28 西風大王は回春薬について語るのこと

 金玉は李燕に連れられ、風と共に、夜の街に降り立った。

 あちこちの店に明かりがともり、にぎやかな様子である。

 呵々大笑し、肩をくんで歩く妖怪たちがいる。


「――ああ、ここは!」

 李燕は絶望したように叫んだ。


「どこなんです?」

「色街だよ! 男娼通りとして有名な南風街路じゃないか。知らないのかい!」


 そういわれてあたりを見渡せば、呼び込みの男がいたり、やたらときらびやかな服をきた美少年がいたりする――どれも妖怪ばかりであるが。


「あっ、申陽さん!」

 比較的冷静な金玉は、少し先に申陽が歩いているのを見つけた。

 あの恐ろしいイタチの妖怪と一緒である。


「うちの人だわ!」

 申陽たち二人は、そろってにぎにぎしい灯の店に入っていく。

 

「あの、隣にいるやつは誰だい? あの人の浮気相手? それとも悪友?

 うちの人をよくない道に誘ってるんじゃないのかい!」


 金玉は、取り乱す李燕を落ち着かせようとして、こういった。

「その、申陽さんは……ぼくの婚約者だよ」

 これなら潔白を信じてくれるんじゃないかな?


「まああ! 婚約者のいる人に手を出すなんて……

 人のものを盗むのが、いちばんたのしいっていうからね!」


 なんにもならなかった。


「さあ、行くよ」

 そういって李燕は、虚空にいちまいの透き通るような、うすい布を出した。

 

「これをかぶってれば、あたしたちは他のやつからは見えなくなるんだ。

 だけど、体が消えたわけじゃないからね。

 他のやつにぶつからないよう、気をつけるんだよ」


 もともとが世話焼きらしく、丁寧に説明してくれる。

 金玉は李燕と一緒に、頭から布をかぶった。


 *


 その店は広く、いろいろな妖怪たちが卓に座り、酒をのんで楽しんでいる。

 なかには、しなだれかかる美しい妖怪の肩を抱いている者もいた。


 申陽と西風大王は、店の真ん中あたりの卓で、向かい合っている。


「さあ、まずは酒でも呑もうじゃねえか。

 ここは、わりあいに良い酒を出すんだぜ」


「早く用件をいったらどうだ」

 申陽は不機嫌な声でいった。


「やれやれ、若いのはせっかちでいけねえな」

 西風大王は苦笑して、酒を頼んだ。


「国破れて山河在り、城春にして草木深し……何事も、永遠なるものはねえんだ。そうだろうが?」


 西風大王は、何を言いたいのだろうか。


「鋭い槍も、いつかは錆びて朽ちてしまう。

 槍の柄は腐って、ふにゃふにゃ……。

 いつまでも闘い続けられるおとこは、そうそうはいねえんだ。

 おまえさんだって、そうなるかもしれねえだろ?」


 白いものを出しすぎると、最後には赤い玉が出て打ち止めになるという伝説がある。

 申陽は、その日を思ってゾッとした。


「おれはオトコの自信を取り戻そうとして、八方手を尽くして調べたんだ。

 するとだな、かの偉大なる仙人、太上老君たいじょうろうくんが、

 天帝の回春のために、ある秘薬を作ったそうなんだよ。

 その薬には、男が最初に吐き出したアレが必要なんだとさ」


 申陽は「精通時の体液が必要なのか」と理解した。


「そんなのは無理だろう。どうやって採取するんだ?」


「そうだよなァ。生えたとたんにいじくり回すのが、男ってものだからなあ。

 自分でこすってない男といったら、玄奘三蔵くらいじゃねえのか?

 だが、おれはあきらめなかった――そして、とうとう見つけたんだよ」


「まさか……」


「おめえさん、あの坊主に何もしてねえみたいだな。助かったよ。

 あの坊主は、いまだ達したことがない――聖童貞せいどうていなのさ」



「あらまあ、あんた、ほんとにそうなの?」

 すぐ横で、李燕が小声で尋ねた。金玉は仕方なく返事する。

「……はい……」

「栄養つくもの食べてないんじゃないかい? 心配だよ」


「大王さま、お酒入りましたー」

 店員が、申陽たちの宅に酒を置いていった。



「回春薬の材料のために、金玉をさらったのか」

 申陽はこぶしを固めながら、けわしい言葉でいった。


「そうさ。なにも痛いことするわけじゃねえ。

 ただちょっと鉢に出してくれたらいいだけさ。

 礼もしてやる。その金で祝言をあげるといい――悪い話じゃねえだろ」


「――断る! 金玉にそんなことはさせられん!」

 申陽はきっぱりと言いきった。


 申陽さん、ぼくのために……。

 金玉は胸の中に、温かい想いが広がるのを感じた。


「なぜだ!

 これは世のおとこたちを救う、偉大な行いなんだぞ!

 熱く焼けた鉄も、いつかは冷えて固まる……。

 おめえさんだって、いつまでもそのままじゃいられねえんだ。

 今から、先々のことを考えておいたほうがいいだろうが!」


 西風大王は、老爺心ろうやしんも含めて申陽に忠告した。


「できん!」

「おめえには、人の情けってものがねえのかよ!」


「もし、金玉が本当にそんな身であるのならば……私がすべて飲み干す!

 金玉のものなら飲める! むしろ飲みたい! 飲ませろ!

 なめとりたい……最後の一滴までッ!――ゆえに、金玉は渡さん!」

 

 申陽は己の獣欲をあらわにした。

 童貞だとは知っていたが、自分でしてもいなかったなんて……。


 金玉の秘密を聞いて、はらわたの少し下のほうが、煮えたぎってしまったのであった。


「チッ、交渉決裂ってわけだな」

 

「西風大王、勝負だ! 私が勝ったら金玉を返してもらおう!」

 申陽は(椅子から)立ち上がり、びしりと指をつきつけた。


「よかろう。受けてたとう」

 西風大王は不敵に笑った。


 その横で金玉は「申陽さん、サイテー……」と小さくつぶやいた。


 

 男を賭けた勝負がはじまる!

 果たして申陽は、金玉(の信頼)を取り戻せるのか?


 以下、次号!

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