第4話 引き籠もり聖獣番の本性は

「瘴気で身体が冷えるので、森を抜けるまでこれを」

「ありがとうございます」


 日は傾きかけているが、既に冬の夜かと思う程に外は冷え込んでいる。

 ウィルバートはエミーリアの肩にベロア素材のケープをかけ、瘴気を吸わないようマフラーを巻いた。


「温かい……」

「スカッツラビットの毛皮を使ってるんです。 外見はうさぎなんですが、イノシシ並に大きいんですよ」

「うさぎなのに?」

「はい、でも性格は穏やかなんで可愛いですよ」

「本当ですか? ぜひ見てみたいです!」

「……またいつか、機会があれば」


 そう言ってウィルバートはラズの背に乗り、エミーリアの身体を引き上げた。


「じゃあラズ、よろしく頼む」

『うむ。 しっかり掴まってろ』


 ウィルバートの合図でラズは腰を上げる。

 想像以上に揺れて、エミーリアは咄嗟に前に座るウィルバートの身体にしがみついた。

 見た目よりも背中は大きく、均等に鍛えられた筋肉質な体格にドキドキしてしまう。

 だがそれはウィルバートも同じだった。

 背後に熱を感じて、エミーリアの存在を意識せずにはいられない。

 しかも女性特有の柔らかさにも慣れておらず、んんっと咳払いをして誤魔化してみたりして。

 冷気にさらされている顔の熱も、なかなか下がってはくれなかった。


 暫く森を走り、頬に当たる風が徐々に温かくなってきた頃、ピタリとラズが足を止めた。

 そして鼻を動かし天を仰ぐ。

 異変を察したのか、ウィルバートもエミーリアを自身の外套の中へと隠した。


「あの……」

「静かに」


 ウィルバートの低く唸るような声に緊張感が奔る。

 もうすぐ完全に日が落ちる。

 静か過ぎる森は気味が悪かった。


 シュン!!


 突然ウィルバートが杖を振るった。

 ガキンッ!と金属音と共に弾かれたのはボーガンの矢だ。


「聖獣を狙う野盗か」


 野盗と聞きエミーリアはギュッと身を固くする。

 ウィルバートはエミーリアを片手で庇いながら、杖を振るい矢を薙ぎ払っていく。


「何だこいつ……矢を全て落としやがった!」

「怯むな、相手は女連れだ! 全員かかれ!!」


 ボーガンから剣に持ち替えた男達が、叢から次々と姿を表しこちらに向かってくる。

 

 グアァァァ!!


 ラズの咆哮が空気を震撼させ、男達を押し返した。

 男達が怯んだ隙に、地に降り立ったウィルバートが声をあげる間も与えぬ速さで杖を振るう。

 さっきまでの穏やかな姿は嘘かと思うほどに俊敏で、まるで本物の獣のようだった。

 その数分後、ウィルバートが足を止めると同時に野盗達はバタバタバタっと地に崩れ落ちた。

 ウィルバートの武器は伸縮式の杖一本。

 殺戮性がない為に一見不利かと思われたが、剣や飛び道具など様々な武器をもっても、ウィルバートの杖術には全く歯が立たなかった。


「この森で聖獣番に挑むなんて自殺行為ですよ。 安易に踏み込まないでください」

「クソッ、こんなひ弱そうな男が聖獣番だとは……」


 縄で縛り上げられた男達は、未だに疑いの目を向けブツブツと呟いている。

 だがウィルバートは気にする素振りもなく、冷笑を浮かべ男の顎を杖でグイと持ち上げた。


「さぁ、色々と話してもらいましょう。 他に隠れてる仲間がいるなら呼んでください」

「そ、そんなの言うわけ無いだろう!」

「正直に言わないと聖獣の餌にしますよ」

「えっ……」

「聖獣って実は肉食が多いんです。 まずは頭の毛を毟って、そこへ塩コショウをすり込みましょうか」


 想像するだけでも頭を掻きむしりたくなる拷問だ。

 さぞ激痛だろう。

 しかもウィルバートの背後では、巨大な聖獣が涎を垂らして口を開けている。

 その血走った赤い瞳に慄き、野盗達は大汗をかいて命乞いを始めた。


「待て! 正直に話すから命だけは助けてくれ!!」

「では聞きますが、貴方達はこんな所に一体何しに来たんです?」

「……とある貴族にペットの餌を捕ってこいと依頼があったんだ」


 男の証言にウィルバートは眉を潜める。


「ただの愛玩動物ペットの為に命を掛けて? ……まさか、聖獣を飼ってるなんて事はないですよね」


 野盗達はビクリと身体を震わせた。


「図星だな」


 ザワリとウィルバートの纏う空気が一変した。

 まさに獲物を前にした捕食者の様な、冷ややかな目つき。

 そのおぞましい殺意に、男達の戦意が一瞬にして潰えた。


「待ってくれ! 俺達は何も知らない! 信じてくれ!!」

「聖獣に一番必要なのはカルカラの瘴気なんだ。 中にはここでしか生きられない、ここで採れたものしか食べられない個体もいるというのに、とんでもない事をしてくれる」

 

 聖獣とはその身に魔力を宿し、己の意志で魔法を使用、制御が出来る動物を指す。

 その聖獣の魔力を補えるのが、カルカラの障気なのだ。

 其の為カルカラで採れる食材は聖獣達には必要不可欠であり、それらを断てば命を落とすことになる。


「密猟が本当なら条約違反だ。 君達も含めてすぐに国王に裁いてもらう」

「ま、待て! 聖獣番ごときにそんな権限はないはずだ!」

「君達は初代の聖獣番と国王が交わした公約を知らないようだな」


 ウィルバートは呆れた様子で、再び冷酷な視線を男達に向ける。


まつりごとに関わるつもりはないが、聖獣達をおびやかすのなら話は別だ」

「これだけ話したんだ! 見逃してくれ!!」

「恨みなら雇い主に言うんだな」

「くそっ……この裏切り者! 貴様なんざ人間の敵だ!!」


 すると周りの男達も追うようにウィルバートに罵声を浴びせる。


『虫けら共が……』

「撤回しなさい!!」


 その様子にラズが牙を剥くが、エミーリアが先にラズから飛び降り男達に捲し立てた。


「ウィルバート様はとても優しくて情の厚い御方よ! 平気で人を傷つけようとする貴方達とは違うんだから!」

「何だとこのアマァ!!」

「動くな!!」


 今度はウィルバートがエミーリアを庇い、男の喉元に杖先を突きつける。


「これ以上喚くな。 彼女を愚弄するなら命はないぞ」


 息を飲む事すら躊躇われる程に、ピタリと杖先が喉仏に当たっている。

 今言葉を発せば間違いなく殺されるだろう。

 ナイフの様な鋭い目つきに、男達は瞬時に押し黙った。


「さぁ、ウィルバート様の大切な聖獣が何処のどいつに捕まってるのか白状しなさい。 嘘をついたら承知しないわよ」

 

 そしてこの殺伐とした空気の中、ごく普通の令嬢が何故平然としていられるのか、男達は不思議で仕方なかった。

 腕を組み仁王立ちするエミーリア、冷酷な表情のウィルバート、その二人の背後に今にも喰い殺さんと唸る聖獣フェンリル。

 生きて帰るには、降伏するしか他ないと悟った。


「……ヴェッチェル家だ。 あいつらが俺達を雇ったんだ。 『普通の餌は食わないから、カルカラで適当に獲って来い』ってな」

「ヴェッチェル家……」


 男の証言にエミーリアは目を大きく開き、スカートの裾をギュッと掴んだ。


「大丈夫ですか?」


 ウィルバートに動揺していたのを見抜かれたエミーリアは苦笑した。


「実は、ステラはヴェッチェル家の長女から嫌がらせを受けていたんです。 陰口、ありもしない噂……どれも典型的ないじめばかり。 それが婚約者のロスウェル様との婚約が決まった途端、より悪質になったんです。 郵便受けに虫が入った手紙を投函されたり、屋敷の前に動物の死骸を置くなど、本当に悪趣味です」


 アリシア・ヴェッチェル伯爵嬢は、以前からステラの婚約者であるロスウェルに思いを寄せていた内の一人だ。

 いくらアプローチしても靡かなかったロスウェルが、ステラに夢中になっているとの噂を聞きつけ、いじめの標的にしたらしい。

 気付いたエミーリアは勿論彼女を問い詰めた。

 だが幾ら聞いても『知らない』の一点張り。

 勿論周りの人間はヴェッチェル家の後ろだて欲しさに味方にはなってくれない。

 エミーリアは虐めで疲弊していくステラを、ただ見守るしか出来なかった。


「これだけ探しても見つからない。 となれば監禁されてる可能性が有り得ます。 ですが何の根拠もなく押しかける訳にはいかなくて……」

「それで僕のところへ……?」


 エミーリアは小さく頷いたが、それ以上は語ろうとしなかった。

 口を開けば助けを求めてしまう。

 だが命を狙われ、罵られるウィルバートを目の当たりにして、これ以上迷惑はかけられない。

 エミーリアはギュッと口を引き結び、ウィルバートに深く深く頭を下げた。


「ウィルバート様、二度も命を救って頂きありがとうございました。 ここまでくればもう戻れますので、私はこれで失礼致します」

「エミーリアさん……」


 そして着ていたケープを脱ぎ、ウィルバートへと手渡した。

 

「色々とお気遣いありがとうございました」


 励ましてもらえたのだからもう充分じゃないか。

 また一人で頑張れば良い。

 エミーリアはにこりと笑い、もう一度頭を下げた。

 その様子を後ろで見ていたラズは、動けずにいるウィルバートの背中を押すように話しかけた。


『……せめて返事でも返してやれ』

「……」

『ったく、腑抜けが』


 ラズの言葉にキュッと眉根を寄せるウィルバートだが、何も言い返せない。


『まぁこんな腑抜けが貴族相手に交渉出来る訳がないな』

「ウィルバート様は腑抜けなんかじゃありません!」


 すると再びエミーリアは声を張り上げ、今度はラズに詰め寄った。

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