84 悦蛇は金玉を拉致監禁するのこと

「――ピョン?」

 金玉のひざの上で、兎児がぴくんと耳をたてた。


「どうしたの? 兎児くん」

「なんか、ヘンな音が近づいてくるピョン」


 そういわれても、輿のまわりでカネとタイコを打ち鳴らす音しか聞こえない。


 ややあって、天の底が抜けたような雨が、ドザアッと降ってきた。

 そして人々の悲鳴。


「な、なに?」

「なーんか、やな予感……」

 兎児が「ピョン」と言おうとした時だった。


 輿の入り口から、黒い巨大ミミズのような何かが、にょろっと入り込んできた。


「ぎゃあああっ!」

「うわ、キモっ!」

 兎児は、ピョン語尾をつけるのを忘れるくらいだった。


「に、逃げ……」

 金玉は兎児を抱えて、輿から下りようとしたが、黒いミミズが、足首に、にょろっとまきついてきた。

 

「ひいいっ! これ、なんかぬるぬるして……」

 さらに輿がメキッとこわれ、何十本ものミミズがいっせいにからみついてきた。


「うわあああああっ!」

 悪夢のように、ぬらぬらしたものが体をはいまわる。

 さらに、金玉の体は触手によって、空中高くに持ち上げられた。


 そして金玉は見た。

 豪雨のなかに突兀とっこつとしてそびえる、黒く大きな影を。


 その正体不明な生き物の体表は、うじゃうじゃと百万匹の蛇がのたうち回っているかのように、蠕動ぜんどうしていた。


 金玉はそれを見たのを最後に、ふうっと気を失ってしまった。


 *


 花嫁行列の上に、山よりも大きな黒くぬとぬとしたものが覆いかぶさり、体から突き出た触手に金玉をつかんで去っていった……。


「はりゃ~、なんやあれ。びっくりしたなぁー、もー」

 明月鏡は、自分で映しておいて驚いた。


「なんだあの生き物はっ! 竜か?」

 申陽は明月鏡をガッとつかんで、問いかけた。


「あれは天地創造の神、盤古ばんこがうみだしたみずち(竜属の生き物、という意味)やな。わいも初めて見たわぁ~」


「なんでそんなものが金玉を捕まえるんだ!」

「カワイイからちゃう? いや、知らんけど」


 ――その通り!


「金玉はどうなった? 食べられたんじゃないのか?

 おい、さっさと映せ! このくもりガラス!」


 どうやらそれは、鏡に対する悪口らしい。


 *


「さっ、若さま。支度はできましたかな? ……なんですか、その姿は」

 田楽でんらくは、人間に化けた悦蛇えっだの姿を見てあきれた。


 それは肥満体で、目鼻立ちのぼやーっとした、冴えない男だった。

 しかも、なんか、匂ってる。


 この国では、イケメンは女性から

 手巾ハンカチを贈られ、(お付き合いしてください、という意味)

 果物をわたされ(結婚してください、という意味)

 詩を書いた紙をさしだされる(愛してます、という意味)ものだったが、


 今の悦蛇の姿では、石を投げられ、卵をぶつけられ、捕吏ほり(警察)を呼ばれても仕方がなかった。


「こういう姿が一般的なのかなあ、って」


「あのですね……タヌキやキツネだって、美男美女に化けるくらいはできますよ。

 若さまは千変万化できるんだから、とっとと美丈夫びじょうふになってください!」


 田楽自身は、五十代くらいの、人のよさそうな男の姿をしている。


「でも……美丈夫に化けるなんて、恥ずかしくない?」

「はあ?」


「わー、あいつ、美丈夫に化けてやがるぜー、

 きっとモテたいんだぜ、だっさいヤツ……みたいに思われるんじゃないかな?」


 ――オシャレするのが恥ずかしい。だって、オシャレしたいやつなんだなって思われるのが恥ずかしいから。


 田楽は、悦蛇の自意識過剰っぷりに、めまいがするようだった。


「も、もういいです。ちょっと待ってください……ほら、この人。

 こういうのに化けてください」


 田楽は宝貝ばおぺいを検索して、美丈夫の画像を見せた。


「えー、そんなイケメン? ぼくはこれで……」

「よくないですっ! 婚姻は、第一印象が命! 若さま、ご決断をッ!」


 田楽が裂帛れっぱくの気合いで諫言かんげんしたので、悦蛇はしぶしぶ姿を変えた。


 すると、丈高く、気品ある顔立ちで、ちょっと吊り目の、

 異類婚姻譚BLで「蛇が化けた、おそろしくも妖しい美しさを持った、高貴な若者」と表現されたなら、まあこういう姿だろう、という男が現れた。


「うむ、よろしいでしょう」


「でもさ、こんなことしてよかったのかな? 無理矢理さらうなんて。

 ふつうは、交換日記からはじめるんじゃない?」


「それは前にも言ったでしょう。

 若さまは、天地創造神の一人息子で、偉大なる力を持った聖獣なのですぞ。

 神さまなんです!


 神が、わしになって娘をさらうとか、風になって娘を連れ去るとか、

 水汲みにきた娘を湖の底にひきずりこむとか、よくある話ですよ」


 ――神話時代なら……。


 田楽は百年に一度は湖の外に出て、最新の流行をチェックしていたが、やっぱり、どこかズレていた!


「だいたい、あのまま放っておいたら、皇帝と結婚してたでしょうが。

 非処女になりますぞ。それはイヤなんでしょう?」


「う、うん……」


「さっ、金玉さまは、丁重に監禁しておりますからな。

 出ていって、若さまからきちんとプロポーズなさいませ」


 こうして悦蛇は、いきなりはじめてのプロポーズをすることになったのであった……。


 以下、次号!

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