43 金玉は五人のおじいさんたちに出会うのこと

 肝油は、感無量の気持ちであった。

 今まで、幾夜の満月に耐え、金玉に襲いかかるのを我慢してきたか……。


 目を閉じて、これまでの臥薪嘗胆がしんしょうたんの日々を思い返す。

 まさに、たきぎの上に寝て、クマの苦い肝をなめるような、筆舌に尽くしがたい苦しい日々だった。


 ――ついに、この時がきた。

 金玉が暴漢に襲われているのを助けた。

 これでもうフラグ立てはバッチリだ。好感度はマックスのはず。

 エンディングまで一直線だ。


 これからおれは金玉を優しく慰めるのだ。

 おれは金玉を寝かしつけようとするが、

 金玉は「こわい……今晩は側にいて……」とすがりつくのだ。


 そしておれは「忘れさせてやるよ」といって、記憶の上書きイベントがはじまるのだ。

 熱い一夜を過ごしたおれたちは、もう決して離れられなくなる。


 おれたちは都に戻って、帝から褒美をもらって、そのまま両親に紹介してもらって結婚だ。


                             ~~Fin~~



 ――勝利を確信する肝油であった。

 だが、そこに油断がなかったとはいえない!


「今夜、おれとおまえはひとつになるんだ……」

 肝油は金玉をその手に抱こうとしたが――いない。


「あ、あれ……金玉? どこだ?」

 愛しい恋人は、神隠しにでもあったかのように、消え失せていた。


 *


「兎児くん、どこいくの?」

 金玉は、走る兎児を追いかけている。


「なんだか、変わった匂いがするピョン。

 人間じゃない……天界の人みたいな……仙人ピョン?」


 ――仙人。

 そういえば、ぼくたちは仙人の太上老君さまを探してるんだったな。


 金玉は、ボーイズラブゲームのなかで提示されるメインストーリーのように、どうでもいい旅の目的を、今さらながらに思い出した。


「もし仙人さまが見つかったら、兎児くんも月に帰れるかもしれないね」


「そうだねピョン……でも、肝油を放ってきてよかったのかピョン?」

「えっ」


「あれはぜったい、18禁イベントシーンを期待してた目だピョン。

 あそこで肩すかしくらうなんて、もう攻略する気が失せるピョン?」


「だ、だって……兎児くんは、ぼく(の童貞)を守ってくれるんじゃないの?」

 金玉はいくばくかの罪悪感を覚えながら、いった。


「そうなんだけどピョン~」


 肝油がどういうシナリオを望んでいるのかはわかる。

 それでも、いきなりそういうシーンになるのは、心の準備ができていないっていうか……そもそも、ヤダ。


 それに、申陽さんはどこへいったのだろう?


 金玉は申陽の獣欲に脅えていた。

 自分にツバをはきかけてくれだなんて……そのマゾヒスティックな欲望には、戦慄するばかりだった。


 だが、彼のふだんの紳士的な態度がウソだとは思いたくなかった。

 何かの間違いじゃないの? もう一度、ちゃんと話がしてみたい……金玉は、そんなふうに感じるのであった。


「さすがに可哀そうピョン~。男はつらいんだピョン」

 兎児はピョンピョンいいながら、桃の林を駆けていった。


「おっ、たぶんあそこだピョン」


 林の中に、一軒家があった。

 そしてその庭先に、五人の老人たちが座っている。


「なにしてるのかな……?」

 金玉は、こっそりと近づいていく。


「ああ、桃の咲くなかで友だちと月見だ。風流スローライフだなあ」

 一人がいうと、べつの老人が、すぐにこういった。


「ハッ、月見とくれば風流か。

 あまりにもオートマティック(自動的)な表現で、無粋の極みだな」


 またもう一人がいった。


「そうだ! だいたい酒を飲むのに、美女も美童もいないとはなんたることだ。

 美しいものがあってこその風流だろうが。

 ジジイどもが老臭漂わせて、風流もクソもないな」


 さらにもう一人がいった。


「待て待て、落ち着け。

 こういう時は、林の中から、キツネが化けた美少年が現れるに決まってるんだ。

 それで『皆様に一献さしあげたいと思ってます』といってだな……」


「またそれか。貧乏書生の願望充足小説が」

「おまえは異類婚姻譚フェチすぎるな」

「きっと自分でも、人間の女に相手にされないことがわかってるんだろうな」


 他の老人たちは、次々に悪口のようなことを言いはじめた……。

 

「まあ、危険人物じゃないと思うピョン」


 金玉はピョンピョンとぶ兎児を追いかけ、老人たちの前に出ていった。

「あのー、こんばんは……」


 彼らは、いっせいにどよめく。

「おおっ」

「まさか……」


「……見ろ、見ろ! 美少年だぞ!

 ウサギを連れているから、きっと月のウサギが化けているんだな。

 本当の名前は玉兎ぎょくとだろう。そこのウサギとは義兄弟なんだな。

 なにかの仇を討ちにきたのか、恩返しにきたのか……うーん、それはこれから考えよう――おい、何をしている。どかんかっ!」


 みなから非難されていた老人は、なにやら勝手にキャラ設定をつくりあげ、他の老人を椅子からけり落した。


「さあさあ、こちらへ座って」

「あの、ぼくは人間ですけど……」


「うんうん、わかってるよ。君の正体については、いっさい詮索しないから。

 ただ、今日の月見の酒宴に、花を添えてくれないかな?

 いてくれるだけでいいから」


「べつにいいですけど……」


 金玉はそう答えたが、こっそり兎児にたずねた。

「ねえ、兎児くん。この人たちって、本当に仙人さまなの?」

「う~ん、なんか違うような気がするピョン……」



 さて、金玉の前に現れた五人の老人とは? 

 以下、次号!

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