30 申陽と西風大王は雌雄を決するのこと

 申陽は、なにもかもを烏有に帰しアカウントバンかねない勝負の内容を聞いて、戦慄した。


「下品な勝負ばかりだな! もっとまともなものはないのか。

 剣で決闘するとか、あの的を弓で射たほうが勝ちだとか!」


「昔もおれはワルだった……だが、暴力ではなにも解決しねえと学んだんだ」


「じゃあ、碁だ! 将棋でもいい……そうだ、厨房があるだろう。どちらが美味しい麺料理をつくれるかで勝負だ!」


「フン、びびっちまったのか。

 それとも、お粗末すぎて見せられねえってのかい」


 西風大王は、申陽の提案をせせら笑った。


「あの坊主に何もしてねえとはな。それでも男なのか?

 若年性インポテンツってのもあるらしいぜ」


「黙れ! 金玉が結婚までしたくないというから、私は必死に

 耐えて耐えて耐えてるんだ――貫通だけが愛ではないだろうが!」


 申陽さん……。

 金玉は、彼の愛の深さに打たれた。


「だいたい、その勝負だと、おまえのものが目に入るだろうが!

 私は金玉のものなら、じっくり拝見して口づけて舐め回したいが、

 他の男のやつなんて見たくないんだ!」


 金玉は、彼の情欲の深さに引いた。


 さらに、申陽は続けた。

「そんなのを見たら、しおれてしまう――憐れむべし千里の草 しなえ落ちて顔色無し――だッ……!」

 

「むう。いわれてみれば、おれもそうだな。

 カカア以外のものなんて、願いさげだぜ」


 金玉の横で、李燕が「えっ、そうなのかい」と小声で驚いた。 


「よし、じゃあ酒の飲み比べだ」

「よかろう」

 それなら、まあなんとか……。

 卓に、酒瓶が次々と運ばれてくる。


「ルールは簡単。多くの酒を飲んだほうが勝ちだ」

「望むところだ!」

 申陽は答え、さっさと杯を重ねていった。


 だが、しばらくすると体に異変が起きてきた。

「ぐっ……」

 からりと杯を落として、机に伏せてしまう。


 ――まさか、毒?

「申陽さん!」

 金玉は、思わず叫んだ。

 

「ハハハ、やっと気づいたか。間抜けなやつだ」

 西風大王が高笑いする。


「こ、この酒は……」


「おうよ。今までのおれの研究成果だ。

 各地の精力剤をブレンドし、さらなる相乗効果を狙ったものだ。

 一口飲めば、白髪の老人も虎のような勢いとなる。

 ――名づけて、復虎丸ふっこがんだ!」


 阪神タイガースファンに人気が出そうだ。


「おれのようなおっさんは、効くまでに時間がかかるからな。

 ふだんから腹八分目で、油っぽいものを避けて、すきっ腹に飲んで、やっとなんとか効くってところだ。

 だが、おめえのような若造には、ひとたまりもあるまい」


 精力剤は、飲むタイミングがとても難しい。パートナーの協力は必須である!


「この酒を飲んで、最初に達したほうが負けだ!

 それとも、もう遺精いせいしてしまったのか? ハハハ」


 遺精とは、手をふれずに達することである。

 なんだか良さそうに思えるかもしれないが、止めようと思っても止められないのだ。

 恋わずらいにかかったあげく、遺精をくり返して死んだ男は数知れない。


「くっ……」

「申陽さん、しっかりして!」


 申陽は薄れゆく意識のなかで、愛しい者の声を聞いた。

 これは幻聴か。

 そしてはらわたのちょっと下のほうで、おさえきれぬ激情がうごめくのを感じる。


 ぶちまけたい。今すぐにらちをあけたい。

 放埓ほうらつに、意のままにふるまいたい。


 だが……それでは金玉を救えない!



 西風大王は、卓にうつぶせになって動けない申陽を見て、勝ち誇った。

「くくく、もう達しちまったのか? おめえの負けだな」


「待て……まだ勝負は終わっていない……」


 申陽は(椅子から)立ち上がり、西風大王と向き直った。

 その前面は、春の海のようにいでいた。


「……なぜっ……!

 いや、やっぱりおめえは性機能障害なんだな?

 おれが医者を紹介してやるから……」


「馬鹿め!

 私はこれまで何度、金玉に夜這いをかけたいと思っていたか……

 そのすやすやと眠る頬に口づけて、

 寝ぼけ眼のまま、私の舌を入れて唇を犯し、帯を解いて……」


 この先何十行も語れそうだったが、さすがにそれはやめた。


「――つまり! 私はこれまで金玉の魅力に耐えてきたのだ!

 たかが精力剤など、なにごとでもないわ!」


 申陽は満月の夜の誘惑と闘ってきたことで、

 今までにない克己心を手に入れることができたのだ!


「なんだと……こんな馬鹿なことが……」


 西風大王は、己が下半身の異様を察知した。

 血流が滞りがちな刀といえども、薬理効果により、既に怒張してきていたのだ。


「私は金玉のことを想って、一睡もできない夜を過ごしていたのだ。

 これが私の想いだ!


 回瞳一笑百花生 君が瞳をめぐらせて微笑めば、百の花が咲くようだ

 白猿愛情在一身 君は私の愛情をひとりじめしている

 始是新床悦楽時 きっと初夜は素晴らしい歓びが生まれるだろうね 

 到此奔馬行不能 君の前では私は奔馬の如くとなって、不能ではいられない


 我乞願朝暮交情 私は朝な夕な、君とヤリたいと願っている

 我乞願刻早交情 私は一刻も早く、君とヤリたいと願っている

 大事我発言二回 大事なことなので二回言いました

 満月下後庭開門 さあ、満月の下で君の後ろの門を押し開こう」


 ――西風大王はその劣情にあふれた詩を聞き、思わず李燕のぬめる肌を思い出すのであった。

 昔はおれにも熱い血潮が流れていた……そして李燕と一晩中……。


「ううっ、なんだこれは……!」

 

 ――この大陸では古くから、幾たびも王朝が交代してきた。

 ひとたび国が乱れれば、各地で群雄割拠し、戦国の世がはじまるのであった。


「嘘だっ、このおれが……刺激を与えてもいないのに……!」


 そこには「天意を受けた者が、国を治める」という考えがあった。

 今の皇帝が暗君だと思うのならば、自分が天下をとればいい。

 かくして諸侯は反乱を起こし、その勢いはとどまるところを知らないのであった。

 

 西風大王は、麻のごとく乱れる情欲をどうにもできず、ただ手をつかねて見ているほかしないのであった。


 ――だが!

 それは今までにないパンプアップであった。

 オトコの自信がみなぎってくる。

 何も迷うことはない、この衝動に身をゆだねればいいのではないか?

 

 いま正に、新たな王朝が勃興ぼっこうせんとしていた。

 その名は洒世しゃせい――後に賢人の時代がはじまる前触れであった。


「くそっ……うぐおおっ、李燕……」

 西風大王は妻の名を呼びながら、くずおれ、果てた……。


 ――快刀乱麻を断つ!

 西風大王の刀は、いまや完全によみがえったのであった。



 申陽は勝った……。

 だが、こんな勝ち方でいいのだろうか?

 

 以下、次号!

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