59 帝に子授けの薬を献上するのこと

「――よし、やったぞ! 子授けの薬が完成じゃ!」

 太上老君は炉から鍋をおろし、なかの薬を練って、丸薬をいくつか作った。


「そなたらにも、わけてやろう。

 これで帝にも子が生まれて、この国の平和は続くだろう」


「そりゃ、ありがてえんだが……」

「太上老君さま、金玉の体を何とかしてやってくれませんか?」


 金玉は兎児を抱いて、どうしていいやらわからないというふうに、立っている。


 *


 みなは仙丹ができたお祝いに、仙丹クッキングで使わなかった蟠桃ばんとうの実の部分をおやつに食べることになった。


「つまり、そなたは嫦娥の怒りを買ったせいで、ふたなりになったと?」

 太上老君は、金玉の向かいの席からたずねた。


「はい、そうなんです。で、でもっ! 太上老君さまなら、きっと何とかできますよねっ? どうかお助けください!」


「できなくもないが……そもそも、なにか困ることがあるのか?」

「えっ」

 金玉は意表をつかれた。


「男の機能は問題ない。そなたは子を産めるようになっただけだろう。

 わざわざ治す必要があるか?」

 太上老君は、長いヒゲをしごきながら、ゆったりと答えた。


「そ、そうだっ! 今の金玉なら、私のおばさんもきっと結婚を認めてくれるよ。

 人間万事塞翁が馬だ――何が不幸になるか幸福になるかわからない。もっとポジティブに考えよう」


 実際のところ申陽は「女の胸か……いや、私は平たい方がいいんだが」と思っていたが、金玉の好感度をあげたかった。


「申陽さん……」

 金玉は、月下氷人が「ぼくには、前世からの約束を持つ運命の人がいる」といっていたことを思い出した。

 まさか、申陽さんが――?


「ま、どうしてもというなら、ひざまずいてわしの痔をなめろ。

 そうすればすぐに戻してやるぞ」


 金玉は考え――るまでもなく「ぼくにはできない」と悟った。


「やっぱりおまえ、ただの変態ジジイだな! もう出発しようぜ。

 金玉にヘンなことされちゃ、かなわねえしな」


 *


 かくして一行は、子授けの薬を持って、早々に都に戻るのであった。

 西風大王の札を使えば、帰路は一瞬であった。


 そして宮殿で、面会の手続きをする。

「また前みたいに何時間も待つのか? やってらんねえな」

 肝油がぶちぶちいった。


「じゃあ、これを使おうよ」

 金玉は首にかけた印璽をとりだした。

 これは帝からもらった、妃のしるしだ。


「あのー、すみません。ぼく、帝のお妃です。

 できるだけ早く、帝にお会いしたいんですけど」

 金玉は窓口の人に伝えた。


「はいはーい、しばらくお待ちください」

 それでもやっぱり、待つのであった。

 

 金玉たちが椅子に座って待っていると、宮殿の奥から使者がかけ足でやってきた。


「――金玉さま! 第三貴妃の金玉さまでございますねっ?

 どうぞお急ぎを。帝がお待ちしております」


「は、はいっ」

 使者はせかせかと歩き、ほとんど走っているくらいだった。


「金玉さま、間に合ってようございました。

 最近、帝の容態はことにお悪いのです」


「えっ、どうしたの? ぼくが出発した時はお元気だったのに」


「お急ぎください! 一刻の猶予もありませぬ!」

 金玉たちは使者にせかされて、宮殿のなかを走り抜けるのであった。 


 *


「おお、金玉か……」

 寝台によこたわる帝は、木乃伊みいらのようにやせこけて、素人目にも、その命は風前のともしびだと思われた。

 周囲には、丞相と侍医、おつきの者たちが沈痛ちんつうな表情で立っている。


「陛下! どうなされたのですか」

「ち、近うよれ……」

 金玉はその言葉に従い、帝の枕頭におもむいた。


「おいおい、どうなってんだよ」

「死相が浮かんでるぞ」

 肝油と申陽がこそこそいっていると、侍医の華駄かだがため息をついた。


「陛下は、恋の病にかかってしまったのだ。

 金玉さまのことを思って、日に二十回も精をいっするありさまであった。

 我々がいくらおとめしても聞かず……」


 ――帝は生まれてこのかた、欲しいものが手に入らぬことはなかった。


 しかし、たった一つだけ得られぬものがあった。

 抱けなかった金玉のことを思うと、惜しくて、悔しくて、切なくてたまらなかった。

 そしていよいよ金玉への恋心がつのり、とうとう瀕死の状態になってしまったのだ。


「目、目がかすむ……金玉、どこだ?」

 帝の手はむなしく空をつかんだ。


「ぼくはここです!」

 金玉はその手をしっかりにぎった。


「最期におまえに会えてよかった……金玉、愛しておったぞ」

「陛下!」


「金玉、帝に子授けの薬をのんでもらうんだ!」

 申陽が丸薬をとりだした。


「……でも、子授けの薬が効くの?」

 金玉は、もっともな疑問を口にした。


「偉大なる仙人、太上老君さまの作った薬だぞ。きっと奇跡を起こしてくれるさ」

 わしの痔をなめろ、という人物でもあったが。


「そ、そうだね。陛下! 仙人さまがつくった薬をもってきました。のんで頂けませんか?」

「口移しで頼む……」


「いや、素人がやったのでは誤嚥ごえんの可能性があります。僭越せんえつながら、私めが!」

 侍医の華駄が口を出してきた。


「さ、下がれ、痴れ者め……自分でのむ」

 帝は弱々しく命令し、死力をふりしぼって薬をのみくだした。


 金玉は「そういえば、この薬にはぼくの初めての精が入っているんだな」と思って、ぽっと顔を赤らめた。


 ――すると。

 帝は、やにわにむくっと体を起こした。


「へ、陛下?」

 帝の顔色はよく、目に輝きが戻っている。


「うーむ、清々しい気分だ。体中に力がみなぎってくるようだ。

 おい丞相、波斯ペルシアから西はどうなっておるのだ?」

 帝は、いきなり力強く話しはじめた。


「は、ははっ。そこは陛下のご威徳いとくがまだまだ行き届かぬ土地でございます。

 牛肉を喰らい、ぶどう酒を飲む蛮人が暮らすと聞いております」


「朕は、なんだか世界征服したい気分だぞっ☆

 まずは大陸をすべて大糖帝国のものとしよう。

 それから四方の島々の蛮族をすべて従え、世界をひとつにするのだ」


 帝は、いきなりチンギスハーンかアレクサンドロス大王のようなことを言いはじめた。


「いや、まずは足元から固めねばな。

 この大糖帝国に、まだ余が征服していない土地がある!」


「そ、それはどこでしょうかっ?」

 丞相はうやうやしく尋ねた。


「金玉――おまえだっ!」

 帝は、いきなり金玉を寝台に押し倒した。


「きゃっ?」


「私をこんなに苦しめおって! 憎くもいやつだ。

 さあ、余の威光いこうにひれ伏すがよい」

 金玉を組み敷き、その帯を解こうとする。


「お、おやめくださいっ!」

 金玉は抵抗するが、その猛虎のような勢いは止められなかった。


「帝、落ち着いてください!」

「おい、帝がご乱心だぞ!」

 申陽と肝油が止めようとしたが、丞相にさえぎられた。


「や、やめてくれ……もう、帝の命は尽きるのだ。

 せめて、最後に恋しい者を抱かせてやってくれ。頼む!」


「あのな、丞相さんよ! 帝はもう治ってんだよ! ギンギンじゃねえか!」

 肝油は適切な諫言かんげん――問題点を指摘すること――をした。


「いやあっ、誰かっ、助けてえーっ!」

 金玉の甲高い悲鳴が響き渡る。


「ふふふ、今なら連続発射も可能な気がするわ――むっ?」


 帝が金玉の服をびりっと引き裂くと、そこにはピンク色の乳首の――それは美少年時代から変わらなかったが――たわわな乳が飛び出た。


「……そなた、女人にょにんだったのか?」

 さっきまでは興奮しすぎていて、金玉の変化に気づかなかったのだ。 


「ぼく、男でも女でもあります……」



 子授けの薬を献上するという旅の目的は果たした!

 さて、これからどうなる?


 以下、次号!

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