96 混沌未分のなか、烏有の怪が現れるのこと

 金玉は濁流のなか、申陽と離れ離れになる。伸ばした手は届かない。二人の間には、あっという間に千里の距離が生まれる。


 いつかの昔、似たようなことがあった。

 ドッと金銀の星があふれでて、東と西の彼方に引き離されたこと。

 地上におりる時、牽牛が魔の手から逃れようとして、妖怪世界のほうに落ちていったこと。

 ぼくたちは何度も引き裂かれていたんだ。


 ――申陽さんが、牽牛なの? そしてぼくは……織皇しゅくおう

 

 金玉は、ハッと目を覚ました。

 辺りはうすぼんやりとした、白い霧に包まれている。


 そして、自分は裸で川べりにいた。

 その川は浅く、三寸(約9cm)あるかどうかというくらいだった。

 水は清らかで、さらさらと流れている。


「ここ、どこだろう。もしかして、ぼく死んじゃったのかな」


 金玉は、乳母から三途の川について聞いたことがあった。死人はみな、そこを渡って浄土に行くのだという。あてもなくとぼとぼと歩いていった。


 すると、誰か倒れている人がいた。

 その白い毛皮――それは、全裸で仰向けの申陽であった。


 金玉は「ちょっと恥ずかしいな」と思ったが、そんなことを言っている場合ではないだろう。


「申陽さん!」

 呼び起こしたが、返事はない。

 彼のふわふわした白い毛は、水にべったりとぬれ、まるでただの屍のようだ。

 へその下は大きな傷跡がある。血は止まっているようだが、顔色が悪い。

 

「えっと……そうだ、温めなくちゃ」

 金玉は申陽におおいかぶさり、その肌で彼をさすって、温めていった。


 胸のやわらかなもので申陽の頬を包んだが「申陽さん、これ好きじゃないかも」と思って、バラのつぼみを押しつけてみた。


「う、うっ……」

 申陽がピクリと動いた。

 ――主に、下のほうが。


「やだ……おっきぃ……」

 金玉は、今にも励起れいきせんとするそれを認めて、顔を赤らめた。

「ねえ、申陽さん。ホントは起きてるんでしょ? 目をさましてよ」


 頬を(手で)ぴしゃぴしゃと叩いたが、返事はない。

 そうこうしているうちに、申陽のものが、寒波にあった草花のように、しおれてきた。


 ――恥ずかしがってちゃダメだ!

 金玉は一生懸命、さすって温めてやった。すると、それはだんだんと熱をとりもどしてきた。


「うっ……や……」

「申陽さん、なにっ?」

 金玉は、申陽の口に耳を近づけた。


「……や、やればよかった……」

 それは牽牛としての苦悶の言葉であった。


 牛から何度も「やっちゃいなよモウ」といわれていたのに、

「正式に結婚するまでは」と我慢したあげくに、14光年の距離で引き裂かれた。


 ――あそこのご夫婦、夜のアレに夢中になって、仕事もしてないんですってぇー? うふふ。そんなにいいのかしらねぇー。


 いや、やってないし。

 このままやりもせず、無念の一生を終わるのか……ああ、やればよかった!


「もうっ、なんだよ。またそのことばっかり!」

 金玉は恥ずかしがったが、瀕死の彼の願いを叶えてあげたかった。


 そう、それに……牽牛としての無念はよく分かった。

 金玉は申陽のモノを口に含もうとしたが、大きすぎてくわえにくかった。

 舌で先っぽのほうを丹念になめていく。


「こんなの入るのかな……」

 

 そうするうちに、自分のバラのつぼみも固くなってきた。それを申陽のものにこすりつける。

 悦蛇に言われた「金玉ちゃんはエッチだから」という言葉がよみがえる。やっぱり、ぼくっていやらしいのかな……。


「申陽さん、生き返って、お願いだから!」

 

 ……洞庭湖で教え込まれた悦楽の味がよみがえる。

 金玉はごくりと生唾を飲み込んだ。悦蛇さまのも、こんなに太くなかったし。


「……ぼくも、したい……」


 金玉は後庭をさぐり、自分で広げてみた。

 毎日ひょうたんを入れていたので、いくらか慣れていた。

 すると悦蛇のぬるぬるぬとぬとしたものが出てきたので、それを申陽のものになすりつけ……。


 *


 申陽は思った。

 ――ああ、もう自分は死んだのだな。

 

 金玉が自分の上にまたがり、こわごわと腰を沈めていく。

 その内壁は自分を温かく包み込み、しかもきゅっとしめつけてくる。

 こんなのはきっと夢だろう。


 だが金玉の腰は途中で止まった。ぜんぶは入れられないようだ。

「入らないよ、こんなの……」

 切ないため息がみれる。


「ち、力を……抜くんだ……」


「――申陽さん! 生き返ったのっ?」

 耳に響く、ハッキリとしたその声。


「えっ……」

「ぼくだよ。金玉だよ。わかる?」

「な、なにいっ!」


 申陽はガバッと身を起こした――途端に、金玉が叫んだ。


「ああうっ!」

「え、えっと、すまん、痛いか? ご、ごめんごめん……

 それより! 君はいったいぜんたい、何をやってるんだ!」


 申陽はツッコミながら、ツッコミを入れた。


「ま、待って! 動かないで! じっとして……」

「う、うむ……うん?」


 金玉のバラのつぼみは、ふるふると震えていた。

 そのつぼみについた朝露を指にすくって、なめてやる。


「我慢しきれなかったのかい?」

「ち、ちがっ……ぼく、申陽さんを生き返らせようとして……ひっ!」

 

 申陽は、金玉きんぎょくの袋と如意棒をやさしく撫でまわした。


「ゆっくり息を整えて……腰をしずめて……」

「う、うん……あ、ああっ……」

「ほら。これでどうだい」


 申陽は腕を回して、金玉の背中と腰を支えてやった。


「ん、ちょっと楽だよ……申陽さん、生きてたの?」

「そうみたいだ。愛の奇跡だな」


 実際は、女媧が洪水で壊れたすべての命を修復していたからだったが。


「やっとわかったんだ。ぼくの運命の人は申陽さんだって。

 ごめんなさい、もう浮気なんてしないから!」

 金玉は、恋人に心からの貞節を誓った。


 

 金玉が自らの因縁に気づいたことによって、満月の呪いはその効力を失った。

 嫦娥がたわむれに呪いをかけたのも、西王母の力に操られてのことだったのである。


「ああ、私も君を責めてばかりで悪かった」


 申陽は、牽牛としての自分を、完全には思い出していなかったが「今までの寝取られは、父の罪業によるものだったのだ」と合点し、金玉と他の男たちを許した。


 さらには、人間世界に引っ越し、金玉と結ばれるきっかけになった、三個の風鈴を吊るす非常識な隣人に、感謝すらした。


「金玉、きっと君は男に戻れるよ」

「どうしてっ……あんな大きい張形、ムリだよっ……」


 金玉は、虹色のイボイボした怒張した恐ろしいものを思い出した。


「だって、私のもあれと同じくらいだから」

「そ、そうだった……かな? でも、ああ、熱くて……ニセモノとはぜんぜん違うよ」

 金玉は甘いため息をついた。


「そろそろ慣れてきたかい? じゃあ、動いてみようか」

「んっ……ど、どんなふうに?」

「腰を回してごらんよ。それとも、私が動こうか?」


 ――するとその時!


 混沌未分のまっしろな霧が、墨をたらしたように、見る見るうちにまっくろになっていく。

 その暗闇はどんどん広がり、夜のように天をおおってしまった。

 だがその暗黒はあまりに深く、月も星も見えなかった。


「な、なにっ……?」

「聞いたことがある。あれは――烏有うゆうかいだ!

 すべてをのみこんで、虚無に帰していく化け物だ」


 一夜明ければ、烏有に帰すアカウントバン

 今までの星も、宇宙の藻屑もくずと消えてしまう。


 それは性描写、残酷描写、暴力描写のみならず、天皇制度、公害、原発、医療、ジェンダーなど、ありとあらゆる分野に及ぶという……。


「このままでは危険だ。早く逃げるぞ!」

 申陽は金玉の腰をグッと抱き、そのまま立ちあがった。


「ああああーっ!」

 金玉は首をのけぞらせ、甲高い嬌声をあげた。

 

「いやああっ!……お、下ろしてえっ!」

「ばかっ、恥ずかしがっている場合か!」

「う、うんっ……」


 金玉は「恥ずかしいといってはいけない」という誓いを思い出し、申陽の首に腕を回して、しがみついた。


「しっかり捕まってろ!」

「ひいいっ」

 申陽は、浅い川をぴしゃぴしゃとわたって、光のほうに走っていく。


 だが、烏有の怪の追跡は止まらない。

 金玉の目からは、世界が永劫の闇に包まれていくのが見えた。

 が、それより……。

 

 申陽が大地を蹴るたびに、金玉にものすさまじい振動が伝わってくる。

 悦蛇では味わえなかった力強い固さに、金玉はおかしくなりそうだった。


「ああっ、ぼくっ、頭が鼎沸ていふつしそうだよおっっ」


 鼎沸――鼎(三本足の調理道具)のなかで、湯をグラグラ沸かせることである!


「しっかりしろ、もう少しだ!」

 霧の先に、明るい光が見えてくる。あそこまで辿りつけば……。


「ぼく、もうっ……」

「よし、いくぞっ!」


 申陽は、いつもの六文字に向かって跳んだ。


 

 以下、次号!

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