読者さまのリクエスト② もっとリアリティを持たせて
86 呪いを解くためには、試練に耐えねばならぬのこと
金玉の部屋に、また再び
「金玉ちゃん、お待たせ!」
その隣にいる人物を見て、金玉は叫び出しそうになった。
――申陽さん……!
彼は、金玉に目くばせをした。
きっと「黙っていろ」ということなのだろう。
「申陽さん。この方が、僕のお嫁さんです」
くり返すが、悦蛇はプロポーズの返事もきいていない。
自分がプロポーズしたから、なんとなく「もうOK!」という気分になったのだろう。
しかし金玉は、話を合わせようとして「はじめまして。悦蛇さんの婚約者の金玉です」といった。
それに申陽が答える。
「おお、お美しい」
「そうでしょう。ふたなりの子なんて、なかなかいないですからね!」
「ほう。金玉どさまは、ふたなりなのですか?」
「は、はい……
金玉は「申陽さんはどういうつもりなのだろう」と考えながら、それでも話を合わせる。
「僕は、金玉ちゃんのような方をずっと探してたんです。ふたなりの人と結婚するのが僕の夢で……」
悦蛇は、うっとりしながら答える。
「悦蛇さまは、ふつうの花嫁はあまり興味ないのですか?」
「うん、僕はふつうの男や女は、ダメなんだ。ふたなりでなくっちゃ、好きになれないんだ」
聖獣だからであろうか。独特な好みであった。
「では、もし金玉さまが男になってしまったら?」
「うーん、それじゃ悪いけど、婚約破棄かな。
でも、そんなこと、ぜったいにありえないだろうけど!」
悦蛇は、ハハハと笑った。
「ああ、金玉ちゃん。僕たちの結婚式は、次の満月の日にきまったから。その日まで、待っておいてね」
「は、はい」
「申陽さんも、ここに泊まったらどうかな。結婚式に参列してほしいな」
悦蛇はウキウキしながらいった。
外見のビジュアルとまったく合っていないしゃべり方だ。
「なんとありがたいお申し出でしょう。まことに光栄に存じます」
「さっ、部屋を用意するよ。
金玉ちゃん、夕食までもう少しだから、ちょっと待っててね」
「はい、悦蛇さま」
金玉は、いかにも婚約者然とした、しおらしい様子で受け答えする。
悦蛇と申陽が出ていくと、兎児はさっそくこういった。
「えー、申陽かピョン。帝じゃないのかピョン」
「そんな言い方やめてよ!」
「だって、あいつ好みじゃないピョン。踏まれたい系の変態だピョン」
「帝だって、ぼくに踏んでほしいっていってたじゃないか!」
「あれは権力者の気まぐれピョン。
ふだん絶対権力を行使してるから、たまには違った立場を味わいたいんだピョン。
あの
踏まれなきゃ
兎児が、ちょっとヤバい単語を使おうとした時だった。
部屋のなかに小さなつむじ風が吹き、申陽が現れた。
「申陽さん!」
金玉は、ぱっと申陽に抱きつこうとした。
だが、申陽はそれを制した。
「やめてくれ。君は帝の花嫁だ」
金玉はその言葉に、胸がはりさけそうだった。
――やっぱり、ぼくのことはもう好きじゃないんだ。
「私は君とは結婚できない……だが、君を助けてあげられる」
「どういうこと?」
「金玉、聞いてくれ。君も、あの黒い大きな、触手がぞわざわある怪物を見ただろう。悦蛇の正体は、あの怪物だよ」
金玉は「生理的に無理だな」と思った。
「悦蛇は、太古の昔からいる聖獣だ。その力は神にも等しい。我々がどうにかできるものじゃない」
これは明月鏡から得た知識である。
「じゃあ、ぼく、あの人の花嫁になるしかないの?」
「いや、たった一つだけ望みがある。君も聞いただろう。
悦蛇は、ふたなりが好きなんだ。
ふたなりでなければダメなんだ。ふたなりじゃなければ、結婚したくないんだ」
三回も言うことだろうか?
「――だから、君が男に戻ればいい」
「でも、僕は嫦娥さまに呪いをかけられたんだよ」
「呪いを解く方法はあるんだ。ただ……」
申陽は目を伏せた。
「いや、もう忘れてくれ。それはあまりにつらく、苦しい試練だ。
君はこのまま、悦蛇と結婚したほうが幸せだろう」
「そんなのやだよ!」
金玉は、悦蛇の本体が生理的に無理だった。
悦蛇のおどおどした話し方にも、好感が持てなかった。
それに、母、香月の言葉を思い出した。
「申陽さんは、男の体がいいのよ」と。
もしかして、ぼくが男の体に戻ったら、申陽さんはまたぼくを好きになってくれるかも……?
もろもろの考えが合わさって、金玉はこう言った。
「ぼく、男の体に戻りたい! なんでもするよ!」
言ってしまった……。
「金玉……念押しするが、とてもつらく、おそろしく、ちょっと気持ちがいいことだよ。そのことに耐えられるかい?」
「ぼく、がんばるよ!」
金玉は「気持ちがいい」という単語を聞き落としていた。
「わかった。じゃあ、よく覚えておいてくれ。
これから何があっても『恥ずかしい』といってはいけないよ」
「う、うん」
「君がその誓いを守り通せるなら、満月の夜までには元の体に戻れるだろう」
今日は上弦の月の日だ。
いまから、ちょうど七日目が満月の日か……。
「ではさっそく」
申陽はふところから、七つの小さなひょうたんを取りだしてきた。
金玉もそれには見覚えがあった。
自分が小さい頃、便秘の時に使ったやつだった。
そのひょうたんは、えんどう豆のように皮がやわらかい品種で、中に天然の緩下剤の効果を有する果汁が入っているのであった。
「今日から、夕食前にはこれを使いなさい」
申陽は、まるで医者のような口調でいった。
まあ、実際に痔疾専門医なのだが。
「いや……ぼく、便秘じゃないんだけど」
「恥ずかしいのかい?」
「そ、そんなことはないよ!」
金玉はさっそく試練がはじまったのかと思って、すぐに七つのひょうたんを受けとった。
「じゃあ、毎日きちんと準備してきなさい。いいね」
「う、うん」
そして申陽は、ひょうたんを持った金玉の手を、ぎゅっと握った。
「金玉……これからきっと恐ろしいことが起こるだろう。
だけど、何があっても私を信じてほしいんだ」
金玉は申陽の瞳に、今までと変わらない自分への想いが映っているように感じた。
「わかったよ。ぼく、どんな試練にも耐える。何が起こっても、大丈夫だから……」
「ありがとう。じゃあ、また夕食の席で会おう」
申陽はお札を使……おうとしたが、兎児をぎろりとにらみつけた。
「おい、そこのウサギ。今度ヘンなことを金玉に吹き込んだら、焚火に投げ込んで食うぞ」
兎児は「へっ、ジャータカ神話だかピョン」と思って、だまっていた。
「おまえがしゃべれるのはわかってるんだ。いいな、ウサ公!」
申陽はドスの聞いた声で兎児を脅してから、チートアイテムを惜しげもなく使って、しゅっと部屋から去っていった。
以下、次号!
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