変わっていた。

 その変貌ぶりに思わず言葉を無くす。


(かっこいい……かっこよすぎでしょ!!)

 

 そして心の中で盛大に叫ぶのだった。


 聖獣番というからフード付きの大きなローブを纏っているのかと思っていたが、そのイメージはもう古いらしい。


「エミーリアさん」

「はいぃっ!」

「その格好も可愛いですね」

 

 悶えていたら先に言われてしまった。

 男装中なのに可愛い要素が何処にあるのかと疑問に思いつつも、目尻を下げて笑っているところを見たら、そんなのもどうでもよくなってしまった。


「えっと、ウィルバート様は、今日は眼鏡かけてるんですね……」


 自分も負けじと褒めようとしたが、気恥ずかしくて、ひとまず無難な話題を振った。


「これでも立場は王族と同列なんで、町を歩く時はこうやって公爵に成りすますんです。 でも顔バレするとややこしいので眼鏡をするんですよ」


『王族と同列』と聞いて、エミーリアは青ざめ勢いよく頭を下げた。 


「この度は多大なるご無礼をお許しくださいぃ!!」

「や、止めてください! 僕自身は大したことないですし、中身はただの引き籠もりなんですから!」

「ですが…」

「まぁちょっと、かっこいい所も見せたいなとは思いましたけど……」

「十分かっこいいです! なんなら昨日の戦う姿だってかっこよかったです!!」

「……ありがとうございます」


 そして今の彼は、照れ笑いすら『あぁぁっ』と目を覆いたくなる程にかっこいい。

 聖獣番だという事を忘れてしまいそうになる。


「……エミーリア、本当にこの方で合ってるのか?」


 一緒に出てきたリスタンの不安混じりの声に我に返る。

 こんな時にときめいてる場合ではない。

 一刻も早くステラを探しに行かなきゃだ。


「さ、ウィルバート様! 早速参りましょう!」

「はい」


 するとウィルバートは、エミーリアに手を差し伸べた。


「え?」

「……すみません。 僕みたいな偽貴族が差し出がましいとは思うんですが、エスコートさせてもらえませんか?」

「え……」


 まるで今から夜会に出向くかのような申し出に思わず目を見開いた。


「私、こんな姿ですよ? 従者がウィルバート様の隣に立つなんて、不敬に……」

「そんな事ありません」


 ウィルバートは清々しいくらいに否定し、エミーリアを真っ直ぐと見つめる。


「寧ろ隣にいてください。 貴女の言葉が、存在が僕に力を与えてくれる。 ……せめて、馬車に乗るまででもいいので……」


 頬を染めつつこちらを見る顔もなかなかかっこいい。

 昨日はなかなか目も合わせてくれなかったのに、変装のおかげなのか振る舞い一つ一つが凛々しく見えてこちらまで緊張してしまう。

 だがここで断って救出作戦に支障がでてもマズイ。


「わかりました。 よろしくお願いします」


 エミーリアはウィルバートの手をとり一歩を踏み出した。


 後に、謎の貴族とそれにエスコートされる従者との関係が、女性たちの間でキャッキャと噂されるようになるとは夢にも思っていなかった。

 

 

 

 

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