金玉はふたなりの呪いをかけられるのこと
57 金玉は貴婦人たちの逆鱗にふれるのこと
金玉が目をひらくと、そこはきらびやかな宮殿のなかだった。
空にはきらめく星々が浮かび、
「さあ、
占い師は、宮殿の一室に入った。
そこにはたくさんのファイルキャビネットがずらりと並んでいた。
「ここには、この世の男女のあらゆる
まずは、金玉くんのファイルを探してみよう」
「なーんだ、あなた、もしかして正体は
ヒキガエル姿の百花は、つまらなさそうにいった。
「むっ、いかにもその通りだが……」
「縁結びの神さまが、恋占いしてたのね。
そんなの絶対当たるじゃない! だって、自分が結びつけてるんだから」
――THE自作☆自演である。
「かまわんじゃないか! たまにはそういうロマンチックなことがあったって!」
「あーあ、せっかく当たる占い師さんがいると思ったのに」
「なんだね、このヒキガエルは。やけに上から目線で!」
「ま、ま……いいじゃないのピョン。みんな仲良くピョン」
「えーい、うっとうしいウサギだな。私はしばらくここでファイルを探しておく。
また後からきてくれ!」
そういうわけで、金玉たちは部屋から追い出されてしまうのであった。
「と、ところで……もしかしてここって、天界?」
「そうよ。ここは月の世界。月宮殿っていったでしょ」
金玉の疑問に、百花が答える。
「やったね、兎児君! おうちに帰れたよ!」
「これも金玉のおかげだピョン! さあ、
「えっ、嫦娥さま……」
百花は沈んだ声を出した。
「どうしたピョン?」
「わたし、嫦娥さまにこの姿にされたのよ。きっとまだお怒りだと思うわ」
「嫦娥さまって、月の女神さまだよね。そんなひどいことするの?」
「いえ……これは私が悪かったのよ。
でも、いい機会だわ。嫦娥さまに私の想いを伝えにいきましょう」
かくして一行は、きらびやかな宮殿の回廊をわたって、嫦娥のもとへと向かうのであった。
*
――金玉に月の呪いをかけた張本人、嫦娥の登場である!
かつて嫦娥は単なる気まぐれから、金玉の母、香月を通じて、忌まわしい呪いをかけようとしていたのであった!
それもこれも、自分が鬼畜陵辱シーンを見たいがためである!
嫦娥は自室でごろごろしながら、下界の
「まったく、この作者はふたなりが好きだのう」
それは、若かりし頃の香月が書いた同人誌であった。
嫦娥にふたなり嗜好はなかったが、香月がふたなりふたなりと言っていたので、おおらかな心で「このジャンルを勉強してみよう」と思って、読んでみたのだ。
――自分が呪いをかけようとした相手であっても、同人誌を書いていれば、とりあえずは読む! それが
「うーむ……もっと陵辱展開があればなあ。ふたなりとて一向にかまわんのだが。ラブラブハッピーエンドは性に合わんわ」
嫦娥は、どこの誰が理解してくれるのだろうかという身勝手な感想をつぶやいた。
「嫦娥さま。失礼いたします。ご来客です」
侍女が外から声をかけてきた。
「誰だ?」
「
「なに、百花仙子だと!」
嫦娥はちょうど、BL作品について語り合いたい気分だったのだ。
*
「嫦娥さま、お久しぶりでございます」
百花はヒキガエル姿で、嫦娥の前に進み出た。
「百花か。まだその姿でおるのか。
呪いは美少年の口づけで解けるといっておいたろうが」
嫦娥は百花に呪いをかけたが、そこまで厄介な呪いではない。仙人同士であるので「ちょっとしたいたずら」くらいのものだ。
「嫦娥さま。わたしは美少年から口づけされたいのではなく、男同士が濃厚な口づけをするシーンを見たいのでございましてよ」
百花は、腐った思考を端的に解説した。
自分でも呪いを解けないことはなかったが、そんなことより、下界で新作BLをチェックすることに忙しかったのだ。
「そうなの? でもキスしてあげるね」
金玉はそういい、ひざまずいてヒキガエルの頬に口づけをした。
――金玉は自分でハッキリと明確に「ぼくは美少年」だと自己規定している……。
どろろん、と。
白い煙が立ちのぼり、つややかな黒髪、切れ長の目の美女が現れた。
嫦娥が華やかな牡丹の花だとすれば、百花は水仙の花のように清らかだった。
「まあ、ありがとう。これで毎晩、推しキャラの抱き枕を抱いて眠れるわ」
――だが、言うことときたら、これだ。
「そなたの推しキャラ……また親父か?」
嫦娥は、呆れたように問いかけた。
「ええ、そうですわ。親父単体というより、親父を攻める年下込みでの萌えですわね」
「まだそのようなことを言っておるのか。親父は攻めでよかろうが」
「いいえ! 親父は攻められても美味しゅうございますわ」
――金玉には、彼女らが何をいっているのか、さっぱりわからなかった。
「え~と、そもそも嫦娥さまは、なんで百花さんに呪いをかけたピョン?
お二人は仲が良かったんじゃないのピョン?」
百花は、嫦娥の筆頭侍女で、まめまめしく仕えていた。コミケにも荷物持ちとしてついていくくらいだった。
兎児はそのことを知っていたので、不思議がった。
「こやつが、
それは三国志BLの話であった。
蜀軍は
孔明は劉備亡きあとも、阿斗を助けていた。
だが、孔明が亡くなったあと、蜀の国は急速に傾いていくのであった。
「それなら孔明×阿斗に決まっておるだろうが!
孔明は阿斗に愛しい劉備の面影を重ねて、想いを募らせるのだ」
それは劉備×孔明を前提としたカップリングである。
いやもしかしたら孔明×劉備かもしれない。
「いいえ、それは一面的にすぎますわ。
阿斗は自分を支えてくれる孔明に、道ならぬ恋をしてしまうのです。
そして孔明は、若い君主をいさめなければと思いつつも、あえて黙って、その想いを受けとめる覚悟をするのです。
なぜなら、それが劉備への忠義だと信じるから……!」
孔明はいいとして、なぜその相手が阿斗なのだろうか。
彼は暗愚とされ、不人気キャラナンバーワン、色気もへちまもない人物である。
いや、この世界は広い。
きっとどこかの会場では、既に阿斗オンリーイベントが開かれているのだろう。
「ふん、やはり百花とは趣味が合わんな!」
「嫦娥さまこそ、年上=攻めにとらわれすぎでございます!」
そして、なおも腐った会話が続けられていく。
金玉は、月界の神秘な世界を前にして、いろいろと考えをめぐらせた。
――えーと、仙女さまたちは、どちらが入れるかどうかで議論しているのかな?
例えば、ぼくが申陽さんに入れられるか、ぼくが申陽さんに入れるかってこと?
まあ、そうだ。そしてこの世界での表記は「左が攻め」と決まっている。
――そうなんだ。でも、二人が愛し合っているのは変わらないんだよね。だったら……。
「かわりばんこにしたらいいんじゃない?」
仙女たちはぴたりと会話をやめた。
「なに……?」
「だから、交代しながらやったらいいんじゃないの? 先に孔明が入れて、それから阿斗が入れるとか」
「……百花よ、聞いたか、今の言葉!」
「ええ、リバでございますわね」
リバとは、リバーシブルの意味である。裏面表面、どちらでもいけるということだ。
「おのれ……ゆるさんっ!」
嫦娥はまなじりをキリリとあげ、怒髪天をつく勢いであった。
「よくもそのような
え? な、なんで……?
金玉には、この展開はまったく予想外だった。平和的な解決策を提案したと思ったのに?
「ああ、恐ろしい……今までその言葉で、いくたびの炎上が起こってきたことか」
百花は、身をふるわせている。
東洋では、受け攻めを固定するのが一般的である!
そしてこれまで、リバ表記があいまいだったり、リバ解釈の相違のゆえにトラブルが起こったりなどして、リバにまつわる炎上は数知れない!?
知らんけど。
西洋のスラッシュ(同じく、腐った文化)では特に受け攻めにはこだわらないので、もうこれは文化的差異というしかない!
「わらわの前で、不届きな煽り行為をするとは――覚悟はよいか!」
嫦娥は烈火のごとく怒って、一歩前に踏み出た。
「ま、待つピョン! 金玉は何も知らない一般人だピョン!
コミケと文学フリマの区別もついてないピョン! ど、どうかお許しをピョン!」
兎児はぴょんぴょん飛び跳ねながら、必死に頼んだ。
「ああ、うっとうしいウサギめ、黙っておれ!」
「嫦娥さま、この発言を捨て置いては、必ず世に災いをもたらすでしょう。なにか罰を与えなければ、示しがつきますまい」
百花は、鬼畜陵辱趣味の嫦娥に、とんでもないことをささやいた。
「ふん、そういえば、こやつの母親はふたなりものが好きだったな」
「えっ、母さん……母さんがどうかしたんですか?」
金玉にはふたなり云々という発言は、意味不明だった。香月の同人活動については、まったく知らないからである。
「そうだ、嫦娥さま! 母さんは、嫦娥さまからぼくを授けてもらってたと言っていました!(18話参照) ぼく、おかしな月の呪いをかけられてるんです。どうかお助けを……」
「そうであったわ……わらわがせっかく、陵辱の喜びを与えてやろうとしたのに! 親子ともども、生意気なやつらめ――せいっ!」
嫦娥は気合い一閃、金玉にさっと手をかざした。
しゃらららーんという、妙にキラキラしい効果音が鳴り、金玉の体が内側から発光した。
「な、なにっ?」
手足から金色の光が出て、その燦然たる輝きに、金玉は思わず目がつぶってしまうのであった。
べつにリバを批判しているわけではなく、それで何度も炎上が起こる、そのことを戯画的に描いているわけであって、政治的に正しい表現に気をつかうのは大変だな、やれやれ、シーザーサラダを食べてウィスキーでも飲もうよ!?
以下、次号!
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