89 帝は結婚式に乱入するのこと

「お、おやめください、悦蛇さまっ!」

 申陽が、金玉たちのもとにかけよってきた。

 田楽は既に酔いつぶれている。


「せめてねやでなさいませ。はしたないですぞ!」


「し、申陽さん、それは違うよ。金玉ちゃんはこういうのが好きなんだよ」

 悦蛇は下半身をあらわにしつつ、反論した。


 金玉の花嫁衣裳のすきまから、悦蛇の触手がするりと入り込んできた。

「ぼ、ぼくはそんな……ああんっ!」

 それは、敏感なものにぬめぬめとからみついてくる。


「ご、ごめんね、待たせて。すぐいっぱいあげるから」

 悦蛇は、自分の二頭の亀を出してきた。


 金玉は「え? あれって触手じゃなかったの?」と気づいた。

 ――それじゃあ、ぼくがなめてたのって……。


「だいじょぶだよ。一本ずつ入れるし」

 ――なにを?


「えとその、なれてきたら、二本いっぽんに入れたいな、なんて……」

 ――どこに?

 一対一で一度にいれるという意味か、一に二をねじこむという意味なのか、言葉はとてもむつかしいのであった。


「すみません、申陽さん。見ててくれる? 金玉ちゃん、そのほうが興奮する……みたい、で……あれ? 眠いな……」


 悦蛇が、どさっと金玉の胸に倒れ込んできた。


「薬が効いてきたんだ……」

 金玉は悦蛇を押しのけようとしたが、触手がぬとぬととからみついている。


「申陽さん、はがすの手伝ってよ」

 金玉はごくふつうにいったが、冷たい声が返ってきた。


「そんなに、そいつの触手がいいのか?」

「え……」

「ちょっといれられただけで、アンアン言いやがって!」


 ――するとその時!

 洞庭湖のまわりから、いっせいにときの声があがった。帝が兵を伏せさせていたのだ。

 異様な化け物が洞庭湖に沈んだという証言はいくつもあった。そして妖怪の三河屋みかわやをスパイに送り込み、満月の夜に結婚が執り行われると知ったのだ。


「だ、だって、気持ちよくって……」

「ほらな。やっぱり、いいんだろうが!」

「申陽さんが、何があっても耐えろっていったんだろ?」


 林でさわいでいた妖怪の男女は蜘蛛の子を散らすように逃げ、バイキングと飲み放題コーナーは兵たちに踏み荒らされ、ウェディングプランナーは「ひどい、イベントがむちゃくちゃだ!」と嘆いた。


「肝油にはどこまでやらせたんだ? あいつとは長い付き合いなんだろう?」

「肝油とはもう終わってるよ!」

「じゃあ、帝はどうなんだ。え? あいつの頭を踏んで、足をなめさせてやったんだろうが。どう言い逃れするつもりなんだ?」


 帝は妖怪たちが武装していないことを確認して――さすがのウェディングプランナーも、花嫁を略奪しにくる人物がいるとは、想定していなかったのである――兵を将軍にまかせた。そして、自分はいっさんに花嫁の席に向かった。


「そりゃあ、少しはあったけど……でも、ぼくまだ童貞だし!」

「童貞が聞いてあきれる! 悦蛇に突っ込んでもらって、ヒィヒィいってたくせに!」

「だって、仕方ないだろ。悦蛇さまの、すごいんだもの……」


 申陽は、怒髪天をく思いだった。


「だから、君とは結婚できないというんだ!」

 金玉に背中を向けてキッパリといった。


「君が魅力的なのはわかってる。だが、他の男とイチャイチャイチャイチャ……そんな人を、千年の伴侶にはできない!」

「ひどいよ! ぼくだって好きでしたわけじゃないのに……」


「そもそも、金玉は私の正妃だがな」

 よろいかぶとをつけ、剣をたずさえた帝がやってきた。


 ――金玉と申陽は、ようやっと洞庭湖が兵に囲まれていることに気づいた。


「また、きさまか。婿取り合戦を辞退したくせに、こんなところで何をしているのだ?」


「やめて! 申陽さんはぼくを助けにきてくれたんだよ」

 金玉はからみつく触手をはがして、みだらな花嫁衣裳で、帝にかけよった。

 その行動は、ますます申陽をイラつかせた。


「たとえそうだとしても、この化け猿を見逃すわけにはいかん。勝負だ。剣をとれ」


「無駄な戦いだ――私は去ろう」


「いや……私とおまえは、戦う定めにあるのだ。

 最近、ようやく調べがついた。

 おまえの父は、欧袁おうえんというのではないか?」


「た、確かにそうだ」

「では、ひとつ昔話をしてやろうか……」


 *


 昔々、皇帝の弟のこつ将軍は、蛮族を平定するために軍を進めていた。

 

 紇将軍は、険阻な山を通る時、ふもとの村人から忠告された。


「あの山には、神通力をもった恐ろしい妖怪が住んでいます。

 そいつは今、嫁を探しているという噂があります。

 奥さまがさらわれてしまうかもしれませんぞ」


 彼は結婚して一年未満で、美しい妻を離しがたく思って、行軍に伴っていたのだ。


 紇将軍はそれに答えて

「なーに、うちの嫁はブサイクでどうしようもありません。

 妖怪だって、妻を見たら逃げ出してしまいますよ」といった。


 実際には、妻はたいそう美しく、紇将軍は自分の新婚生活をみせびらかすために、わざわざ妻を連れてきていたのだが。


 妻は横で、その言葉をじっと黙って静かに聞いていた……。


 だが、そうはいっても少し心配だった。

 紇将軍は、夜間には妻を兵たちに見張らせていた。

 そして丑三つ時(AM2~2:30くらい)、ざあっと音を立てて、なまぬるい風がふいた時、妻の姿は、もうどこにもなかった。


 紇将軍は妻をあきらめきれず、その地にとどまり、山中を捜索した。


「あのー、将軍。蛮族の平定はどうなさるので?」

「そんなことより、おれの妻のほうが大事だろ! 兄さん(皇帝)には、おれが病気にかかったと伝えておいてくれ」


 ――仮病でズル休みである!


 紇将軍は山中で、片方だけの刺繍の靴を見つけて「妻は、きっとここを通ったに違いない」と思った。


 その靴が落ちていた真上の断崖絶壁から、なにやら良い香りがしてくる。


 将軍がその岩山によじのぼると、門構えも立派な、豪奢な邸宅が建っていた。

 その家の庭には、見たこともないような美しい花々がたくさん咲いており、妙なる香りが漂っていた。


 庭の奥まで進むと、身の丈六尺(180cm)あまりの、白い毛の猿の化け物が、剣の稽古をしていた。

 もしかして、妻はこいつにとっ捕まっているのでは……。


「欧袁さま、お疲れ様です。お茶が入りましたよ」

 そこに、華やかな化粧をした妻が現れた。


「ああ、ありがとう」

 二人は良い雰囲気で、微笑み交わし合っている。 


 ――くっ……きっと妻は、こいつにさらわれて「言うことを聞かなければ殺す」と脅されて、愛想笑いをしているのだろう。


 紇将軍は引き返して、兵をつれ、装備を整えて攻め入ることにした。


 夜半、紇将軍は、化け猿の寝所に忍び込んだ。


 大きな白い猿が、寝台に大の字になって寝ている。

 さらに、夜着をひっかけた妻が、猿の腰のうえにまたがり、切ない声をもらしていた。


「ああっ、欧袁さま……」

「どうだ、いいか」


「も、もちろんでございますっ」

「おまえの夫と、どちらがよい」


「ああ、ダンナときたら、自分は寝転がってるだけで、なにもしませんのよ。

 そして何かというと、口でしてくれって。私の服も脱がさずに、そのままなんですの」


「ふうむ、それはいかんのう」

「たまにしたと思ったら、早くて早くて……もう流星が飛び去るくらいの早さですわ」


「ハハハ、流星将軍というわけだな。どうだ。

 そんなダンナは捨てて、わしに乗り換えよ」


「も、もう乗り換えてございますっ……さあ、欧袁さま……ねえっ」

 彼女は新しい馬にまたがり、もっと早く走れと命じた。


 紇将軍は、もうその続きを聞いていられなかった。

 兵たちに「帰ろうか」といって山をおり、それから腑抜ふぬけのようになってしまった。


 *


 紇将軍は、死ぬ一年前に、名工を呼び寄せ、ひとふりの剣をつくらせた。

 それは四尺(約120cm)の長剣で、刃に星が流れる文様が刻み込まれている。


 今際いまわのきわ、兄にこのことを打ち明け「我が子孫には、この剣で妖猿を打ち取ってほしい」と伝え、悶死もんししたのであった……。


 以下、次号!

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