46 桃花村は恐ろしい毒をまかれるのこと

 天界のお役人、李狷りけんは口を切った。

「きさまら、そもそもこの蟠桃園がどういうところだか、知っているか?」


「どういうって……西王母さまの桃園ですじゃろ」

 村長が穏当な答え方をした。

 

「年に一度、西王母は誕生日パーティーをひらく。そこでこの桃が出される。

 要するに、セレブどもの角突き合いの場ってとこさ」

 さらに、続けた。


「その蟠桃会ってのが、トラブルだらけでな。

 捲簾けんれん大将の話を知ってるか?

 そいつが蟠桃会で玻璃はりの器を割っただけで、下界に流され、妖怪にされた。

 近衛兵の総大将が、コップ一個割ったくらいでだぞ。おかしくないか?」


 まあ、そういわれればそうかもしれなかった。


「蟠桃をつまみ食いしたやつが、大岩の下に五百年間も縛りつけられたり……他にも、蟠桃会で女にぶつかった将軍が、強姦の冤罪をかけられて醜い化け物にされたり……それはそれはひどいもんだよ。

 天界の奴らってのは、下っ端がミスをすると、自分のメンツをつぶされたって思うんだな。見せしめのように、極刑を与えるんだ。


 だから……蟠桃会こそ、諸悪の根源なんだ!

 この桃がなければ、パーティーを開くことはできない。

 おれは天界に、自由と平等の気風をもたらすのだ!」


 いいことを言ってるようだったが……。


「だとしても李狷さま、村の者を巻き添えにするなんてひどいじゃないですか。

 みんな、真面目な働き者だったのに。

 それに桃の木を失って、わしら、これからどうしたらいいんですじゃ」


 村長がもっともな抗議をした。


「――やかましい! だいたいおまえら、一年中のんびり暮らしやがって。

 ここの桃は特別だから、植えておきゃあ勝手に実がなるんだよ。

 よその土地とは違って、剪定も袋かけも、何もいらないんだ。

 桃の栽培ったって、べつにすることもないだろうが。


 おれだけが、毎回毎回、桃の納品に苦しめられて……ちょっと桃の色が変わってるだけで、上司から呼び出されて、ネチネチやられるんだぞ。

 憎い……セレブどもが、桃が、能天気なきさまらが、何もかもが憎い……!」


 李狷は、重度の適応障害なのかもしれなかった。

 

「桃の木なんて、すべて根絶やしにしてやる……いでよ、白猿怪人しろざるかいじん!」


 彼は手を天に掲げ、なにやら呼び出した。

 ――誰も出てこない。


「おいっ、白猿怪人、どうした?」

 

「私の仕事は、もう終わったんじゃないのか?」

 物陰から、戸惑ったような声がした。


「何をいう! これからが本番だ。さあ、こい!

 その恐ろしい姿を、民草たみくさに見せつけてやれ!」


 家のかげから、桶をかついでひしゃくを持った申陽がのそのそと現れた。


「申陽さん!」

「きさまっ……悪に寝返ったのか!」

 肝油は、いきなり決めつけた言い方をした。


「その桶はなに?」

 金玉は、みなが気になっているであろうことを質問した。


「こ、これはその……」

 申陽はもごもごと言い淀んだ。


「――ふっ、聞いて驚け。

 これこそが神農さまの時代より伝わる、伝説の除草剤、䝡毒まんどくだっ!

 この薬剤を混ぜた水をかけたならば、どんな植物でもたちどころに枯れ果ててしまうのだ」


 李狷は自信満々にいった。


 申陽は、金玉にのませる忘れ薬をつくってもらうのと引き換えに、一晩中、桃の木に除草剤をかけていたのだった。


「申陽……おまえ、なんてことを……」

 肝油は、天をも恐れぬその単語に、ふるえあがった。


「ち、ちがうっ! 䝡狿まんえんという、たぬきに似た獣が、本当にいるんだ!

 その尻尾のつけねから取れる毒素を煮詰めたやつが、これなんだ。

 決して、その他の意図があるわけでは……」


 毒といえば、ちん毒が有名だ。

 これは猛毒の羽を持つ鳥で、無味無臭の毒を生成でき、暗殺にはぴったりだ。


「申陽さんが、桃林を枯らしたの?」

「そうだ……」

 申陽は首肯しゅこうする。

 金玉は、あまりの事態に言葉を失った。


「金玉。あいつはもうダメだ。昨夜の振る舞いはわかってるだろう?

 申陽は、もう悪の道に踏み込んでしまったんだ……」


 肝油はここぞとばかり、金玉の肩をぐっと抱き寄せた。


「おい、きさまっ、金玉から汚い手をどけろ!」

「ハッ、悪の化け物が何かいってるぜ」


「そもそも、おまえが盟約を破棄して、金玉の薔薇の花を踏みにじったんだろうが!」

「金玉から誘ってきたんだぞ?」


「だまれ、金玉は惑わされたんだ! 金玉は絶対にそんなことはしない!」

 申陽は金玉から「ぼくから誘った」と告げられても、なお納得できないものを感じていた。


「どうせおまえが、天命を無視した、なにか途方もなく卑怯な手を使ったにちがいない!」


 寝取り薬を使った肝油は、痛いところをつかれた。


「フン……だったら、ここで決着をつけてやろうじゃねえか。

 勝ったほうが金玉をモノにする。どうだ?」


「よかろう。やってやる!」

 申陽は桶を背からおろし、勝負にのった。


 彼らは、桃園の環境回復など、どうでもいいようだった。

 男同士の戦いが、今、はじまる……!


 以下、次号!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る