58 第一話の伏線を回収するのこと

 しゃららーん、という効果音が鳴り終わり、金玉はこわごわと目をあけた。


 ――まさか、ぼくはヒキガエルにでもなってしまったのでは?

 金玉は両手を前につきだしてみた。

 いつもの自分の手だし、視点も変わっていない。すると?


「き、金玉、大変だピョン! 胸、胸!」

「えっ?」


 そういわれて胸を見ると、着物の下がもっこりとふくらんでいる。

 この表現は不適当かもしれなかったが、何らかのふくらみかあるのは確実だ。


 ――ぼく、女の子になっちゃったの?

 金玉はあわてて、服の上から股間をさわった。

 それはいつも通りにあった。


「ふはははははっ、どうだ、ふたなりになった気分は!」

 嫦娥が、悪の女幹部のような口調で高笑いした。


「ふ、ふたなり……?」


「両性具有のことピョン! でも生物学的な意味での両性具有とはほとんど関係なくて、男でも女でもイケるぜ、たまんねえな、ってところに焦点があてられたエロキャラピョン!」


 兎児は、この世界でのふたなりワードについて説明した。


「ククク……その体なら、リバも楽しみ放題だのう。ありがたく思え」

 第一話目からわかる通り、月の女神、嫦娥は歪みまくっていた!


「嫦娥さまっ! ぼくはリバなんて何もしらなくて、ただその……」


「おー、いたいた。金玉くん、探したぞ」

 ちょびヒゲ姿の月下氷人が、ファイルを手にして部屋に入ってきた。


「君のファイルは、男のフォルダにはなくて『男でも女でもある者』に入ってあったんだよ。

 いやー、ハハハ。わたしも、君が男だと勘違いしていてねえ」


「ぼ、ぼくは男でしたよ!」

 ついさっきまでは……。


「金玉、ぼくを抱っこするピョン! 早く!」

「う、うん?」

 金玉がそうすると、兎児はふくらみをモミモミして、こういった。


「うーん、BとCの中間ってとこピョン。

 まあ、これから大きくなるかもしれないから、期待しておくピョン」

「なんの話してんだよ!」


「えーと、それで、君の運命の相手だがな」

 月下氷人は、指にツバをつけて書類をめくった。


 これは加齢によって指のあぶらが減って、紙がめくりにくくなるため、ツバをつけて指を湿らせているのである。


「い、いるのっ? こんなぼくに?」

「うむ。安心しろ。ちゃーんといるぞ。それも前世からの約束を交わしている。

 とても強い絆だぞ。その名前は……」


「ええいっ! まだそこにおるのか!

 さっさと下界に落ちて、男からも女からも陵辱されるがいいわ!」

 

 嫦娥は一喝し、金玉にさっと手をかざした。


 *


「ああ、金玉……君は今、どこに?」

 申陽は、太上老君たいじょうろうくん宅の中庭から、真昼の月を見上げていた。


「そういえば、そろそろ七夕が近いな」

 

 牽牛巡合織女星 空では彦星と織姫が巡り合う

 今夜連床散恋心 彼らは枕を並べて恋を語るのだろう

 白猿泣涕零如雨 だが私は(君がいなくて)涙が雨のようにあふれる

 同衾枕下今度夢 今度、君と枕を並べて同じ夢を見たい

 (ここには「枕の下の今度夢コンドームを君に使いたい」という意味も含まれている)


「おい、エテ公! さっさと炉に戻ってこいよ!」

 ススだらけの顔の肝油が、背後から叫んだ。


「今は私の休憩時間だろう? 詩くらい作らせろ」


「うるせえ! 金玉が行方不明になったってのに、よくそう、のんびりかまえてられるな。本当は金玉のことなんてどうでもいいんじゃねえか?」


「それはちがう! 才子佳人小説では、離れ離れになった恋人を想って詩をうたうのが、見せどころとなっているのだ。ゆえに私は――」


「なにが詩だ! チラシの裏にでも書いておけ!」

「最近のチラシは両面印刷がほとんどだろうが!」


 ――がらがらっ、ぴしゃーん。

 白昼に稲光がひらめき、中庭に雷が落ちた!


「な、なんだ――あっ、あれは!」

「金玉!」

 

 雷が落ちたところには、よく見知った人物が座り込んでいた。


「金玉! 今までどこに……いや、なぜ雷が?」

 とりあえず、そんなことはどうでもいい。

 申陽が駆け寄ろうとすると、金玉は叫んだ。


「――いやっ、こないで!」

「な、なぜだい? それより、ケガはしてないのかい?」


「おっ、あのウサギもいるぜ」

 兎児は、金玉の胸にしっかり抱かれている。


「だって、だって……」

 金玉は、ぽろっと涙を流した。


「ぼく、もうお婿になれないっ! お嫁さんにも……こんな体になっちゃったんだもん!」


 ――まさか!

 申陽は、金玉が落花狼藉の憂き目にあったのではないかと想像して、だっと駆け寄った。


「ん? 金玉……か?」

 金玉は涙に濡れた瞳で、申陽を見上げた。

 いつもと変わらない美しさだが、なんとなく妖しいなまめかしさがあるような。


「ぼく、ぼく……こんなになっちゃった……」

 金玉は、抱っこしていた兎児をはなした。そこには、隠すべくもないふくらみが存在していた。


「おまえ……女になったのか? いきなりTS(性転換)か?」

 肝油は悲愴な声でたずねた。

 だいたいなんでもイケるが、それは相手が男だからであって、女は違うんだなあ~、という思いを抱きながら。


「ううん、まだついてるよ」

「ほんとかっ?」

 肝油は真実を確かめるため、高潔な志で、金玉の体をまさぐった。


「や、やめろよっ!」

「フフン。服の上からじゃよくわかんねえな。前みたいに、丸出しになれよ」

「そんなの、やだよ!」

「今さらなんだ? おれはおまえのを咥えてやったんだぜ?」


「ええい、肝油、やめろ!

 つまり、君は、金玉……ふたなりになったというのか?」


「嫦娥さまがお怒りになって、ぼくをこんな体にしたんだ。

 ぼくがリバなんて言い出すからっ……ああ、なんてぼくは愚かなんだろう!」


 金玉は顔をおおって、さめざめと泣くのであった。 

 だが今でも、なにがそんなに嫦娥の怒りを煽ったのか、よくわかっていない。


「うーん……、おれはアリかな」

 肝油は腕組みしながらいった。


「ほんとっ?」

「まあ、胸がふえて穴があいた程度なんだろう。金玉は何も変わっちゃいないさ」


 ――そうだろうか?


「申陽さん! 申陽さんはっ?」

「わ、私か?」

 金玉は、泣きぬれた顔で申陽を見つめた。


「こんなぼく、きらい……?」

 なぜだか金玉は小指をかみ、そっと顔をふせた。


「い、いや、そんなことは、決して……」

 申陽はろくろく考えもせず、金玉の怪しい魅力に同意しかけた。


「まっ、もうちっと詳しく身体検査しなきゃ、なんともいえねえよな。

 金玉、脱げよ!」


 肝油は「サッカーしようぜ!」なみにさわやかにいった。


「た、確かに……今は真贋しんがんを見極める時だ!

 私も医学上の興味があるしな。さあ、金玉、おいで」


「や、やだっ! また、いやらしいことするんでしょ?」


「そうじゃねえよ。おまえの体を調べねえとな」

「そうそう。女人の体は初めてなんだろう。金玉だって、自分の体のことをきちんと知っておかないと」


「そっか……」

 金玉はあまりの変化に動揺して、ついうかうかとムードに流されそうになった。


 だが、その時!


「きさまら、またさぼっとるな!」

 太上老君が中庭に出てきて、怒鳴り散らした。


「あと少しで仙丹が完成するんだ! さっさと働け、奴隷ども!」

 仙人は烈火のごとく怒り、肝油と申陽を引きずっていった。



 第一話から「ふたなり」という単語が出てきたのは、このためだったのか?

 はーい、先生! ふたなりはBLに入りますか?


 以下、次号!

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