71 大羿は嫦娥と夫婦関係を再構築したいのこと

 明月鏡は、金玉と兎児の姿を映し出した。

 金玉はスイレンの池を眺めており、その足元に兎児がいる。


「兎児くん、ごめんね。巻き添えにしちゃって。月に帰れなくなっちゃったね」


「ああ~、いいピョンよ。嫦娥さまがあんなにひどい人だとは思わなかったピョン。最悪のパワハラ上司ピョン。地上のほうがずっといいピョン」


 金玉に二重に呪いをかけた嫦娥は、そういわれても仕方なかった。


「ところで婿とり合戦がはじまったけど、金玉は誰がいいピョン?」

「ぼくがどうこういったって、しょうがないだろ。父さんと母さんが決めるんだから」

 金玉は、そっと目を伏せた。


「う~ん、わかってないピョン。こんなの、ただの様式美だピョン。そうしないと、みんなが旅に出る理由がつくれないピョン」

 兎児は、大人の事情についてさらっと触れた。


「金玉ママも、金玉パパもやさしいピョン。金玉が『この人がいいんだ!』っていえば、きいてくれるピョン」

「そうかな……」


「だから、金玉は誰がいいピョン? やっぱり帝ピョン?

 なんでもできるスパダリ(スーパーダーリン)ピョン。帝がいちばん王道だと思うピョン」

「そりゃ、悪い人じゃないと思うけど」


「じゃあ肝油ピョン? けっこう気に入ってるピョンね?

 あいつにはじめてを荒々しく奪われたいピョン?」

「そんな言い方しないでよ!」


「それじゃあ申陽がいいピョン? 帝にしておいたほうがいいと思うピョン」

「兎児くんこそ、なんでそんなに帝をオススメするのさ」


「あの人、なんか異常性を感じるピョン。

 常人じゃ考えられないプレイをしてくれそうピョン。

 夫婦生活がマンネリにならなくていいと思うピョン」


「兎児くんがそういうの好きなだけだろ!」

 ――兎児もちょっとおかしいのであった!

 

「だって申陽、そんなに魅力あるのかピョン?

 人間と妖怪を比べたら、誰だって人間がいいピョン。

 それにあいつ、性欲旺盛で、かなりのやりたがりピョン。

 一回やったら捨てられるんじゃないのピョン?」


「そ、そりゃそうかもしれないけど……」

 金玉は目を伏せて、申陽と交換した手巾をぎゅっとにぎった。

「でも、本当はやさしい人だよ」


「金玉に踏んでもらいたい系のやつピョン、キモいピョン。

 『汗臭そうだから近寄らないで』

 『ごめんちょっと生理的に無理』

 『なんで妖怪が人間面にんげんづらしてんの』

 とかいわれたいタイプピョン。変態ピョン。やめたほうがいいピョン」


「そんなのわかってる! でもぼくは……申陽さんが……」

 金玉はそういって、空の彼方を見上げた。


「申陽さん、早く帰ってきて……」


 *


 申陽は「あのウサギしゃべれたのか?」と驚き、「金玉、やっぱり私を愛してくれてたんだね」と安堵し、そして終わりには「あのウサギを焼き殺して食べてやる」と決意するようになった。


「……ふ~ん、おまえの帰りを待ってるのか」

 大羿たいげいはすごーくつまらなさそうにいった。


「そ、そうだ! 金玉は嫦娥じょうがさまに呪いをかけられて、困ってるんです!」

 申陽は、大羿に今までのあれこれを話した。


「嫦娥がそんなことをしたのか? 信じられないな」

「だけど実際にそうなんです。あのウサギも、パワハラだと言ってたでしょう」


「うーむ。なんとかしてやりたいが」

 大羿はもともとが英雄肌なので、困ってるといわれると、放っておけなくなるのだ。


「だが、嫦娥は月の世界にいて……いや、待てよ」

 大羿は、茶店でもらったカレンダーを見た。 


「嫦娥は、きっともうすぐ地上に降り立つ」

「どうして、わかるんですか?」

「なぜなら――胡美家コミケが開かれるからだ!」


 それは冥府魔道の道に堕ちた魑魅魍魎ちみもうりょうたちがあつまる、この世のものとは思われない、サバトのような恐ろしい集まりだった。


「今回は、嫦娥の好きな白澤はくたく先生が限定本を発売するからな。

 きっと買いにくるだろう。それに貔貅ひきゅう先生がお蔵出し本を出す。

 サイン入りは、会場限定だ。通販では取り扱っていない。

 嫦娥はくる……きっとくる!」


「……あの、なぜそんな情報を知っているのですか?」

「ああ、おれは明月鏡で嫦娥の生活はすべて知っているからな」


 ――音信不通の元妻のSNSを日々チェックする男である!


 申陽は「情けない男だな……」と思ったが、金玉の呪いを解くためにがんばった。


「では、嫦娥さまをご説得頂けないでしょうか?

 やはり御夫君ごふくんでないと。私もついていかせてください」


「いやー、そこまで言われたら、仕方がない。民の苦難を放ってはおけぬからな。それじゃあ、嫦娥のもとへ行くか」


 大羿は起き上がって、髪を整え、一張羅いっちょうらにきがえてきた。


 ――大羿は、本当はずっと嫦娥に会いたかったのである。


 だが「不倫したくせに、向こうから謝ってこいよ」だの「どうせあいつは、逢蒙みたいな若い男がいいんだろ」などといろいろ考えて、何千年も身動きがとれなかったのだ!


「そこの弓を持ってきてくれ」


 壁には、立派な大弓がかかっていた。

 申陽はそれを持ち上げようとするが――重い。

 自分では力持ちなほうだと思っていたが、こんなに重い弓があるのかとびっくりした。


「ど、どうぞ」

「うむ」

 大羿はそれをひょいと片手でつかんだ。


「さあ、行くぞ」

 弓筒を肩にさげ、きりっと空を見上げた姿は、昔日の勇姿、そのままであった。


「なあ、嫦娥には何を手土産にもっていったらいいと思う?

 それとも、何も持っていかないほうがいいかなあ? こっちが下手に出てるみたいだろ。

 あっ、嫦娥は逢蒙とは連絡とってないみたいなんだ。

 それに、他のやつと付き合ってる気配もないし。

 まだなんとかなると思うんだけど、どうかなあ」

 

 英雄に似つかわしくないことをグチャグチャいう大羿であった……。


 以下、次号!

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