79 帝は優雅にアフタヌーンティーを楽しむのこと

天佑てんゆうさま、これでいい……?」

 金玉は、帝の前で胸をはだけた。


 不公平だ、不平等だ、ブルジョアめ、資本家め、造反有理ぞうはんゆうりだ、自己批判しろ!

 ――といわれると、なんとなく自分が悪いことをしているような気になって「さわらせるくらいならいいか」と思ったのだ。


「うむ、美味そうではないか」

 帝は、金玉の白くやわらかなスコーンに手を伸ばした。


「んっ……」

 そして、その先端のさくらんぼにむしゃぶりついた。

 金玉は甘い吐息をもらしてしまう。


「下はどうなっているのだ?」

 帝は、いそいそと金玉の帯を解きはじめた。


「ま、待って! あのっ、帝は禁欲の誓いを立てられたと聞きました。

 し……しないですよね?」


「もちろんだ。今日、おまえが処女童貞を失うことにはならぬ」

 金玉は、帝の重々しい口調にホッとした。

 

「どうって……天佑さまと同じですよ」

 金玉は、自分の薔薇色のそれを恥ずかしそうに見せた。


 帝はにやりと笑って「ところで、もう少しクロテッドクリームがほしいな」といった。


 クロテッドクリームとは、いわずもがな、牛乳を凝縮した白い濃厚なクリームのことである!


 *


 申陽は、濁流からキョンシーのように這い上がってきた。

 すぐにまた先を急いだ。

 一刻といえども、ムダにはできない。

 峠をのぼりきった時、突然、目の前に妖怪たちが躍りでた。


「兄ちゃん、金をよこ……」

 申陽は、相手の顔面に拳を叩きいれた。

 側の木の葉に、青い血がびしゃっとかかった。


「邪魔だ」とも「気の毒だが正義のためだ!」とも、何ともいわなかった。

 そんなことを言っている時間が惜しいのだ。


 たちまち三人を殴り倒し、残りの者たちがひるんだすきに、さっさと走って峠を下った。


 *


「――ああっ、天佑さま、ぼく、もう……は、離して」

 帝はそれを無視して、じゅーと音を立ててすいあげた。

 たぶんコップに残ったミルクセーキをストローで吸っているのだろう!


「はあっ、んっ、あっ……ひあっ!」

 天佑は金玉のものをごくりとのみこんだ。

「ふむ。やはり、できたてはうまいな」

 

「ご、ごめんなさい! でも、そんなことやめてっ……」

 長椅子に腰かけた金玉は、自分の足の間にいる帝に抗議した。


「仙薬の材料になるのだろう。飲まないのはもったいないのではないか?」

 そして、クロテッドクリームの残りをいじきたなくなめた。


「んっ……それは初めてのやつだけだよっ!」


「ところで、余は蜂蜜が食べたいぞ」

「え? ああ、それじゃ持ってきて――」

「ここにあるではないか」

「ひゃっ?」


 帝は、いきなり金玉の足をかかえ、薔薇の花びらをあらわにした。


「い、いやだっ! 何すんだよ!」

「ふーむ、これがふたなりか」


 そして、顔面を蜜壺につっこんだ。


「やめ……あ、ふあっ!」

「こんなに甘い蜜があふれてるぞ。気づいてないのか?」

「あっ、あっ……陛下、お願いします……やめて……」


 それは金玉にとっては、初めての刺激だった。


「なんだ、この家は客に食事も出さんのか?」

「ちゃ、ちゃんとご用意して……」

「ほう。レーズン入りか。食べてみようか」

「んあっ! そこっ、ぼく……」

 

 *


 申陽は一気に峠を駈けおり、都の方角へと向かった。


 ――するとその時!


 火焔山かえんざんがいきなり大噴火を起こした。

 そして目の前の大地がごうっとうなりをあげ、びしびしと地面がひびわれた。

 さらに、その地割れに溶岩が、真っ赤なマーボー豆腐のタレのごとく、どろどろーと流れ込んできた。

 その火の河の幅は、向こうが遠くかすんで見えないくらいである。


 申陽はついに、がくりと膝を折った。天を仰いで、くやし泣きに泣きだした。


 ――いや、待て!

 そういえば、私は半妖だぞ。


 実際のところ、申陽の遠い先祖は、岩山に住み、たくさんの女をさらい、我が物顔で周辺住民に迷惑をかけまくっていた。


 申陽はそういうDQNな先祖を恥じ、自分は知識人ぶった振る舞いをしていたが、妖猿の家系であることは変わらなかった。


 遠い先祖は、半日で数千里も駆けることができたという。

 申陽は「怪力乱神を語らず」とうそぶいて、ろくろく妖術も使ったことがなかった自分を呪った。あざけった。情けなかった。

 今はただ、力が欲しかった。


「風よ! 私を金玉のもとへ運べ! 愛と誠の力を見せてみろ!」


 申陽が叫哭きょうこくすると、溶岩が真っ二つにわれた。

 イメージしてたのは「雲に乗って飛ぶ」的な術で、なんか違うが……。

 とりあえず、前に進める!

 

 申陽は地割れの底にえっちらおっちらおりて、猪のごとくに突き進んだ。 


 *


「ばかっ、うそつきっ……」

 金玉は椅子の上ですすり泣いている。


「禁欲するなんて、ウソばっかり……ん、ああっ!

 て、天子のくせに……そこ、もうやめてっ! ぼく、また……」


 金玉はバターまみれになって、帝に男のものをつかまれながら、女の部分を攻められている。

「禁欲しているのは私だ。おまえは何度でも達するがよい」


「もう、いやあっ……天佑……お願いっ……」

「そろそろ勘弁してやろうか?」

「は、はいっ……な、なんでもするから……ん、ああんっ!」

「では……」


 *


 私はあきらめないぞ。

 金玉が待っているのだ。走れ!

 申陽はタンブルウィード(西部劇でころころ転がる草)をけとばし、小川を飛び越え、都を行く人を押しのけ、はねとばし、風のように走った。

 死力を尽くして、走った。今はただそれのみだ。


 *


「そ、そんなことするの? 御不敬ごふけいでは……」

「いや、それがいいのだ」

 帝はきっぱりいって、床にはいつくばった。


「さあ、やってくれ」

 金玉の足もとには、帝の頭がある。

 本当にやっていいのかな。死刑になるどころじゃないよ。でも……。


 金玉は、いまだ身がしびれるようだった。

 ちらりと「帝にもっとたくさん食べてもらいたい」と思うくらいだった。

 ひどいよ、ぼくにこんなことして……。


「このバカ!」

 金玉は、素足でぎゅっと帝の頭を踏んづけた。


「うっ」

「何もしないっていったのに……」

 ――いや、それはいってない。


「ははっ、誠に申し訳ありません!」

 帝は、平謝りする。


「金玉さまがあまりに美味だったので、

 ついつい卑しい豚のようにむさぼってしまいました。

 そのスコーンも、クロテッドクリームも、蜂蜜も、レーズンも、まこと天上の珍味でございましたっ!」


「その言い方やめてよっ!」


「け、けれど、禁欲の誓いはかたく守っております!

 私の刀ははちきれんばかりですが、金玉さまをおもんばかって、何もしなかったのでございます!

 どうか、どうかお許しをっ……」


 帝が頼んだのは「自分を踏んでほしい」ということだった。それ以上は注文していない。

 だが、金玉はこう告げるのだった。


「そんなに言うなら……ぼくの足をなめなよ」


 *


 申陽は金玉の家の門を押し開け、家僕かぼくと女中をつきとばし、疾風のごとく、居間に突入した。


 ――間に合わなかった。


 全裸の金玉の足下そっかに、帝が犬のように這いつくばり、その親指をぺろぺろとなめていた。

 それは申陽が夢想して、乞い願い、求め続けた愛の姿であった。


 以下、次号!

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