第四章 婿取り合戦がはじまるのこと

読者さまのリクエスト① お母さんを登場させて

60 帝は金玉に結婚を申し込むのこと

「陛下、金玉さまの診察が終わりましてございます」

 侍医の華駄は、帝にうやうやしく礼をした。


「で、金玉はどういう状態なんだ」

 帝は金玉の変化に仰天し、彼を医師に診察させた。


 さすがの皇帝といえど、ふたなりを相手をしたことはなかった。

 彼を知り、己を知れば百戦危うからず――うかつに前進するのは無謀だと判断したのだ。

 一応、皇帝としての理性は残っていた。


「はっ。金玉さまは、男の機能も、女の機能もどちらも問題ございません。

 あとひと月もすれば月のもの(生理)がはじまって、お子を産めるようになるでしょう。

 それともちろん、完全無欠な処女でございますな――前も後ろも」


 どうやって診察したのだろうか?


「よし、では金玉を正妃にするぞ」

 皇帝はいつものようにサクッと決断した。


「金玉は月界に行き、嫦娥じょうがさまから、あの体を与えてもらったのだという。我が想い人が妊娠できるようになったというわけだ。素晴らしいな!」


 皇帝は金玉を愛していたが「金玉が妊娠できたらなあ。誰はばかることなく、正妃に迎えられるのに」と惜しく思っていた。


「ほんとにようございました……これで大糖帝国の繁栄は間違いなしでしょう」


 丞相は感激の涙を、手巾ハンカチでそっとぬぐった。

 皇帝が全快し、理想の妃が現れたのだ。大臣としては、何もいうことはない。

 

「まず、嫦娥さまにお礼の儀式をせねばな。一万人の道士を呼んで、ありったけの紙銭を燃やせ。

 そして、都に嫦娥さまの新しい廟を建てるぞ。

 月宮殿に負けないよう、とびきり豪華な廟をつくれ。期間は十年をめどに考えろ」


「ははっ」

 いかにも皇帝らしい感謝の仕方だった。 


「さらに――私は金玉の月のものがはじまるまで、我が身を清浄に保つぞ!」


 オナ禁するぞ、男も女も抱かないぞ、ということである。


「へ、陛下! それはまことでござりましょうな!」


 丞相は「あの、一日数回も女を抱いて、それにも飽き足らず猿のように尾南オナンの咎を犯し続けてていた皇帝が?」とびっくりしてしまった。


「くどい! 綸言りんげん汗の如しだ。

 これまで私は荒淫にふけり、節度を保てなかった。

 それゆえに命を失いかけたのだ」


 まあ、自分の欠点はわかってるらしかった。


「だが、今後は違う。一発必中いっぱつひっちゅうだ。

 私は金玉を初夜で懐妊させるぞ! 子種を養生させて、ためておくのだ」


 それはなんだか、濃そうだった。


「陛下……ご英断でございます!

 きっと後々の世まで、陛下の名は、賢君けんくんとして語り継がれることでしょう」


「うむ」

 丞相の手放しの礼賛に、皇帝は満足げにうなずいた。


「皇帝陛下、万歳! 大糖帝国、万歳!」

 丞相はひざまずき、皇帝をたたえた。


 それを見ていた他の者たちも、続いてひざまずき、万歳三唱した。

「皇帝陛下、万歳! 万歳! 万々歳!」


 肝油と申陽も、それに合わせて万歳をしたが、小声でこういっていた。

「……そんなにたいしたことか?」

「まあ、一ヶ月はきついだろう」

 

「それより、皇帝が立候補したぞ。どうすんだ。勝ち目ねえぞ」


「まあ待て。親の許しがなければ、たとえ皇帝といえど、嫁にとることはできないのだ。


 昔、晋の国の王は、ある娘を妾にしたいと思った。だが、娘には既に夫がいた。両親は『義にもとることはできない』と考えて、王の頼みを三度も断った。


 王が宝を与えるといっても、罰を与えるといっても、夫婦交換スワッピング――王は娘の夫に、自分の妃と、娘を交換しようと申し出たのだ――でいいから、といってもダメだった。王はあきらめ、しぶしぶ引き下がった。


 これを『三顧の礼を蹴る』という――ダメなものはダメなのだ。今でも、この伝統は続いている。これを利用するしかないな……」


 *


「――えっ、みんなでぼくの家に行く?」

 新しい服に着替えてきた金玉は、戸惑った声で答えた。


 申陽は皇帝に「正式な婚礼をしたいのなら、まずは親の許可を得るべきでしょう」と提言したのだ。


 さらに、肝油にこうささやいた。

「いまや皇帝の勅命をくつがえせるのは、ご両親の発言しかない。婿として立候補するのは自由だ」と。


 しかし肝油は

 ――そんなもん、普通の親なら皇帝を選ぶに決まってるだろうが。スキを見て金玉を連れだすしかねえな。

 と、盗賊らしく考えた。


「あ、あのっ……ぼくがこんな体になったと知ったら、父さんと母さんは驚くと思うんです。だから、ぼくが先に家にいって伝えようと……」


「それには及ばぬ。こちらから使いを立てて、説明しておこう」

 皇帝はサクサク話を進めていく。


「私が参りましょう」

 丞相が、自ら名乗り出た。


「おお、頼むぞ。礼を失しないようにしろ」

「ははっ」


 老年の丞相――かつて最年少で科挙に状元(首席)で合格した男だ。

 法律にも経済にも明るく、先代から引き続いて国の要職を務めている。

 忠義の念深い彼は、こう決意していた。


 ――この縁談、必ずまとめてみせる!


 丞相は、皇帝を幼い頃から知っていた。

 聡明で決断力があり、カリスマ性もあった。

 皇帝の器としては、申し分がなかった。


 だが、帝は荒淫が過ぎた。

 タバコ休憩がわりに、まっぴるまから妃を呼び出しては、雲雨の交わりをおっぱじめる。

 おかげで、宮殿の床はびしゃびしゃ。

 夏も冬も、床は淫水で通り雨がふったかのように濡れて、床でころぶ者は数知れなかった。(大陸的誇大表現)


 帝は荒淫のせいで病み衰え、一時は死線もさまよった。


 ――だが、お恵み深い嫦娥さまが、金玉さまをふたなりにしてくださった。


 陛下は金玉さまに本気で惚れているようだ。それは尾南禁オナキンの誓いからも明らかだ。

 

 ――陛下には、金玉さまと結婚して頂いて、一穴いっけつ主義者になってもらう。

 そして子どもをたくさんもうけて、政務に集中して頂くのだ。そうすれば、大糖帝国は安泰だ!


 丞相は国家百年の計を考え、馬に車をひかせて、急ぎ金玉の家へと向かうのであった。


 以下、次号!

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