36 法師は女妖を調伏するのこと

 ――康端成こうたんせいは、蜀の生まれの文人である。


「雪山行」など素晴らしい詩をものした人物だが、

 自分の少年時代の思い出をつづった「美少年との日々」や、

 美少年が片腕を切りとって渡してくれる幻想を描いた「美少年の片腕」や、

 眠り薬をのませた美少年と添い寝する老人の心を語る「眠れる美少年」など、

「センセにも困ったものだネ」という作品を多く著している。


 いま肝油は、眠れる美少年となった金玉を見下ろして、フッと笑った。

 灯かりをつけて、その体をじっと見る。

 すんなりとした少年らしい肢体には、シミひとつない。


「金玉……おめえ、あの女妖としっぽりやってたのか?」

 そして、小さくなった桃色の如意棒を、軽く指でもてあそんだ。


「ううっ……」

 金玉は悪夢にうなされているかのように、首をふった。


「ほう……やっちゃいねえっていうのかい。本当かどうか、確かめなきゃあな」

 

 肝油はそういい、金玉の雪のようにまっしろな肌に口づけを落としていった。

 それは、金玉の体から、女の痕跡をぬぐい落とそうとでもするかのような、執拗な行いだった。

 そのたびに、金玉の吐息がもれる。


「おめえは、まだ女に未練があるのかもしれねえ……。

 だがな、金玉は男に愛されるにために生まれたんだ」


「いや……嚙まないで……」

 金玉はうわごとのようにつぶやいた。


「ほらな。もう女にはこりごりだろう? 悪いこたいわねえ。男にしておけ」

「わかったよ……朱帰兄さん……」


「いや、ちがう! そっちじゃねえ!

 おめえは男に抱かれてりゃいいんだ! 黙って男の愛情を受けろ!」


「うーん……?」

  金玉は、迷うようにうなされた。


「男だ。男がいいんだ。おまえの運命の相手は男だ。

 男でいいだろうが。男しかないんだ。男に決まってる!

 それより、早くさわらせろ。なめるくらい、いいだろうが。

 股をひらけ。尻を向けるんだ。さっさとやらせろ!

 もう限界なんだ。頼む……男にしてくれ!」


 肝油は金玉の耳元で、しつこくささやいた。

 申陽も、まったく同じ思いであったろう。


「うん……」

 金玉はしぶしぶながらも「うん」といった。

  

「よーしよし、いい子だ」

 肝油は、金玉の目を覚ますため、深く口づけしようとしたが……。


「くらえ! 秘技・卍ハーケンクロス!」

「ぐうおおおっ」

 すっぽんは割れ鐘のような声を上げて、羽化登仙うかとうせんの境地にいたった。


 そうだ、こいつらもいたな……。

 肝油は金玉を寝台においたまま、話の本筋に戻った。


 腹ばいになったすっぽんが、力なくうなだれている。


「……すげえ戦いだったな」

 何も見ても聞いてもいなかったが。


「うむ。強敵であった。だが、しょせん儂の敵ではないわ」

 法師の錫杖は、いまだ天をつかんばかりの勢いであった。


「こやつはもともと、儂の寺の池におったすっぽんなのだ。

 ――儂は日々、尼僧と修行に精をだしておった。

 こやつは陰陽和合した歓喜の声を聞くうちに、見よう見まねで房中術を会得したのだろう。

 そして池を逃げ出して、男の精気をくらっておったのじゃ」


 ――じゃあ、この騒動はみんなおまえのせいなのか。

 そもそも、尼僧とどんな修行をやってたんだ。その錫杖はどうするつもりなんだ。


 突っ込むべきところは山ほどあったが、金玉さえ無事ならそれでいいのだ。


 その時、すっぽんが口から透明なまるい石を吐いた。


「な、なんだっ?」


「おお、あれはすっぽん水晶!

 すっぽんは夜ごと、月の精を吸って体にためているのだ。

 砕いて飲むと、子授けの効果があるというぞ。

 そなた、もらっておくがいい」


「あ、ああ……すまねえな」

 肝油は「これ、汚いんじゃねえのか?」と思いつつも、

 一応、すっぽん水晶をもらっておくことにした。


 *


 さて肝油たちは、一娘の家の門を出てすぐのところにいる。


「法師さま、すてきだったわ……やっぱり経験豊富な殿方はちがうわね」

 一娘は目をうるませて、法師に抱きついた。


「はっはっは、そうであろう。そなたもたこのように吸いついて、よかったぞ」


 その側で、劉ばあさんが荷物をかつぎ、にこにこ笑っている。


「わたしはもともと、奥さまの尻尾にかみついて、ここまでやってきた小魚なのでございます。古巣に帰れますし、奥さまにも旦那さまが見つかってようございました」


「そ、そうかい……おめでとうさん……」

 

 肝油は着物を肩にかけただけの、半裸の金玉を抱いていた。

 あとは金玉が目を覚ませばいいのだが……。


「おまえたちは、そちらの道を進むがよい」

 法師は手に持った錫杖で、一方の道をさした。

 その向こうには、白い霧がかかっている。


「とにかく、あんたのおかげだ。礼をいうぜ」


「いやなに、わしもすっぽんを連れ戻せたし、これでめでたしめでたしよ。

 さっ、寺に戻って修行の続きじゃ」

 法師は一娘をぐいと抱き寄せた。


「ああん……私、もう待ちきれませんわ」

 一娘は、法師の逞しい錫杖をうっとりと見つめた。


 まあ、なんでもいいか……。

 肝油は金玉を抱き、霧の道を進むのであった。


 かくして恐ろしい女妖は、尊い法師の法力により、みごと調伏ちょうぶくされたのであった!


 以下、次号!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る