申陽は大羿(たいげい)の弓を求めて放浪するのこと

69 申陽は七日七晩大羿(たいげい)の弓を探すのこと

 申陽しんようは、ほとほと困り果てていた。


 大羿たいげいの弓……名前だけは知っている。


 ――はるかな昔、太陽は十個あった。

 彼らは天の神さまの子どもで、毎日交代で空に昇っていた。

 だが反抗期を迎えた太陽たちは、盗んだバイクで走りだし、みんなで一度に空にのぼるようになった。


 おかげで、地上では大干ばつがおこり、作物は全滅。

 人々は飢えに苦しみ、熱中症でばたばたと倒れていった。


 地上の皇帝は、弓の名手、大羿を召し出した。


「太陽たちは、親の威光をカサにきて、やりたい放題だ。

 最近は、校舎の窓ガラスを壊して回る始末だ。

 あの悪ガキどもこらしめてやってくれんかね」

 

「ははっ」

 大羿は承知して、空を見上げた。


 太陽たちは「大羿は強そうだな。でも弱気になると、他の兄弟たちからバカにされるかも」と不安になって、前よりいっそう、傍若無人にふるまうようになった。


「ヒャッハッハッ、水だーっ!」

「食料もタップリもってやがったぜ!」


 太陽は、自分たちが蒸発させた水を村人たちから奪い、さらには火炎放射器をふりまわした。


「汚物は消毒だ~!」

 家々は焼け落ち、村人の髪に火がつき、あたりは阿鼻叫喚地獄となった。

 老人が火だるまになって、焼死してしまった。

 もはや反抗期の範疇ではない。


「きさまらの言うとおりだ。汚物は消毒すべきだな……」

 大羿は弓をつがえ、空にピタリと狙いをつけた。


「あっはっは、そんなに遠くて当たるかよ――あべしっ!」

 太陽は地上にドシャアアアッと落ちてきた。


「ひでぶっ!」

「うわらば!」

「うわぢゃ~っ!」

 太陽は奇妙な断末魔をあげながら、次々と地上に落ちてくる。


 太陽が残り一個となった時、地上の皇帝はこういった。

「大羿よ、もういい。一個だけは残しておくんだ。

 昼は天にのぼらせ、夜は地にしずませておこう。

 これで天の運行は定まるだろう」


「おい、今のが聞こえたか?」

 大羿は、指の関節をポキポキ鳴らしている。


「わ、わかったぁ! 言う通りにするっ! 殺さないでくれぇ~!」

 太陽は泣きわめいて命乞いをし、

 それからは、一つだけの太陽が天に毎日昇るようになったとさ……。


 *


「神話時代の話じゃないか。その弓を手に入れろなんて、無茶なことだ」

 申陽はため息をついた。

 だが、何もしないでいては婿取り合戦に負けてしまう。


 ほうぼうの博物館へいったが、大羿の弓はどこにもなかった。

 遺跡発掘をしても、同じだった。

 フィールドワークに出かけ、少数民族の村で古老から話をきいたが、手がかりは皆無であった。

 ただ、大羿の墓はどこにもなかった。

 大羿の子孫を名乗る人物もいない。

 これだけ有名人であれば、墓くらいどこかにあってもおかしくないのに。

 

 そして七日七晩が過ぎた。


 休憩に立ち寄った茶店で、申陽はダメ元で聞いてみた。

「あのう、このへんに大羿さんという方は……」

 いるわけないだろうな、と思いながら。

 

「ああ、あの飲んだくれね。この村にいるよ」

「どこですかっ?」


 ――昔話では、七日七晩探せば、たいていのものは見つかる!


「村はずれの、あばら家に住んでるよ。

 あの人、あちこちの店でツケをためててねえ。

 でも、大羿さんはすっごく強そうだから、みんな何もいえないんだよ。

 あんた、妖怪だろ? 

 すまないが、うちのツケを払ってくれるようにいってくれないかねえ」


 茶店の女主人は、ほとほと困ったようにいう。


「わ、わかりました」

 大羿は、国でいちばんの勇者のはずだったが……同姓同名なのか?

 申陽は首をかしげつつも、その家に向かった。


「もしもし、勇者大羿さま? いらっしゃいますか?」

「なにっ、勇者だと……」


 あばら家の土間に、ござをしいた上に寝ころんだ男がいた。

 蓬髪ほうはつのボサボサ頭であったが、筋骨隆々、並々ならぬ武人だと思われた。


「あなたが大羿さまですか? 私は――うわっ」

 申陽は歩み寄ろうとしたが、足元の酒瓶にけつまずいた。

 よく見ると、部屋には空になった酒瓶があちこちに転がっている。


「確かに、大羿はおれだ。何の用だ? 金ならねえぞ」

「私は欧申陽という者です。大羿さまの弓をお貸し頂けないでしょうか?」

「そんなもん、何にするんだ」

「結婚相手の親が、その弓をもってこなければ、結婚を許さないというのです」


「結婚…………ううっ、嫦娥じょうがァ! 戻ってきてくれえ!」

 大羿は、むしろに伏せてわっと男泣きしだした。


「じ、嫦娥さま……ですか?」

 申陽にとって嫦娥は、金玉にふたなりの呪いをかけた、恐ろしい魔女だった。


「嫦娥はおれの嫁だ。知らねえのか?」

「はい。月の女神さまだということしか」


「それじゃあ、語って聞かせてやろう……」

 大羿は酒瓶をぐいっとあおり、太陽を射抜いたその後の話を語りはじめた。


 以下、次号!

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