29 男の勝負、そして婆羅門僧の邪法が発動するのこと

「おい、おめえ。アレを持ってこい」

 西風大王は指をパチンと鳴らし、側の店員にいいつけた。


「はい、大王様!」

 店員は、あわてて奥にひっこんでいった。


「男を決めるにふさわしい勝負ってやつを、用意してやるよ」

「望むところだ!」

 申陽は、意気軒高いきけんこうとして答えた。


 しばらくして、店員が持ってきたのは、両端に重石がついた短い縄だった。


 投石器? 使ったことはないが……。

 申陽は、それを手に持って調べた。


「それは倍安愚楽バイアグラといって、波斯ペルシャからわたってきたものだ。

 昔、波斯の山の奥には、暗殺者たちを養成する機関があった。

 血の気の多いやつらばかりだから、当然、ケンカも多い。

 そこで血を流さずに決闘するために、それがつくられた」


「殺傷能力はありそうだが……」

 

「その重りは取り外しできる。だんだん重いものに代えていって、

 どこまで自分の刀でもち上げられるかを競うのだ!」


「ひっ」

 申陽は、倍安愚楽をがしゃんと落とした。

 今の話だと、この縄を吊るした男がいるわけで……。


「はっはっは、もうびびっちまったのか?

 じゃあ、これはどうだ。麗微虎レビトラだ」


 大王は、木のこん棒を手にとった。


「……これは本来は、倭国の金冷殴打法に使われるものだった。

 民間伝承では、二つの袋を外に出すことによって、テストステロン値が上がるといわれていたんだ。

 その効果をもっと高めるため、棒のほうも冷たくして、叩くんだな。

 局部の血流の増加をうながして、パンプアップさせるってえわけだ」


 パンプアップとは、筋トレをした後に、筋肉がふくらんでいる状態を指す。

 それに類似した何かの現象であろう!


「麗微虎は我が国に伝わり、急所を鍛える訓練方法となった。

 これで叩いて、耐え抜いたほうが――」


「他に何かないのか!」


「もちろんある。死亜利須シアリスだ」

 そして、単なる巻き尺のようなものを取りだした。


「これは単純に、飛距離をはかるものだ。だが、遠くに飛ばせば飛ばすほど、

 己の精は尽きていく……この勝負に勝ち抜いた者がいたが、

 その時にはもう、髪は真っ白になって老人のようになっていたという……

 これは命を賭けた決死の競争デス・ゲームだ。

 こいつにしようじゃねえか。面白えだろ?」


 申陽は額に冷たい汗が流れるのを感じた。


 この騒ぎをききつけて、周囲に観客が集まってきた。

「大王様と勝負するって?」

「バカなやつだ、勝てるわけないのに……」


 果たして、勝負の行方は?



 ――一方、その頃。


 肝油は西風大王の洞窟に忍び込み、金玉を探していた。


「ふつうの金持ちの家のような気がするがなあ……」

 下働きの者たちの目を盗んで移動しながら、こう思った。


 昔、使われていたらしい牢獄もあるにはあったが、もぬけのからだ。

 ほかの牢獄は、書類や備蓄用の食料を置く倉庫になっているようだった。


「……ここは?」

 肝油は扉をあけ、灯かりに火をつけた。

 どうやら、家の主人の書斎らしい。

 釣り竿、長距離走大会の記念品といったものが、ごたごた置かれている。


 そして特に目につくのが、棚のなかの薬品である。

 けばけばしい紙箱に金文字で「奔馬ほんば」だの「滾龍たぎりゅう」だの「勃攻ぼっこう」だのと書かれている。


「精力剤か?」

 妖怪世界の薬も、人間世界のものとデザインコンセプトはまったく同じだった。


 机の上には、使用者の感想をのせた小冊子があった。


「いや~、私は妻が六人もいるものですから。

 みんなに平等に接しないといけないでしょう。

 でも、仕事が多い日は疲れてしまって……。

 そんな時には、極仙堂ごくせんどうさんの「凄男すごぉい」ですね。

 これで家内円満! うちが平和なのは極仙堂さんのおかげですよ(笑)


                   清河県・東門慶とうもんけいさん」


「ハッ、すけべおやじめ」

 肝油は、ますます金玉のことが心配になってきた。


 こんなものを買い集める親父にとっつかまるなんて、今頃はどんなおぞましい目に遭っているのか。

 金玉、いったいどこだ――!

 

 その時、肝油の目に、奇妙な文字が飛びこんできた。


『寝取り薬』

 真っ黒い箱に、金文字でこう書いてある。


 ……寝取り薬?

 箱をあけると一枚の紙と、一粒の丸薬が入っていた。


「これは天竺てんじくよこしまな婆羅門僧ばらもんそうが法力をこめて練った、天命を変える秘薬である。

 この薬を相手にのませれば、たちまちなんじのとりことなるであろう。

 もしも相手に思い定めた者がいたとしても、その想いは露と消えてしまう。

 忌まわしい禁断の呪法の力により、天の定めた運命をくつがえし、

 月下老人の縄を断ち切り、思う存分相手を寝取れるものなり。

 ゆめゆめその効力を疑うことなかれ」


「ヘッ、いんちきくせえ」

 肝油は鼻で笑って、箱を元に戻そうとしたが――手が止まった。


 だいたい、金玉はどっちが好きなんだ?

 あのエテ公か? いや、そうでもないような……好感は持ってるかもしれないが、ベタ惚れってわけでもないだろう。

 三秘3P路線でないとしたら、なんだ?

 まさか大穴で帝とか? そうなったら勝ち目がないな。


 肝油の胸に、不吉な予感が黒雲のようにわきあがってきた。

 

「一応、もらっておくか」

 肝油は秘薬を懐に入れ、再び金玉の姿を探し求めるのであった。


 

 肝油が手にいれた禁断の秘薬とは?

 それには初期プロットを放擲ほうてきさせるほどの呪力があるという……。

 以下、次号!


※注意 冷やすならまだしも、殴打してはいけません。

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