37 婆羅門僧の呪いはじわじわと金玉をむしばむのこと

「……おい、金玉! しっかりしろ!」

 肝油の声がする。


「う、ううん……ハッ!」

 目覚めた金玉は、がばっと股間をかかえこんだ。


 彼の脳裏にあったのは、すっぽんの妖怪が自分の如意棒をくわえこもうとしていた場面だった。


「大丈夫だ、ちゃんとついてるぞ」

 肝油は、側で「何もかもわかってる」というふうにいった。


「ぼ、ぼくは……?」

 どうやら、納屋のなかにいるみたいだ。


「おめえはすっぽんの妖怪にだまされて、悪い夢を見てたのさ。

 えらい坊さんが退治してくれたから、もう心配いらねえよ」


 今頃は寺に戻って、修行「で」精を出しているだろう。


「ああっ、ぼく……こわかった!」

 金玉は起き上がって、肝油にすがりついた。


 おやおや、これはこれは……。

 肝油は内心で舌なめずりしながら、金玉を優しく抱きとめた。


「ぼく、一娘さんって女の人に出会って……」

「ああ」


「一娘さんはぶらんこに乗って、観音様を見せてくれたんだ」

「下品な女妖だなァ」


「それで、ぼくに房中術を教えてくれるって……」

 肝油は心の中で「それはおれがじっくり教えてやるよ」と思った。


「ぼく、やっと童貞を捨てられるんだと思って、でも……でもっ……」

 金玉はすっぽんのとがった口を思い出して、今さらながら身をふるわせた。


「おめえ、童貞を捨てたかったのか?」

「だって……そうしないと満月の呪いが……」


「童貞はゴミじゃないんだぞ。ポイポイ捨てていいってものじゃねえんだ。

 本当に好きなやつとだけしろよな」


「肝油……!」

 金玉は、ハッと目を覚まされたような思いであった。


 どこの世界に、主人公が女性相手に童貞を捨てようと奮闘する美少年性愛文学ボーイズラブがあるだろうか?


「おまえはずっと童貞でもいいんだよ」(建前)

 金玉の胸に、肝油のやさしい言葉がしみわたっていく。

 そうか……ぼくはここにいていいんだ……。

  

「――おれじゃだめか?」(本音)

 金玉は、背に回された腕に、力がこもるのを感じた。


 ずっと童貞でいてもいいのなら、迫る必要はないのでは?

 金玉はこの矛盾にも気づかず「肝油ってやさしい……」と思った。


「だめ……じゃない……」

 金玉は、いかにも受けが言いそうなセリフを吐いた。


 さらにここには、催眠効果が影響していた!


 金玉は夢の中で、肝油に「男でいいだろうが。男しかないんだ。男に決まってる。さっさとやろせろ!」とささやかれていた。


 識閾下しきいきかに刻み込まれたサブリミナル効果が発動したのである!


「――金玉」

 肝油が体を離して、金玉の目をじっと見つめた。


「な、なに……?」

「目を閉じてくれ」

 そうすればどうなるかはうすうすわかっていたが、金玉はその言葉に従った。


 唇にあついものが触れる。

「……んっ」

 金玉は目を閉じて、されるがままになっていた。

 

 肝油は、小鳥がついばむような優しい口づけをくり返した。

 この比喩はBL業界では「舌は入れていない」ということを指す。


「あっ、ま、待って……」

 しばらくした後、金玉は頬を染めて体を離した。


「あの……申陽さんには、内緒だよ?」


 金玉は「この口づけは、申陽には内緒にしてほしい」という意味でいった。

 なぜなら、バレるとまたひともんちゃく起こりそうだからだ。


 肝油は「ふふっ。これからいっぱい、えっちなことをしようね。

 もちろんそのことは、あのエテ公には、な・い・しょ……」

 という意味に受け取った。


 受けと攻めとの間には、深くて暗い溝があるのだろう。


「わかってるさ」

 肝油は一秒後には、金玉を押し倒し、全裸でダイブするつもりだった。


 ――だが、その時!


「おお、金玉! 目が覚めたのか」

 薬を買ってきた申陽が、納屋に入ってきた。


「――金玉はすっぽんの妖怪にとりつかれていたんだ!

 そのすっぽんの妖怪は、女に化けて金玉の精をしぼりとろうとしていた。

 旅の法師が通りかかって、おれたちを助けてくれたんだ。

 その法師は黒鉄くろがねの錫杖で、みごとすっぽんの妖怪を調伏ちょうぶくした!

 そしてすっぽんは水晶の玉を吐いた。

 『すっぽん水晶』といって、子授けに効力があるらしい――これがその証拠だ」


 肝油は一息にいって、すっぽん水晶を取りだした。

 気まずかったのであろう。


「あ、ああ、そうなのか……」

 申陽は「こいつ、何かヘンだな?」と思ったが、それより金玉のことが心配だった。


「金玉、大丈夫か?」

「申陽さん……ごめんなさい、心配かけて」


 金玉は上気した顔で、瞳をうるませていった。

 男の人って、悪くないかも……そんなことを思いながら。


 申陽は思わず、生唾をごくりとのんだ。

「も、もうちょっと休むかい?」

「ううん、もう大丈夫だよ。旅を続けよう」


 かくして一行は、また再び太上老君を探しに、東への旅を続けるのであった。


 道々、金玉は唇にそっとふれて、こう思った。


 ――そんなにイヤじゃなかった……。

 もしかしてぼく、肝油が好きなのかな?


 その懐で、兎児は心配そうに金玉を見上げるのだった。


 

 肝油が金玉に飲ませた、婆羅門僧の「寝取り薬」は確かに効いていた!

 不可思議な偶然の連続により、金玉の想いは、肝油のほうに傾きつつあった……。


 以下、次号!

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