94 牽牛はテレフォン人生相談に電話をかけるのこと

 牽牛けんぎゅうは、織皇しゅくおうと共に天に昇ったが、すぐに「しまった」と思った。


「手土産の月餅げっぺいでも持ってくればよかったな。印象悪いぞ」

「もう、そんなの後からでもいいよ」


 そして、まずは父の東王父とうおうふの家へ連れていった。


「けしからん! そんな無知無学な鈍才を選ぶなんて。

 おまえは天界のエリート官僚と結婚するんだ!」


 父が大反対していたので、母の西王母せいおうぼの家へいった。


 ちなみに、なぜ夫婦が別々の家に暮らしているのかというと、二人は仲が悪くて別居しているからである……。


「そんなのいけません! あなたがいなくなったら、私の老後はどうなるの?」

「母さん、まだまだ元気じゃない」

 織皇は呆れたようにいった。


 西王母は自分で桃園を持っていて、不老長寿の蟠桃ばんとうを食べ放題だ。

 宇宙の終わりの時まで、ピンピンしていられるだろう。


「私は末の子どもは、自分の介護要員にすると決めています。

 あなたはずっと実家にいて、家事手伝いをなさい!」


「あのう、お義母さま。もし介護が必要になったら、私も誠心誠意、お手伝いさせて頂きますので……あっ、私、介護福祉士実務者研修資格を持っております」


 牽牛は日照りの時、老人ホームでアルバイトしたことがあるのだ!


「キィー! 私から織皇を奪うなんて!

 あんたさえいなけりゃ、我が家は平和だったのに!」


 西王母は牽牛をののしり、ひっかき、竹の棒で打ち据えた。


「――母さん、ちょっと落ち着いたほうがいいよ」

 見かねた同居の長兄が出てきて、西王母に薬湯をのませた。


「織皇、話し合いは、今日はこのへんにしておこう。

 さあ、牽牛さんもどうぞこちらへ」


 長兄は二人を家の外に出し、やれやれとため息をついた。


「母さんは、僕の妻を嫌っていて『あの嫁に介護されるくらいなら死んだ方がマシだ』といっているんだ。

 だから、織皇に介護させるだのなんだの、言い出したんだろう」


 けっこうドロドロした家庭であった。


「じゃあ兄さん、ぼくは牽牛さんと結婚できないの?」


「そんなことあるもんか。

 親のワガママに付き合って、人生台無しにすることはない。

 僕も妻を連れてマンションに引っ越す予定だ。

 牽牛さん、織皇をよろしくね」


 牽牛と織皇は、長兄の常識的な態度にホッとした。


「二人で地上で暮らすといい。僕も時々、遊びに行くから」

「兄さん、ありがとう。またね!」


 牽牛は「お義兄さんに認めてもらえたから、まあいいか」と、ホッとするような気持ちになった。

 二人は手に手をとって、下界を目指す。

 

「さあ、地上についたら結婚式をあげよう」

「そうだね」


 するとその時!


 天の一角から、巨大な女の手が、ぬっと伸びてきた。

 その手は金のかんざしで、二人の間をガリッと断ちわり、ギギギと線をひいた。


 西王母は、天界で最も力のある仙女である。

 だからといって、人間ができているわけではなかった!

 

 ――あっ、と思った瞬間には、もう遅かった。

 かんざしで筋をひいた後からは、たちまち金銀の星がどっとあふれてきた。

 牽牛と織皇は、天の川をはさんで引き離されてしまった。


「牽牛さーん!」

「織皇!」


 織皇は声を限りに叫ぶ。

 牽牛は北斗七星のひしゃくで川の水をすくったが、どうにもならなかった。


 東王父はそんな二人の様子をあわれみ、一年に一度だけ会うことを許した……わけではなかった!


「西王母を怒らせたら、またうるさいぞ。それにわしも結婚には賛成できなかったし」

 と、傍観を決め込んだ。


 そして西王母は「あの二人の結婚を許したんですけどねえ、お互い夢中になっちゃって、畑もたがやさない、はたも織らない、怠け放題になっちゃって。

 それにあの牽牛さんとやらは、あいさつの時に手土産も持ってこなかったんですのよ」

 と、あることないこと、吹聴して回っていた。


 ――牽牛と織皇は、14光年の距離をへだてて、むなしい時を過ごすのだった。さらに何千年もの間に、男と男ではなく、男と女の話にすりかわっていた。


 ある初夏の日、牽牛はテレフォン人生相談――どろどろした家庭に悩む人が、お悩み相談する場所である――に電話をかけてみた。


「……ということなんです。どうしたら、義理の両親に結婚を認めてもらえるでしょうか?」


「あなた、もしかしてぇ……自分と恋人は、不釣り合いだって思ってるんじゃないですか?」

 その中年男性回答者は、いきなりズバッといった。


「そ、その通りです!」

 牽牛は「しょせん、自分はただの羽衣泥棒だし」と思っていた。

 

「でしょうね……あなた、牛飼いの自分にコンプレックスを抱いてるんですよ。

 だからぁ……義理の両親に認めてもらおうと、躍起になっている……」


「そうかもしれません」

 ただの牛飼いと天男てんなん。お互いの育ってきた環境が違い過ぎた。


「だけどぉ……義理のお父さんとお母さんの性格、もうわかってらっしゃるでしょう……枯れ井戸をいくら掘ったって、なんにも出てこないですよぉ……」


「で、では私はどうすれば?」


「結局あなた、恋人を幸せにする自信がなかったんだよね……それを認めて……これからは、二人の幸せを追求していったらどうですかぁ?」


「はい、わかりました。ありがとうございます!」


 電話をきった牽牛は、さっそく行動を起こした。

 カササギに、織皇に手紙を届けてくれるように頼む。


 ――下界へおりて、お互い普通の人間として生まれ変わろう。私はきっと君を見つけ出す。

 ――では、七月七日の夜に、地上に飛び降りましょう。私もあなたを愛しています。


 七夕の日、西王母は朝から胸騒ぎを感じていた。

「ああ、なんだろう。なにかとても恐ろしいことが起こるような……」


 だが、特段に変わったこともなかった。

 織皇から、贈り物としてどっさり織物が届いたくらいだ。

 その織物はとても細かく織られていたので、すべてを点検するため、夜までかかった。


 ふと気づいた時、下界に二つの星が流れるのにハッと気づいた。

 ――しまった!


 西王母は織皇を捕まえようとしたが、取り逃がしてしまった。


「ええい、きさまだけでも!」

「わわっ」

 牽牛は魔の手から逃れようとして、軌道が妖怪世界、それも過去のほうにそれてしまった。


「よくもあの子を私から奪ったわね! おまえもこの苦しみを味わうがいい! おまえは恋人を、すべての男から寝取られるようになるのだ!」


 牽牛はまっさかさまに落ちながら「お義母さん、いいかげんに子離れしてください……」と思ったのであった。


 以下、次号!

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