34 金玉の前に、美味なる料理が並べられるのこと

 ――男は度胸、何でも試してみるのさ。


 金玉は不意に、肝油がいっていた言葉を思い出した。


 ぼくは童貞を失えば、満月の呪いから解放されるのか?

 それはわからない……でも、やってみればいいじゃないか。


 一娘さんは、ぼくのことを気に入っているみたいだ。

 きっと旦那さんを亡くして寂しいから、ぼくにああしてこうしてほしいんだ。

 わざわざ粘膜を見せつけるなんて、それ以外なにもないよね?


 金玉は己を鼓舞し、初陣に出ようとした。


「一娘さん! ぼく……がんばります!」

 金玉はふり返って一娘を抱きしめようとしたが、するりとかわされた。


「あら、いけない。もうこんな時間ね。

 そろそろ劉さんがご飯の支度をしてくれてるところだわ。ご一緒にどう?」


「え、ええ~……」

 自分でもわかるほど、明らかにガッカリした声が出た。


「あら、おいや?」

「いえ……ありがたいです……」


「さあ、こちらへどうぞ」

 一娘はにっこり笑って、金玉を案内してくれるのであった。


 *


 申陽と肝油は、金玉を農家に運び込んだ。

「旅の者だが、急病人が出た。しばらく軒先を貸してほしい」と頼んだのだ。


 そして、納屋を借りることができた。


「ますます熱が上がってきたようだ」

 申陽は、金玉の額に手をおいて、そういった。


「私は薬を買ってくるから、金玉を見ておいてくれ」

 申陽はそう告げて、さっさと出ていった。


「金玉……」

 肝油は苦しむ金玉の頬に、そっとふれた。


 この急な高熱は、あの怪しげな薬のせいに違いない。

 申陽にいえば、原因がわかって、治療のために役立つかもしれなかった。 

 だが……。


 もしおれがヘンな薬を飲ませたとわかったら、金玉から何と思われるか。

 眠り薬をのませて手籠めにしようとしたと奴と同じくらい、さげすまれるんじゃないのか?


 ――そうであろうなあ。


 肝油は納屋を出て、空にむかってつぶやいた。


「ああ、神さま仏さま、太上老君さま!

 どうかおれがヤバいことをしたとバレずに、金玉の病が今すぐ治りますように!

 そしてできれば、金玉の心をおれのものにできますように!」


 神も仏も信じない男が、心から祈った。

 その祈りは我欲まみれであったが……。


 シャン、と金輪のふれ合う音がした。

 農家の庭先を、錫杖をもった旅の法師が通りがかった。


 彼は、肝油のもとにのしのしと近づいてきた。

 がっしりとした体格で、その眼光は鷹のようにするどい。


「強い妖気を感じる……そなた、身近なものが、病に苦しんでおられぬかな?」


「そ、その通りだっ! あんた、ちょっと金玉を見てくれ!」


 こんなに唐突に、伏線も何もなしに出てきたキャラのいうことを信用していいのだろうか?

 だが肝油は、溺れる者はわらをもつかむの心境で、法師にすがるのであった。


 *


 一娘は、金玉を庭に面した部屋に案内した。

 そこには既に、屏風を背にした低めの台の上に、二つのお膳が並んでいた。

 

「劉さん、今日のメニューはなにかしら?」

 一娘は色とりどりの食事をさして、尋ねた。


「はい、奥さま。本日は生牡蠣のレモン添え、あわびの姿煮、

 それとうなぎの味噌漬けに、にんにくと生姜の吸い物、

 山芋とニラのあえ物、デザートはなつめと杏仁豆腐でございます」


 金玉はピンときていなかったが、これらはすべて精がつく食べ物である。

 魚介類が多くて、亜鉛が豊富だ。


「ほら、据え膳食わぬはなんとやらといいますわ。金玉さまも、召し上がれ」


 ――据え膳とは「すぐに食べられる状態のお膳」という意味である。

 一娘は、まっとうな意味で「据え膳」といった。


「はい、ありがとうございます……」

 金玉はしぶしぶながら席に座ったが、

 さっき御開帳された秘仏のことが気になって仕方がなかった。


「ほら、あーん」

 一娘がおかずを箸でとって食べさせてくれる。

 金玉は、ヒナのように口をあけてそれを迎え入れるのであった。


「ところで、さっきの子授けの薬の話ですけれど……」


「は、はい」

 そんな話題は、もはや前の世のことのように思われた。


「金玉さまは、子どもの作り方をご存じなのかしら?」

「な、なんとなくは……」


 一娘は、ほほほと笑った。

紙上談兵しじょうだんぺいといいますわ。

 紙の上で兵略を語っていても、何もなりません」


 ――童貞が子授けの薬を求めてどうするのだ、と言いたいのであろう。


「実は私、さるえらいお坊様から、房中術を教えてもらったことがあります。

 子どもを授かりたい時のやり方がありますのよ。

 これも何かのご縁ですわ。

 金玉様に、私が手ほどきをしてさしあげましょう」


 そして、こんな詩をうたった。


 我喜初物食 あなたはとうといお方です。

 花弁既濡々 この出会いは偶然だとは思えません。

 希望腰振激 きっと天が定めたご縁なのでしょう。

 早抽挿淫門 さあ、二人で共に語らいましょう。


 にぶい金玉にも、その意味はすぐにわかった。

 そして「据え膳食わぬは男の恥なり」とはらを決めた。


「い……いただきます……」

 そういって、照れ隠しのように、目の前の食事をがつがつとたいらげるのであった。



 美しい薔薇にはトゲがある……逆ナンされたと思ったらデート商法……。

 金玉の明日はどっちだ?


 以下、次号!

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