31 夫婦和合し、申陽は己の本然を悟るのこと

「あんたァー!」

 李燕は身を隠すための布を打ち捨て、夫にかけよった。


「李燕か……へへ、すまねえ。無駄にしちまったぜ」

「もうっ! そんなにヤリたいのかい? 馬鹿だよ、あんた」


 李燕は「そんなにしたいのなら、たまにはあたしとしたらいいじゃないか」と思った。


「なんだって、こんな馬鹿な勝負をしたんだい」

「そりゃもちろん、おめえのためじゃねえか」


「え? あたしのため?」

「ああ……前に、おれが失敗したことがあっただろう」


「あったかねえ?」

 李燕は首をかしげた。

 そういわれても、ぜんぜんピンとこない。


「あっただろうが! その、おれが途中でくじけてしまって……

 それに、昔は五回六回が当たり前だったのに、二回三回になっちまって……

 どうしても続かねえんだ。そんなんじゃ、物足りねえだろ。

 それで、いろいろ薬を試して――」

 

 精力剤を買ってたのは、浮気相手のためではない……。


「――呆れたね!」

 李燕は、どっと体の力が抜けてしまった。

 

「白髪のじいさんになっても、そんなこと言ってるつもりかい!

 若い時じゃあるまいし、五回も六回もやってられないよ」


「そ、そうなのか?」


「付き合わされるこっちの身にもなっておくれ。

 そんなに年中、やってばっかりもいられないよ。

 あたしは、あんたが側にいてくれるだけでいいんだから」


「李燕……こんなおれでもいいのか?」

「当たり前だよ。あんたはあたしの旦那なんだから」

「李燕……!」


 二人はひしと抱き合った。


 西風大王の性機能障害の原因は、その大半が心因性によるものであった。

 夫婦間のコミュニケーションが回復し、パートナーの理解を得られた。

 周囲の者はみな、その夫婦愛の美しさに涙するのであった。


 ――だが。


「金玉……いつからここに?」

 申陽は、突如として姿を現した、愛しい人に尋ねた。

 彼の足元には兎児がいる。


「最初からずっとだよ。 あのお兄さんの力で、体が見えなくなっていたんだ」

「ケ、ケガはないかい? 君が無事で本当によかった」


「……なに、あの詩」

 金玉の冷たい声が刺さる。

「し……詩だから、ちょっと大げさな表現になってるだけだよ。

 白髮三千丈9kmみたいなもんだよ。

 ただ私は、金玉と逢い引きしたいなぁー……と」


「そんなにしたいの?」

「いやその、私だって健康な男子なわけで……そう思うのは致し方ないというか……」


「ヘンタイ!」

 申陽はそういわれた途端、体の一点に急速なたかぶりを感じた。

 な、なぜだ……?


 金玉は、さらに続けた。

「もう結婚なんてしないから!」

「そ、そんな」


「ぼくとしたいから、結婚しようっていってるだけなんだろ。ケダモノ!」


「――うっ」

 その時、申陽はハッキリと自分の望みを自覚した。

 もっと……もっと私を罵倒してくれ!


 そういえば、金玉が兎児を連れて戻ってきた時にそっけなくされたが、その時も妙な喜びを感じたな。

 申陽は、明鏡止水の如く、己が心を冷静に見つめるのであった。 


「なに……なにしてんの?」

 金玉は、前かがみになった申陽を見て、後ずさった。


「もう少し、その……私を叱ってくれないかい?」

「は?」

 金玉にとっては、まったく意味がわからない言動だった。


「あの……ところで、肝油はどこ?」

「西風大王の家を探ってるはずだ。でも、そんなことどうでもいいじゃないか。

 私を罵ってみてくれないかな。汚らわしい、卑しい豚め! とか」


 ――本性は猿だったが。


「……なんかやだ、こわい……兎児くん、いこっ」

 金玉は青ざめた顔で、申陽から離れようとした。


「ま、待ってくれ。金玉! ううっ……」


 嚢中のうちゅうきりという。

 袋に錐を入れると、自然と先端が突き破って外に出てくる。


 申陽がいかに錐をおさめるかに苦労したかは、ご想像の通りである。



「ほんとに、うちの人が迷惑をかけて、すまなかったねえ」

「ううん、いいんだよ」

 金玉は李燕に答えた。


 横で肝油が「まったくだよ」と答えた。申陽は、顔色もなくうなだれている。


「――で、おめえさんたちは子授けの薬を探してるんだって? 

 そいつは精力剤とはちょっと違うな。

 太上老君さまにでも聞いたほうがいいんじゃねえか?」


 西風大王がアドバイスをくれた。

 太上老君とは不死の仙人で、薬づくりの名人として有名だ。


「その人、どこにいるの?」


「さあ、そいつはわかんねえな。

 東のほうの蓬莱山にいるときいたが、仙人は神出鬼没だからな。

 どこにいるのか、見当もつかねえ」


「そもそも仙人界は、人や妖怪が行けるとこじゃないしねえ。

 このお札を使ったって、無理だと思うよ。

 まあ、持ってっておくれよ」


 李燕はそういって、西風のお札を百枚もくれた。

 これを使えば、人間界と妖怪の世界は簡単に行き来できる。


「ふーん……あてもねえけど、東に行くしかねえか。

 このまま、手ぶらで帰るってわけにもいかねえしな」

 肝油は、既に婆羅門僧の秘薬を手にしているが……。


 かくして一行は、子授けの薬を求めて東に向かうのであった。


「さっ、肝油さん、いこっ」

 金玉は、自分から肝油の腕をとって、歩き出した。


「おいおい……どういう風の吹き回しだ?」

「いいじゃない、べつに!」


 肝油は、ちらっと申陽を見た。

 真っ青な顔をして、あわあわしている。


 金玉に何かやったのかな……まあ、このすきだ。


「もちろん、かまわねえぜ」

 機を見るに敏な肝油は、金玉の肩をぐっと抱き寄せた。

 


 波乱の予感……。

 以下、次号!

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