75 申陽は金玉が己を慰める姿をのぞき見るのこと

 大羿たいげいたちの前に、不審な男が現れた。


 その男は、容貌こそBL小説に出られる程度にはさわやかだったが、

 頭にまいたバンダナといい、なにやらキャラの顔をついたTシャツの上に、チェックの上衣をはおっていることといい、魔道の道にしていることは明らかだった。


「――逢蒙ほうもう!」

 大羿たいげいの一番弟子で、仙薬を盗み、妻を犯そうとした男である。

 ここに男色要素は一切ない。


「先生、久しぶりッすね。もうとっくに引退したかと思いましたよ~」


「きさま、なぜここに?」

「そりゃ買い物ですよ。奥さまも、奇遇ですねえ」


 ――買い物……?

 申陽はこっそり近づいて、逢蒙が脇に置いた紙袋のなかを見た。


『熟女一番!』『お母さん先生といっしょ』

『先生の奥さんが童貞のぼくを誘惑してくるので個人レッスンを受けてきます』

 その禍々しい紙袋は、これ系のタイトルではちきれんばかりだった。


 きっと彼の家には、書籍やDVDのみならず、LDや、今では本体が出回っていない中古パソコンゲームに至るまで、

 ありとあらゆる熟女モノが汗牛充棟かんぎゅうじゅうとうのごとく、みっちり詰まっているのだろう。


 申陽は、嫦娥を「金玉に呪いをかけた恐ろしい魔女」として見ていた。

 なので、逢蒙と浮気したと聞いても「こんな女、何がいいんだ?」と不思議だった。


 だが、その紙袋の中身を見て納得した。

 ――ははーん、これか……。


 嫦娥さまが劣情を向けられたというのは、確かなのだろう。

 

 しかし、だからといって不貞をしていない証拠にはならない。

 なにか手がかりはないか?


 申陽は『先生の奥さんが童貞のぼくを誘惑してくるので個人レッスンを受けてきます』のページをぱらりとめくった……。


 *


「きさま、よくもおめおめと姿を見せられたな!」

 大羿は、弟子に厳しくいった。

 

「それはこっちのセリフですよ。さっさと隠居すりゃいいのに。

 ここで会ったが百年目――弓で勝負だ!」

 逢蒙は、ぱんぱんの巨大なリュックから弓をとりだした。


「ぼくはあんたを越えるために、必死で弓の腕を磨いてきたんだ。

 どっちが天下一の射手しゃしゅか、ここで決めようじゃないか。

 勝ったほうが奥さまと再婚する!」


「そもそも嫦娥は、おれと離婚しておらぬ! よかろう、きさまに引導をわたしてやる!」


「では、ぼくからいこう」

 逢蒙はまっすぐ天に向けて、弓をひき絞った。

 矢がひゅーんと飛んで、しばらくした後、金色に光り輝く鳥がドシャッと落ちてきた。


 ――鳳凰ほうおうだ!

 胡美家コミケが開かれる時に、五色の雲と共に現れる、聖なる鳥である!


「どうだ!」

「相変わらず、無益な殺生をするやつだ」

 大羿は、得意満面の逢蒙を冷たい目で見て、鳳凰から矢を抜いてやった。


 そして、鳳凰を空に放り投げた。

「ハハッ、死んだ鳥を射てどうするというのですか!」

「よく見ておれ!」


 大羿の弓はあやまたず鳳凰に命中したが、ギリギリまで力を落としたその矢は、心臓マッサージとツボ押し的な作用を発揮して、

 なんと鳳凰は空中で生き返り、ばさばさと虚空へ羽ばたいていった。


「これぞ、賦活ふかつの矢だ。死を与えるだけが矢ではないぞ」

「ぬううっ……」


「だいたい、太陽を落としたおれに鳳凰で勝てると思うのか?

 おまえが木星でも落としたら、認めてやろう」

 

 大羿は、惑星崩壊を招きかねないことをいった。


「いや、時代はナノテクノロジー! 今度は原子核を射るぞ!」

「それではおれは中性子を射てやろう」


 こうして勝負は原子レベルの世界に移行したが、

 そのありさまは、常人の目で見ることはかなわなかった。


 *


 さて申陽は『先生の奥さんが童貞のぼくを誘惑してくるので個人レッスンを受けてきます』を読み終えた。


 ――なるほど。私の推理が確かならば……。


 それはともかく、金玉のことが気にかかった。

 というか、薄い本の内容より、こっちのほうがよっぽど大事だ。


 申陽は、またもや明月鏡をさわりはじめた。


 *


 うすぐらい部屋の中で、金玉と兎児の声が聞こえる……。


「ねえ、兎児くん。ちょっとあっちいっててくれない?」

「えー、金玉が勝手におっぱじめたんだピョン?」


 金玉は寝台にいて、そのすぐ横に兎児がいる。

 そして、金玉は衣の下のほうに手を入れている。


「ぼく……なんだかヘンなんだ。我慢できなくなっちゃって。

 ふたなりになったからかな?」


「って、ゆーかぁ、金玉があの味を知ったからじゃないのピョン?

 なめられたり、しごかれたりして良かったピョン?」


「そ、そんなことないよ!」

「じゃあ、これはなにピョン?」

 兎児は、金玉の衣の下にごそごそともぐりこんだ。


「あっ、やぁだっ! くすぐったい……」

「ぼくも手伝ってやるピョン」

「と、兎児君、あんっ、やっ、だめえっ!」


 *


 ――ああ、あの清らかな金玉がこんなイケないことをしてるなんて!

 待ってておくれ、早く私が帰って、君を思う存分満足させてやるから。

 君は誰を想ってるんだ? 私のことだろう?

 私のふさふさの胸板の下に組み敷かれたいんだろう?

 ああ、君の秘密をのぞき見るなんてダメだ。

 だけど、もっと君のみだらな声を聞いていたい。

 

 申陽は明月鏡に釘付けになってしまった……。


 以下、次号!

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