72 申陽は金玉と帝のお忍びデートをのぞき見るのこと
かくして申陽は、
その周囲の地はうっそうと木がしげり、また湖沼からは
だが大羿は、ものともせずに進んでいく。
申陽は心中「さすが救国の勇者だ」と感嘆した。
「急がねばな。
「待機列……?」
申陽は「どんな恐ろしい魔物がひそんでいるのかしれないが、チケット的なものを買って、会場に入場すればいいだろう」と思っていた。
「そうだ。会場に入るだけでも、長蛇の列が並んでいるのだ。
その列は
申陽は、大羿の知略とストーカー精神に、驚き呆れ果てるのであった。
*
さて会場にたどりついた二人は、近くの草むらにひそんでいた。
そこで嫦娥がやってくるのを見張っているのだ。
それはともかく、列に並ぶ者たちは、およそ恐ろしい異形の魔物ばかりだった。
どうやってその格好でここまで来たのか、そしてどうやって帰るつもりなのか、疑問な者ばかりである。
「――きたっ!」
嫦娥と
「嫦娥さま。私、
「ああ、またオヤジ受けか。好きにするがよい」
「はい! 新刊は双子の美少年×オヤジの話ですの。楽しみ!」
申陽は「嫦娥さまは不倫したとか……まさか、あれは百合カップルでは?」と、怪しんだ。
大羿はその心を読んだかのように、こういう。
「あれは主従だ。百合っプルではない!」
「そ、そうですか……」
「似て非なるものだ、よく覚えておけよ」
大羿は、嫦娥が列に並んだのをみはからい、そこからやや後ろの列に並んだ。
「あの、なぜ私たちが並ぶのですか? 今、話をしてくればいいのでは?」
「いや、今はだめだ。嫦娥がすべてのブースを回り、満足感と達成感でいっぱいになったところを狙う。その時が、いちばん機嫌が良いだろうからな」
申陽は「やはり、大羿さまは恐妻家なのでは?」と怪しんだ。
――そして順番待ちのために待つ。
それは夢の国の行列より、ラーメン屋の行列より、ミネラルショーの行列より長かった。
そのいつ果てることのない行列を待つ間に、鍾乳石が一尺(約30cm)は伸び、紅顔の少年はイケオジになるかと思われた。
申陽は退屈のあまり、明月鏡をいじりだした。
――ああ、金玉は今、何をしてるのか……。
すると、申陽の心に応えたかのように、鏡面がぼうっと光り出した。
*
「さあ、金玉、どこへ行きたい? なんでも言うてみよ」
金玉の隣に、一般人の服装をした帝がいる。
「は、はい。ぼくはどこでもいいです」
「フッ、あいかわらず無欲なやつだ。では芝居でも見に行くか」
そして帝は、金玉の肩をぐっと引き寄せた。
「すまぬな、星辰の碁石をとってこられなくて。今、この国の治安は乱れているのだ」
「仕方ないですよ」
帝は「金玉の心は、宝に頼らず自分だけの力で手に入れる」と決意した。
金玉の両親には「皇帝の仕事を遂行するため、早めに帰ってきた」と宣言した。
そして朝廷(朝の会議、公務の時間)が終わると、毎日金玉をデートに誘うようになった。
「だが、こうやっておまえと一緒にいられるのだ。うれしいぞ」
「は、はい」
……旅をする時間はないのに、お忍びデートする時間はあるのか? その矛盾に気づかぬ金玉と、見て見ぬふりをする両親であった。
二人は、ロマンティックな戯曲を見に行った。
前世からの因縁を持つ恋人たちが、現世で巡り合って結ばれるという話だ。
帝は劇が盛り上がったところで、金玉の手に指をからませにきた。
皇帝の手をふりほどくわけにもいかない。
金玉は目を伏せ、そっとうつむくのであった。
戯曲を見終わった二人は、柳の木が立ち並ぶ川べりを散策している。
「どうだ、面白かったか」
「はい。ぼくもあんな恋がしてみたいな、なーんて……」
金玉は、きらめく川面を見ながら答えた。
月下氷人がいった「おまえには前世からの運命の恋人がいる」という言葉をよく覚えていたのだ。
「私では不足か?」
「い、いえ! そんなつもりじゃ」
「金玉」
帝は、金玉の顔をのぞきこんだ。
「確かに、私は皇帝だ。だが、おまえに無理強いするつもりはない」
「陛下……」
「おまえには、もっと私自身を見てほしいのだ」
帝は
金玉は照れてしまって、彼から目をそらした。
「私の名は
「天佑さま……?」
「様などいらんが、まあよいわ。
「もうっ、やめてください!」
金玉は頬を染めて、そっぽを向いた。
「おお、すまん、すまん。許してくれ」
帝は笑いながら、許しを乞うた。
「そ、そろそろ帰りましょう」
「わかった、家に送ってやろう。では、我が手をとれ」
帝は、金玉の前に手を差し出した。
金玉はややためらいながらも、己の手を重ねた。
「……はい、天佑さま」
「うむ」
二人は親しげに手をつないで、帰路をたどるのであった。
*
――それはまったく青天の
旅を早めに切り上げてデート
宝を持ってきた者を結婚させるというルールだったのではないか。
――勝てば官軍、負ければ賊軍。これが世の常である!
それに金玉! どういうつもりだ。早く私に帰ってきてほしいのではないのか?
帝に言われたから仕方がなく? それにしても妙に良い雰囲気だったではないか。まさか心変わりをしてしまったのでは……。
それ、一生の不覚なり!
――そもそも一般人は胡美家の開催日時に無関心である。
そうこうしているうちに列は進み、いよいよ大羿たちは百鬼夜行が
以下、次号!
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