74 嫦娥は大羿の誤解を解こうとするのこと

 ――恐ろしい悪鬼たちが迫ってくる!

 

「だが、こんなこともあろうかと!」

 大羿たいげいは荷物から月餅の袋をとりだし、嫦娥じょうがに投げつけた。


「あらっ、私の好きなお店の月餅じゃないの」

「歩きづめで、お腹もすいてきましたものね」


 嫦娥と百花は、もそもそと月餅を食べはじめた。


「――ハッ、こんなことをしている場合じゃないわ。

 あの人をとっ捕まえて、煮物にしないと!」


 嫦娥はまた再び追いかけてくる。

 申陽は思わずいった。


「大羿さま、別れて正解じゃないですか?」

「次はこれだっ!」


 大羿は、リボンをかけた箱を投げつけた。

 嫦娥があけてみると、中には金木犀きんもくせいの香水が入っていた。


「まあ、とっても良い香り」

「あー、これ新作の香水ですよ」


「いえ、いえ! そんなことではごまかされないわ!

 古今東西、女の秘密をのぞき見た男は死ななければならないのよ!」


 嫦娥はまだまだ追ってくる。とうとう皆は会場の外に出てしまった。


「これでどうだ!」

 大羿は、額装した絵をぽーんと投げた。

 嫦娥はそれをキャッチする。


「えっ……白澤はくたく先生の新作イラスト? こんなの、見たことないわよ」

「わっ、すごーい」


 しかも、そのイラストには「嫦娥さん江 白澤♡」とのサインが入ってる。


「このダサいサイン……まぎれもなく白澤先生のものだわ! なぜあなたが?」

「リクエスト機能でかいてもらったんだ!」


 ――カクヨムでこんなにもピクシブの機能をアピールする小説を書いてしまっていいのだろうか?


「どうしてこんな絵を……」

「――嫦娥、帰ってきてくれ!」


「えっ……」

 嫦娥は、描写すらできないような十八禁残酷無惨絵を抱えていたが、ハッと胸をつかれたようだった。


「昔のことは水に流す。二人でやり直そう」

「ああ、そういえば……あれは誤解よ!」

 嫦娥はやっと昔のことを思い出し、自分の身に起こった出来事を語りはじめた。


 *


 嫦娥は大羿から預かった仙薬を、化粧箱に入れておいた。

 そしていつものように、門弟のためにおやつのプリンをつくりはじめた。

 しばらくすると、一番弟子の逢蒙ほうもうが台所にやってきた。


「あら、逢蒙さん、もうちょっとでできあがりますから」

「奥さん、そんなことはいいんですがねぇ……」


 そして、いきなり短刀をつきつけた。


「仙薬を出せっ! 大羿がおまえに預けたところを見たぞ」

「知りませんよ」

「へーえ、みさおを失ってもいいのかい。ヤッちまうぞ?」

 

 嫦娥はごく普通の主婦で、向こうはたくましい武人である。


「わ、わかりました」

 嫦娥は、化粧箱から仙薬を出してきた。


「よし、それじゃあついでに」

「きゃあっ」

 逢蒙は嫦娥を抱き上げて、寝室まで連れていった。


 ――当然こうなる!


「何するのよっ! 薬は出したじゃない」


「へっへっへ、そんなの後から飲めばいいだろうが。

 先生は化け物退治に出かけてて、当分帰ってこねえさ。

 二人でゆっくり楽しもうぜ」


 そして、自分の短刀をつきつけた。


「やめなさい! この短■! そんなので私を満足させられるっての?

 タンポ■より小さいわね! 抜けちゃうんじゃないかしらッ!」


 嫦娥は、BL小説ではありえない類の悪口を言いまくった。


「ああ、奥さん! もっとぼくをののしってください!」

 だが、逢蒙はますます勢い盛んになってしまった。


 ――こんなやつに仙薬を渡すなんて、冗談じゃないわ。

 嫦娥はこう考え、二ついっぺんに仙薬をのんだ。


「あっ、ちくしょう。こうなったら、おまえだけでも!」

「ハッ、世界初のミニサイズウ■ンナーでどうしようっていうの?」

「ああ、奥さん。ずっと好きだったんだよ、ねえ」

「あんた、最初からそっちが目的なんじゃない?」

 

 二人でもみ合ってるうち、異様な殺気に気づいた。

 逢蒙の背後に、くらい目をした大羿が立っていた……。


 *


「――こういうわけなのよ。私は仙薬を守るために……信じて!」


 だが申陽は、横で「うーん」と考えた。

 仙薬を二つも飲んだ理由にはなっているが「襲われていました」というのはどうかな。

 そういう時のよくある言い訳なんじゃないかな?


 ちらりと大羿を見ると、実に複雑な表情をしている。

 信じたい、だけど信じられない……というところだ。


 いやー、わかる。

 こういう時は「あなた、ごめんなさい」と素直に謝っておいたほうが、まだしも心証が良いだろう。

 

 いや待て、金玉の呪いを解くためには、とりあえず夫婦仲良くなってもらわないとな。

 申陽はこう考え、適当なことをいって、二人を仲直りさせようとした。


 ――その時!


「あれー、先生。久しぶりじゃないですかあ」

 

 さわやかな容姿だが、リュックを背負ってバンダナを身につけ、両手に重そうな紙袋をさげている、胡乱うろんな男が現れた……。


 以下、次号!

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