44 金玉は月見の席で、自分の恋話を語るのこと
金玉は席をすすめられ、月見の座に加わった。
「ところで……あなたたちは誰なんですか?」
「いやいや、私たちはべつに何ということもないただの老いぼれだよ。
真に名のある人物は、あれこれと自分の経歴をひけらかしたりしないものさ」
老人の一人が答えた。
謙遜なのか、屈折した自己アピールなのか、わかりにくい。
「さて、月見といえば何をするんだね」
「詩でもつくるか」
老人たちが話しはじめた。
「また詩か。何かそれらしい漢字でも並べておけば、
風流そうなムードが漂うとでも思ってるんだろう。
老人のなかには、特に口の悪い人物が混ざっているようだ。
「じゃあ料理だね。みんなのために新しいレシピを考えたんだけど……」
「わかった。おまえが
「できあがるまでくるなよ。煮込み料理でもつくってろ」
「ちょうどいいから、酒の肴でも持ってきてくれ」
老人は口々にいい、料理の話を持ちだした人物を、厨に追いやった。
彼らは仲が悪いのだろうか?
「ねえ、仙人さまじゃないと思うんだけど」
「そうだねピョン……」
金玉と兎児がこっそり話していると、老人の一人がいった。
「月見と美童。とくれば――
「わかった。では私が美しい恋の話をしてやろう。
旦那だけでは我慢できなくなった彼女は――」
「くだらん。ただの情痴小説だろうが」
「くだらぬことがあるものか!
「どっちもうるさい! ジジイどもの妄想恋愛話なぞ、どうでもいいんだ。
この美少年の恋話を聞こうではないか!」
老人たちは「なるほど」「そうだな」とうなずきあった。
「ええっ。ぼ、ぼくの話ですか……?」
かくして金玉は、つたないながらも、自分のこれまでの話を語るのであった。
*
「ふーむ、なるほど。君たちは専門家だろう。どう思うかね」
さっき、恋話を提案した老人が、みなに問いかけた。
いちばんに口火を切ったのは、さっき人妻不倫物語を語ろうとした老人だった。
「なぜ、そこで肝油のもとを逃げ出すんだ? あんまりじゃないかね。
彼がどんなにわびしく、つらく、もの狂おしい思いをしているか……。
さあ、今からでも彼のもとに戻って、枕を共にしてくるんだ!」
老人は涙まじりに、切々と訴えている。
ぼく、そんなに悪いことをしたのかな……。
「いや、待て。人間なんて平凡だ。私は猿の化け物がいいと思う!
人間を捨ててまで、化け物を選ぶというところが尊いんだ。
結婚! 結婚! 化け物と結婚だ!」
これは、キツネがどうこういっていた老人だ。
「まったく、おまえは化け物ならなんでも良い派だからな。
この少年は、その化け物に襲われたんだぞ。
自分を襲いにきた男に惚れる美少年がいるか?」
口の悪い老人が、当然なつっこみを入れた。
「そ、それはだな……一時の情熱のたかぶりで仕方なく……。
そうだ! その化け物は自分を罵倒してほしいんだな?
少年が、だんだんとその道に目覚めていくことにしよう。
化け物を鞭でぶってみたら、思わず胸が高鳴り……」
異類婚姻譚マニアの老人は、化け物とのハッピーエンドのためなら、どんなに話の筋を曲げてもかまわないようだった。
「まあまあ、君はどうなんだ? さあ、どうぞ」
司会役をしていた老人は、金玉に盃をすすめて尋ねた。
「いや、ぼくはお酒は……」
「口を湿らせるくらいだよ、かまわないだろう」
金玉は酒を一口のんで、考え考えしながら、いった。
「ぼくは肝油はきらいじゃないんです。
最初はこわい盗賊の人だと思ったけど、けっこうやさしいし。
それにぼくを助けてくれた。でも……」
「昔、
その女は、ある裕福な商人に身請けされて、何不自由ない身分になった。
だが『夫は立派な人で、感謝してもしきれないのに、どうしても好きになれないの』と悲しむ詩をうたった。
君も、彼に感謝していても、枕を共にするほど好きになれないのではないかね?」
口の悪い老人が、するどい意見をいった。
「ぼくって、ひどいですよね……」
金玉は自分の冷たさが申しわけなく、ついつい杯を重ねていった。
「いやいや、ままならないのが恋心というものだよ。だからこそ面白いんだ。
かといって、じゃあ猿の化け物にするというのも……。
君には満月の呪いがかかっていて、相手の心が信じられない。
今は押せ押せできているが、いつ相手の熱が冷めてしまうかわからなくて不安だ。
それで、かたくなにこばんでいるんじゃないのかね」
そういわれれば、そんなような気もしてきた。
「じ、じゃあ、ぼくはいったいどうしたら……」
「それは簡単だぞ!」
不倫物語の老人が口をはさんできた。
「馬には乗ってみよ、人には添うてみよという。
何事も試してみなければわからんということだ。
だからそれぞれの男と枕を交わして……」
「きさまはベッドシーン主体の発想法をやめられないのか!」
口の悪い老人が、ぴしゃりと叱った。
「こういう時はだな、相手の心を試すんだ。
情欲にまかせて
本当に清らかな想いがあるのか……それで
口が悪いながらも、言うことはなかなかまともだった。
「で、どうやって試すんだ?
そもそも、獣欲にかられた化け物に
よほどの説得力をもたせないと、読者は納得しないんじゃないのか?」
司会役の老人が、もっともな点を指摘した。
「そ、それはだな……今から考えればいいだろうが!」
「よし、じゃあ、こうしよう」
「いや、それはだな……」
金玉は老人たちの議論を聞いているうち、ついうとうとと眠たくなってしまった。
きっと慣れない酒を飲んだせいだろう。
そのまますうっと目を閉じてしまうのであった……。
以下、次号!
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