肝油は竜の珠を求めて竜宮に向かうのこと

66 肝油はヨウスコウカワイルカを助けるのこと

 肝油に与えられたミッション・インポッシブルは、竜の珠をとってくることである。


「そうはいってもなあ」

 肝油は、とぼとぼと川べりを歩いていた。


 竜といえば、竜宮城。

 竜宮城といえば、海の底。

 どうやって海底にいけというのだろうか?


「――ん?」

 近くで、わーわー騒ぐ声が聞こえてくる。

 岸に、灰色のイルカが打ち上げられている。


 ――ヨウスコウカワイルカは、淡水に棲んでいるのだ!


 二人の男の子が、イルカを棒でばしばし叩いている。

 さらに、片方がこういった。


「この棒を突っ込んでやろうぜ!」

 ――おいおい、残酷描写のセルフレイティングを入れなくちゃならないだろうがよ。


「おめえら、弱い者いじめはやめろよな」


 肝油の人相は悪い。

 刀傷が入った、目つきの鋭い男を見た子どもたちは、たちまちおとなしくなった。


「う、うん」

「すみません……」


「まったく。それより、おまえらの棒を使えよ。そのほうが、ずっと楽しいぞ」

「それって、どういうこと?」


「だからな――」

 肝油は懇切丁寧に、子どもたちに後ろでのやり方を教えてやった。


 ――棒は叩くものではない。それぞれおさめるべきところがあるのだ、と。


「ほらよ。これで和合油わごうゆでも買うんだな」

 子どもたちに、お小づかいを渡してやった。


 和合油とは、いわゆるひとつの潤滑油のことである! 

 

「うん! おじさん、ありがとう!」

 子どもたちは礼をいって、お互いに見つめ合った。


「おれからやってもいい?」

「おじさんが、慣らしてからにしろっていっただろ」


 肝油はそれを尻目に(べつに他意はない)、イルカを抱き上げて、川に戻してやった。


「ほらよ、もうこんなところにくるんじゃないぞ」


 イルカは礼をいうように、くるくる泳いでから、尻尾でぴしゃんと水面を叩き、水底に消えていった。


「ふっ、良いことしたあとは気持ちが良いな」


 ――なにか他意のある表現のように聞こえるかもしれないが「善行をほどこすと、幸福感が増す」というほどの意味である!



 ――その夜。

 海に向かって、川を下っていた肝油は、木の根元で野宿をしていた。


「もしもし」

 夜更け、人品卑しからぬ老人が、肝油のもとを訪れた。


「なんだ、じいさん。徘徊はいかいしてるのか?」


「いえいえ、とんでもない。私は頭はしっかりしておりますよ。

 当家の若様を救って頂き、誠にありがとうございます。

 ささやかながらお礼をしたいのですが、私と一緒についてきて頂けないでしょうか?」


「はあ? べつにおれは誰も救っちゃいねーぜ。人違いじゃねえのか」


「ま、まあ、いくらかご認識の違いがあるかもしれませんが……、

 あなた様もご立派な大人たいじんなのですから、ここはひとつ、空気を読んで頂いてですね……」


「よくわかんねえが、まあ行ってやってもいいな」

 肝油は「このへんは虫が多いな」と野宿にうんざりしていたのであった。


「そうこなくては!」

 老人は、肝油の手をぐっとつかんだ。


「うおっ! なんだ、ここは?」

 そこは、金銀の屋根瓦をふいた、月宮殿に勝るともおとらない、成金趣味ギリギリの豪奢ごうしゃな屋敷の門前であった。


 不思議なことに、門の外には海藻の林がたなびき、色あざやかな小魚がすいすい泳いでいる。


「ささっ、どうぞこちらへ」

 老人が案内する。

 肝油はいま気づいたが、老人は大きな甲羅のようなものを背負っている。


「申し遅れました、私、霊公れいこうといいます。このお屋敷の執事でございます」


「ここ、海の底か? もしかして、竜宮城なのか?」


「ええまあ、そう呼ぶ者もおりましょうな。

 このお屋敷のあるじは、東海龍王さまでございます。

 海をおさめる、とてもお優しい方でございますよ」


 ――じゃあ、竜の珠とやらはここにあるんじゃねえか?


 通された豪華な広間には、長いひげを持つ、柔和そうな王が座っていた。


「おお、そなたが息子を救ってくれたのか。

 まことにかたじけない。この礼はなんでもしよう」


 肝油は相変わらず「人違いじゃねえの?」と思っていたが、とりあえず話を合わせて、竜の珠をもらおうとした。


 ――その時!


「勇者さま!」

 年の頃、十七、八というくらいの銀髪の美少年が駆け寄ってきて、肝油に抱きついた。

 彼は抜けるように色が白く、目元に色っぽい泣き黒子ぼくろがある。


「な、なんだ、おまえっ?」


「あなたさまに命を助けてもらった者です。

 ぼくがはずかしめられようとしていたところを、悪漢から救ってくれたでしょう?」


 ――助けた……まさか、あの灰色のイルカ?

 肝油は、やっとストーリーのあらましをつかんだ。


「ぼく、銀明ぎんめいといいます。勇者さまのお名前を、お教えくださいませ」


「肝油だけどよ」

「ああ、肝油さま! なんて勇壮なお名前なんでしょう」


 タラの肝臓から抽出した油、という意味しかないが……。


「その子は、わしのたった一人の子でねえ。

 大きくなったが、甘えん坊で頼りなくって。

 早く良い婿を見つけてほしいと思ってたんだよ」

 

 東海龍王は、にこにこしながらいった。


「さあ、まずはお客様のおもてなしだ。

 どうぞごゆるりと楽しんでくださいませ」


 そして肝油は、宴席に座らされるのであった。


 色とりどりの皿には、美味そうな料理がたくさん並べられている。

 が、魚介類はひとつもなかった。

 肝油が肉のような何かを食べると、どうやらそれは大豆ミートであるらしかった。


 竜宮城で魚が食べられてたら、共食いだからな……。

 肝油は納得するのであった。


 イサキが葡萄酒を運んでくる。

 そしてアカイサキが七弦琴を弾き、シマイサキとテンジクイサキが、曲に合わせて舞い踊る。

 この世のものとは思われないイサキ尽くしの光景を見ているうちに、なんとなく愉快な気持ちになってくるのであった。


「さあ、肝油さま。もっとお飲みなさいませ」

 銀明は肝油の側にはべって、美酒をついでくれる。


「い、いや、もういいぜ。

 ところで、ここに竜の珠ってのはあるか?

 よかったら、そいつをくれねえかな」


「はい、それはぼくが持ってます。もちろん差し上げます。それより……」


 銀明は、肝油にぴったり寄り添って、ささやくように言った。


「ぼくは、父から『肝油さまに、一生懸命ご奉仕なさい。大恩を返すためには、それしかない』と言いつかっております。ですから、その……」


「おめえ、意味わかってんのか?」


「あの、床の準備はできております。

 ぼくがご案内しますから、そろそろ寝ませんか? 二人で……」

 銀明は、ぽっと顔を赤らめた。


 ――なんたるご都合主義!

 いまどきエロゲでもこんな展開はない!


 以下、次号!

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