88 酒池肉林の狂乱の宴がはじまるのこと
そして、七個目のひょうたんがなくなり、とうとう満月の夜がやってきた。
金玉は花嫁の控室で、女中頭の
「こ……これを着るの?」
その花嫁衣裳はとても美しい赤色をしていたが、あちこちに切れ込みが入っていて、肌がちらちら見えている。
しかも蛯名からは「下着はお取りくださいね」と念押しされていた。
ふつうに歩いたら、見えちゃうんじゃないの?
「はい、これが今の流行りなんだそうですよ」
――こんな恥ずかしい服!
といおうとして、金玉はハッと己を制した。
きっとこれも試練なんだ。がんばらなくっちゃ……!
「さあ、もうすぐ結婚式がはじまりますよ」
蛯名は、金玉の頭に赤い布をかぶせた。
「蛯名さま、すみませーん」
「あっ、はい。金玉さま、しばらくお待ちください」
蛯名はべつの女中に呼ばれて、パタパタと出ていった。
「金玉、まだ男に戻らないかピョン?」
兎児が、物陰からはい出てきた。
「うん……」
「やっぱりあのエテ公、ウソついてたピョン。
呪いを解くとかいって、帝に寝取られた腹いせに、金玉を
「ち、ちがうよ……」
だが、その声には自信がなかった。
金玉は、悦蛇の触手を入れられると、すぐに頭がぼうっとなってしまう。
だけど一人になると我に返って「あんな恥ずかしいことを……!」と、羞恥に悔し泣きするくらいだったのだ。
そして、男に戻る気配はみじんもない。
後庭はますます広く、やわらかにほぐれてきているのだが……。
「金玉、私を信じてくれ!」
まるでのぞき見していたかのように、申陽が風と共に現れた。
あんな……あんな恥ずかしいことばかりさせてっ!
金玉はカッとなってしまった。
「申陽さん! ぼく、いつになったら男に戻れるの?
呪いを解くのと、あのことって、関係あるのっ? ねえっ!」
「ああ、もちろんだよ、金玉。もう少し耐えておくれ」
「耐えるって、どこまで? ぼく、もうおかしくなっちゃうよ!」
「君がこわがるといけないと思ったんだが……」
申陽は、虹色に光るイボイボした神々しいものを取りだした。
「これは嫦娥さまから授かったものだ。
嫦娥さまは、君がこれを受け入れられるようになれば、
呪いは解けると仰った」
「ええ……」
金玉は、あまりのことに絶句した。
「そんなの入るわけないよ!
だいたい、そんな大きい人、いないだろ!」
「えっ……いや、そうでもないよ……私はこれくらいだし。
まあその、
「ええ……」
金玉は、思わず申陽の下半身を見やった。
「それじゃあ、ぼく、申陽さんとはできないね……」
金玉は顔を赤らめ、残念そうな声をもらした。
「そんなことはない! やってみれば、意外と入るもんだよ」
――なんの話だったっけ?
「と、とにかく! このままでは君は悦蛇の花嫁になってしまう。
結婚式の酒に、強い眠り薬を入れておいた。
君は悦蛇に酒をたくさんすすめてくれ。君はのんではいけないよ」
毒薬は酒に混ぜれば味が変わるが、眠り薬はそうではない。使ってもバレることはないからだ――まあ、そういうことにしておいてくれ!
「わかったよ」
「それから二人で逃げて、これが入るまで慣らすんだ。それでいいかい?」
「うん。ぼく、痛くてもがんばるから」
だが、金玉の声には、恐怖がにじんでいた。
「金玉……」
申陽はおずおずと、金玉にかけられた赤い布に手をかけた。
「恥ずかしいかい?」
「そ、そんなことないよ」
申陽が赤い布をめくりあげると、そこには数々の試練を経ても、なお美しく輝く、金玉の
「申陽さん……」
見つめ合う二人であった――が!
「金玉さま、入りますよ」
蛯名の声に、申陽はフッと風のように消えてしまった。
*
金玉は蛯名に連れられ、あぶくの船にのって、湖面へと浮き上がることになった。
洞庭湖のほとりに、宴席がしつらえられている。
だが金玉は、地上につくなりビクッとしてしまった。
煌々たる満月の下、周囲の林からは、なにやら騒ぐ声がひびいてくる。よくよく見ると、妖怪の男や女らが、裸でキャーキャーいいながら、追いかけっこをしている。
「あの人たち、何をしてるの?」
「お客さんたちですよ。遠いところからいらしてくれた方も多いんですよ」
蛯名はこともなげにいったが「何をしているのか」という問いには答えていない。
――しばらく前、ウェディングプランナーは、新郎新婦の意見を聞くため、夫婦がそろった夕食時に、プランを持って出向いた。
彼はそこで、新郎が新婦に恐ろしい仕打ちをしているのを見てしまった!
「くっ……こんな平凡なプランでは、クライアントの満足は得られない!」
彼は今までのプランを破り捨て、デザイナーやシェフらと共に、
まず、陸に池をほって、そこを美酒でいっぱいにする。その酒は飲み放題で、泳ぎながら飲んでもいい。
さらに、林に肉をいっぱい吊るす。食べ放題バイキングということだ。
バックグラウンドミュージックは
これは「みだらな曲をつくれ」という命によって作曲された古典楽曲である。
さらに、式場には多くの善男善女を招待する。
開放的なドレスコードにして、それぞれパーティーを楽しんでもらう。
そしてオールナイトで乱痴気騒ぎ、というウェディングパーティーだ。
そんなわけで金玉の花嫁衣装も、そのまま
ウェディングプランナー「そんなしとやかで慎ましい服装ではダメだ! もっと劣情を催させないと!」
デザイナー「難しい注文ね……。でも、今までにないチャレンジだわ。やってみましょう」
花嫁花婿の席は、湖を臨む小高いところにあった。
そして下の林では、相変わらず嬌声が響いてくる。
金玉はそっちのほうが気になりながらも、隣の悦蛇に酒をすすめることにした。
「悦蛇さま、お酒をどうぞ」
「あっ、あ、ありがとう。うれしいな」
悦蛇は何かいう時に「あっ」と、意味もなくつけるクセがあるようだ。
少し離れたところでは、申陽が田楽に同じように酒をのませていた。
「さあ、金玉ちゃんも」
金玉は「このお酒を飲んだらマズいんだよな」と思って、話をそらすことにした。
「あの……ちょっと待ってください。お話を聞いて?
ぼく、悦蛇さまと夫婦になれて、本当に幸せなんです」
そして、金玉は悦蛇にぴったりと寄り添った。
「さあ、もう少しどうぞ」
「う、うん」
悦蛇はぐびぐびと酒を飲んでいく。
「ぼく、最初は悦蛇さまのことがこわかったけど……ふふ、だって悦蛇さま、すごいんだもの。
ぼく、あれを入れられたら、頭が真っ白になっちゃうんだ。
ぬるぬるして、気持ちよくって……今日、初夜なんでしょ?
ぼく、もう待ちきれないや。早くほしいな」
金玉は酒を注ぎたそうとしたが……。
「――ああっ!」
いきなり悦蛇がのしかかってきて、酒瓶を倒してしまった。
「え、悦蛇さま、なにをっ」
「金玉ちゃんから、誘ったんだろ?」
――時、折しも満月である。
金玉は嫦娥から、満月の夜になると男をひきつける呪いをかけられていたのだ!
その呪いは、人間にも妖怪にも聖獣にも効く!
悦蛇は酔っぱらったせいか、着物の裾からどわっと何百本もの触手を伸ばしてきた。
「ひっ」
そしてそれで、金玉の体をやさしくしめつけた。
赤いヴェールが地に落ちる。
申陽の「金玉!」という声が聞こえた。
――ぼく、これを入れられて
今さらのように、総毛立つ思いの金玉であった。
「悦蛇さま、いやっ!」
「外で、みんなの前でなんて、さすがの金玉ちゃんでも恥ずかしい?」
「恥ずかしくなんかないよ! 早くしてっ!」
金玉は反射的に答えてしまった。
「う、うん、わかったよ。やっぱり金玉ちゃんて、積極的だね……」
悦蛇はおどおどしながらも、金玉の望みを叶えるべく、新郎の勤めを果たそうとするのだった。
「いやぁーっ!」
月夜に金玉の叫びが響き渡る。
ウェディングプランナーは、物陰からその様子を見て
「きっとお二人にとって、思い出に残る一夜になるぞ!」と、グッとこぶしを固めるのであった。
以下、次号!
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