85 金玉は悦蛇からプロポーズされるのこと

 金玉は目がさめた。

 どうやら自分は、豪華な天蓋つきの寝台にねかされているようだ。


「と、兎児くんはっ?」

 兎児は、金玉の胸のなかに入り込んでいた。


「ねえ、兎児くん、起きてよ」

「うーん……ピョン?」

 どうやら気を失っていただけのようだ。


「ここは……」

 部屋を見渡した金玉は、隅に誰かいるのに気がついた。


 四十代くらいの、頭に透明な触覚がついた女性がいる。

 彼女の正体は、洞庭湖の湖にすむエビだ。


「お目覚めですか」

「は、はい……」

 その触覚は気になるけど、とりあえず、そう答えるしかなかった。


「突然のことで、誠に申し訳ありません。

 わたくし、この家の女中頭の蛯名えびなでございます。

 これから金玉さまのお世話をさせて頂きます」


「ぼくの名前、知ってるの?」

「はい、それはもう」


 田楽は、結婚前の身上調査として、両親の情報や、宮廷の侍医が書いたカルテなどを入手していたのだ!

 

「のちほど、我らのあるじ悦蛇えっださまがやってきますので、

 しばらくお待ちくださいませ」


「あ、あの……その人は、なぜぼくを? なんの用ですか?」


「――それは、悦蛇さまが金玉さまを見初めたからでございますな」


 五十代くらいの温厚そうな男がやってきて、話をひきついだ。

 その横には、高貴な顔立ちの、妖しい美しさを持った美丈夫がいた。


「は、はじめまして。悦蛇です」

 その美丈夫は、下を向いてぼそぼそいった。

 

「こ、こっちが田楽。なんでも言いつけてくれたらいいから……」


 その田楽と呼ばれた男は「なにやってんですか!」と言いたいような表情をしたが、すぐに態度を切り替えた。


「私からご説明させて頂きましょう。

 こちらの悦蛇さまは、天地創造神の息子にして、大自然のすべてを司る偉大なお方です。

 ですがこれまで良縁にめぐまれず、ずっとひとり身を通してきました。

 ――しかし!

 このたび悦蛇さまは、金玉さまを見初められました。

 そうでしょう、悦蛇さま?」


「う、うん。すみません、いきなりこんなことして。

 あの、ぼ、僕と結婚……してくれないかなぁ~、って……。

 あっ、無理ですよね。やっぱり僕なんて……忘れてください!」


 悦蛇は、まったく魅力のないプロポーズをした。


 ――その時!


 ピンポーン、と洞窟のチャイムがなった。


「あっ……ち、ちょっと失礼します! お客さんだから!」

 プレッシャーに耐えきれなくなった悦蛇は、自分からそそくさと部屋をでていった。


「金玉さま、すみません。ちょっと失礼します」

「では私も……」

 田楽と蛯名は、主人の後を追っていく。


 兎児は、彼らが部屋を出ていってすぐ、こういった。

「外見はイケてるけど、なんか挙動不審でキモいやつピョン」


「うん……あの黒い化け物が、あの人の正体なのかな?」


「心配することないピョン。

 捕まった美少年のもとには、王子さまがやってくるものだピョン」


 ――その通り!


 *


「だ、誰かな? ここ五億年くらい、来客なんてなかったのに」

 悦蛇はそわそわと玄関に向かった。


「そんなこと、どうでもいいじゃないですか!

 もっと自信たっぷりに『そなたはわしの嫁になる運命なのだ』くらい、言えないんですか!」


「も、もういいじゃん。はいはーい……」


 悦蛇がドアをあけると、そこには白い猿の化け物が、拱手こうしゅの礼をして立っていた。


「お初にお目にかかります。私、欧申陽と申しまして、田舎の化け猿めでございます。

 このたびは悦蛇さまのご婚礼が執り行われるとききまして、お祝いの品を持って参りました」


「あっ、そ、そうなんだ。すみません。でも、僕たち初対面だよね?」


「はい、その通りでございます。

 しかしこの国に、悦蛇さまの偉大なるお名前を知らぬものはいません」


 実際は、神話時代の人からも「大羿たいげいがくるときいて、すぐ逃げ去った、何かよくわからない生き物」と思われていた悦蛇であるが……。


「それはそれは、ご丁寧に。さっ、こちらへどうぞ」

 田楽は、申陽のほめ言葉に気をよくして、彼を洞窟に招き入れた。


 そして召使いに命じて、申陽が玄関先につみあげた金銀財宝、絹織物などを運び込ませた。

 これは申陽が、先祖伝来の宝物をぜんぶ吐き出して、西風大王のお札を使って運んだものである。


「あ、ありがとう。こんなにまでしてもらって、なんていったらいいかわからないよ」


 神話時代からひきこもっている悦蛇には、当然、友だちは一人もいない……。

 悦蛇はおどろき、よろこび、申陽の好意に深く感謝した。


「さて、お二人の結婚式はいつですかな?」

 申陽は丁寧に尋ねた。


「実は、それがまだ決まっておらんのです」

 田楽が答えた。

 今日、さらってきたばかりだし。


「ほう。それでは、一週間後の満月の日はどうですかな。

 その日はちょうど中秋節。

 欠けるところのない満月は、家族団欒を意味しております。

 フルムーン・ブライドに結婚すると幸せになれるとの伝説もありますし、いかがでしょうか」

 申陽は、あらかじめ答えを用意してきたかのように、すらすらといった。


「おお、それはよろしいですな。若さま、どうですかな」

「うん、そうしようか」

 まだプロポーズの返事もきいていないのであるが……。


 すると、またもやチャイムが鳴り響いた。


「はじめまして。私、ウェディングプランナーでございます。

 お二人の晴れの日のために、結婚式のトータルなプランをご提案させて頂いております」


「うちではオーダーメイドのウェディングドレスを作っております。

 花嫁さまには、ぜひ一度ヴェールをご試着頂きたいと……」


「ブライダル用のお花なら、ぜひ当店へ」

「お酒のご用命は、三河屋みかわやへ!」


 ――皇帝の花嫁が、得体のしれない化け物にさらわれたというニュースは、たちまちのうちに国中をかけ巡った。

 その山のような巨体と、白昼堂々犯行をなしとげたやり口から「きっと名のある大妖怪であろう」と噂された。


 そして生き馬の目を抜く妖怪たちが、結婚式のおこぼれにあずかろうと、雲霞うんかの如く集まってきたのである!


「まあまあ、皆さんあわてないで」

 

「田楽と蛯名は、その人たちのお相手をしておいてよ。

 さっ、申陽さんはこちらへどうぞ。ぼくの花嫁を紹介しますね」


 うれしがりな悦蛇は、さっそく花嫁を妻に紹介しようとした。

 彼の中では、もう結婚することになったのであろう……。


 以下、次号!

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