90 申陽は寝取られの因果を知るのこと

 帝は、自分の先祖と、申陽の父との因縁を語り終えた。


「どうだ、わかっただろう。きさまの父の成した悪行が。

 私は先祖の仇を討つ!

 さあ、武器をとれ。正々堂々と決着をつけようではないか」


「そ、そんなっ……?」


 実際のところ、申陽の遠い祖先は、DQNそのものだった。

 女をさらい、宝をうばう、そんなのは当たり前だった。


 だが、父は温厚で、一夫一婦制をかたく守り、親戚からも「妾の一人も持たないなんてねぇ」と、呆れられるくらいだった。

 申陽は、そんなカタブツの父を尊敬していたのだが……。


 ――そうだ、明月鏡だ!


 帝は、他の猿と間違えているのかもしれない。

 いや、きっとそうだろう。誤解を解かねば。

 

「わかった、武器をとってくるから待っててくれ」

 申陽は、逃走時の手段のためにと、林に隠しておいた大羿たいげいの弓と、明月鏡をもってきた。


「ほう、弓か」

 ――飛び道具で、こっちが卑怯者に思われるではないか!


「かまわんぞ。いくらでも相手してやる」


「ま、待ってくれ! きっとそれは他の妖怪の話だ。

 明月鏡! 私の父が、帝の先祖の妻を寝取ったなど、ウソだろう?

 なあ、おいっ!」


 明月鏡は、ぼうっと妖しく光りはじめた……。


 * 


「ふふふ、そなたがこうなるとはな」

「ああんっ」

 寝台の上で、白い猿の化け物が、女の背後からのしかかっている。


「犬のようにするのが、いちばん好きなのだろう?」

欧袁おうえんさま、おっしゃらないで……」


「そなたは最初、女の喜びを知らなかったのう」

「はいっ、ああっ、ダンナとの房事なんて、ぜんぜん……」


「では、そなたの夫は誰だ?」

「も、もちろん、欧袁さまでございます」

 

「わしは妖怪だぞ。それでもいいのか?」

「わかっておりますでしょうに。私にはあなただけ……」


「いや、しかしなァ。やはり、そなたも人間の夫がいいのではないか?」

「ああ、流星郎りゅうせいろう(早射ちマックと同義であろう)のことなど、もう忘れさせてくださいませ!」


「わしの子を産んでくれるか?」

「は、はいっ! 早く、早く子種をくださいませっ。わたくし、もうっ……」


「しっかり受け止めろよ、春蘭しゅんらん!」

「ああっ、欧袁さまっ」


 *


 ――春蘭は母の名だ……。


 申陽は、自分の子どもの頃のことを思い出していた。


「ねー、パパ。ぼくのママって、どういう人だったの?」

「とってもやさしい人だったよ」


 父は、パイプをくゆらせながら、穏やかに答えた。


「ふーん。どうしていなくなっちゃったの?」


「妖怪と人間は、寿命が大きくちがうからね。

 おまえがうんと小さい頃に亡くなってしまったんだよ。

 人間の年でいうと、八十くらいかな」


「へえー。パパ、さみしいね?」

「いいんだよ。ママとのことは、思い出のなかにちゃんとあるからね」


 申陽は、父の最晩年に生まれた子供だった。


 申陽が医者として働くようになった頃、父は「わしも今年で千才になるから、そろそろ春蘭のところへ行こうと思うよ」といって、だんだん食を細くして、眠るように逝ったのだった。


 父母のことは心から敬愛していた、が……。


 自分が受精した瞬間を目にした申陽は、なにか大切なものが、音を立ててガラガラと崩れていくように感じるのであった……。


 *


「どうだ、真実がわかったか?」

 帝が長剣をつきつけた。


「これは流星剣りゅうせいけん! 先祖はこれで、妖猿を討てと命じられたのだ。

 流星の如く、早く振るえる剣だという……」


 ――持っていたら夫婦仲が悪くなりそうだ!


「申陽、やはり我らは戦う運命にあったのだ。

 この剣、うけてみよ!」


 申陽は弓を放り出し、腕でその刃をうけた。


「し、正直、すまなかった!」

 半妖といえど、申陽は妖怪の血が色濃い。人間がふるった刀くらい、受けとめられる。

 

「謝ってすむことか! 一人の男の命が失われたんだぞ!」

 帝はなおも剣で切りつける。


「だ、だが言わせてもらえばだな、もともとそっちの旦那と、不仲だったのではないか? どうせ離婚してた……」


「――金玉は、すでに私の子をはらんでおるぞ」

「なっ……」

「ウソ、ウソだよ!」


「ただ二人でスコーンを分け合っただけだと思っているのか?

 ミルクをたっぷりと注いでやったに決まっておるではないか。

 もう私は金玉のクランベリーソースの味を知っておるわ」


 クランベリーソース=赤。


「毛だらけの皮の、まんなかの切れ目からくのだ。

 ぴゅっと飛び出るくらい、たっぷりの汁だったぞ。

 そのまま口をつけて、思う存分しゃぶってやったわ。

 やはり生の果実はうまいな。生は最高だ。生でなければ、本当の味はわからんわ」


 冷凍ライチにくらべると、生ライチは美味しいよね、ということである!


「きっ、きさまあっ!」

「スキありっ!」


 帝は、申陽のへその下、一寸(3cm)ばかりのところに剣を突き立てた。

 豆腐に包丁を入れるように、さくっと刺さる。


 ――なぜだっ?

 自分でも信じられなかった。こんな剣くらいで。


 申陽は膝をついた。腹からはどくどくと青い血が流れ出ていく……。


「申陽さん!」

 金玉の悲鳴が聞こえる。


 実はこつ将軍は、妻と猿の庭での会話をきいていたのだ。

 ――あなたは、とってもお強そうですね。きっと、弱点なんてないでしょう。

 ――いや、あるさ。へその下一寸ばかりのところを切りつけられたら、死んでしまうよ。


 だが将軍は、妻の痴態に心折れ、そのまま帰ってきたのだ。

 そして子孫に、剣と共に、妖猿の弱点を伝えておいたのだ!


「申陽さん……しっかりして!」

 金玉が駆け寄ってきた。


 その後ろで、帝が剣を置き、ガチャガチャと鎧を外している。

 そのついでに、己の剣を取りだした。


「ひどいよ! どうしてこんなこと……」

「そなたは私の妻なのだぞ。他の男の心配なぞ、する必要はない!」

「ああっ」

 金玉は、帝にどさっと押し倒された。


「やめてっ! 禁欲するっていったじゃないか!」

「フン、我らの結婚式から、もう一週間も経っておるわ。待ちくたびれたぞ!」


 帝は満月の呪いによって理性を失い――ふだんから、こんなものであったが――金玉に、己の肉剣を突き立てようとした。

 


 申陽の父は、他の男の妻を寝取り、自分は帝に恋人を寝取られる……。

 これが因果応報なのだろうか!


 以下、次号!

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