桃源郷はディストピアのこと
38 一行は桃源郷に迷い込むのこと
――申陽は悩んでいた!
何か……何かがおかしい……。
申陽の後ろでは、金玉と肝油がおしゃべりしている。
「金玉、都へ戻ったらどうするんだ?」
「そりゃもちろん、家に帰って父さんと母さんに会いにいくよ」
「そうじゃなくってだな、おれたちの将来設計だよ。
どんな家に住んで、養子は何人ほしいとかあるだろ?」
「そ、そんなこと急にいわれたって……」
金玉は恥ずかしそうに、声を小さくした。
なんだ、あの会話は……。
それに、肝油の態度もおかしい。
以前は申陽と金玉の奪い合いをしていたのに、
このところ、やけに余裕たっぷりな態度だ。
申陽が金玉の肩にふれても「フッ」と苦笑するだけだ。
……やったのか?
申陽はその考えに至ると、胸がぎゅっとしめつけられ、救心でも飲みたくなった。
「ああっ、肝油、ぼく……」
「声出すなって、いってんだろ」
「だめっ、おっきい声、出ちゃう……申陽さんに聞こえちゃうっ……」
そんなNTRの王道みたいなことが起こっているのか?
――そもそも、申陽もべつに金玉をモノにしてるとは言えなかったが……。
なぜだっ……
申陽がキリスト並みの苦悩を抱いて天を仰ぐと、
一点にわかにかきくもり、ぽつりぽつりと雨が降ってきた。
彼らは雨を避けるため、近くの岩陰に避難した。
「ふう、ぬれちゃったね」
金玉は
「ああ……びしょ濡れだな」
肝油はなめるような目つきで、金玉の肌にぴったりはりついた服を見た。
「おい」
申陽は、たまりかねて声をかけた。
「セクハラ発言はやめろ」
「なにがだ? 現実をありのままに見て
突然、兎児がぴょんと飛んで、岩陰の奥に入った。
「――あっ、兎児君、どこいくの?」
金玉はそれを追いかけていく。
「きさま……旅のはじめに、お互い金玉には手を出さないと誓っただろうが」
「金玉のほうから抱きついてきたんだぞ」
確かに、それはその通りだった。
「金玉がそんなことをするものか!」
「そうはいってもなァ。
あいつから『ぼく、童貞を捨てたいんだ……えっちなこと、教えて?』と
いってきたんだぜ?」
それは完全に妄想である。
――
申陽は天に
そこへ、金玉の能天気な声がした。
「ねえ、ここ、洞窟になってるみたいだよ」
単なる岩陰だと思っていたところは、奥へと続く穴があった。
「兎児くん、待ってよ!」
金玉はウサギを追いかけて、先へ進んでいく。
嗚呼、金玉の洞窟も、もう奥深くまで踏み荒らされてしまったのか……。
「あっ、ほら光が見える!」
――
なだらかな丘に、たくさんの桃の花が、空を染めるほど、咲き誇っている。
そよ風にはらはらと花びらが舞い落ち、桃色のじゅうたんがどこまでも続いていた。
「わあ、すごい!」
金玉は歓声をあげた。
足元では、兎児が桃の花をもぐもぐと食べている。
おかしいな?
洞窟の外はどしゃぶりだったのに、ここは晴天だ。
申陽は首をひねったが、答えは見つからない。
一行は、桃の林を進んでいく。
「きれい……こんなところがあったんだ」
「年をとったら、こんな場所に住みてえよな」
肝油は今のうちから、二人の老後設計をしているようだ。
申陽は苦々しく思いながらも、口を出せないでいた。
金玉……私を裏切ったのか!
くそっ、なぜだ? 私をケダモノ呼ばわりしたくせに。
やっぱり普通の人間がいいのか。そうなのか。
桃の木の間には、さらさら流れる小川や、小さな橋があった。
そこに桃の花が流れ落ちて、たいそう美しい眺めなのだが、
申陽の目には、そんなものは何も映っていなかった。
いつ、どこでやったんだ。そんな時間があったか?
わからない……それにしても、金玉の浮気者め!
ほんの一時の間に心変わりしてしまったのか?
朝少年愛告
夕暮成寝取 夕暮れには寝取られてしまう
男心変秋空 男心は秋の空のように変わりやすい
誰能常一途 いったい誰が、常に一途でいられるのだろうか
申陽は心の中で詩をつくり「この男狂いの尻軽の公衆便所め!」と、金玉をさんざんに罵倒した。
桃の林を抜けると、立派な家々が見えてきた――が!
その家の前には、男が手足を投げ出して倒れていた。
「た、たいへんだ! あの人……」
「おいおい、どうしたってんだよ」
心が
「……ケッ、放っておいてくれよ」
やせた顔色の悪い男は、あさっての方向を見て、ぶつぶつといった。
目の焦点が合っていない。
「なんだ、おまえ。酔ってるのか?」
肝油は、薄気味わるそうにいった。
「あ、あんたたち。旅のお方かね?」
杖をついた老人が、よたよたとこちらへやってくる。
「あー、その通りだぜ、じいさん」
「す、すぐにここを立ち去るんじゃ。
この村は、呪われておる! ううっ……」
老人はうずくまって、ゴホゴホと咳をした。
「おじいさん、しっかりして!」
金玉は、老人のもとに駆けよった。
桃の花が咲き誇る、美しい村……。
なのに、この村で何が起こったというのだろうか?
以下、次号!
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