27 李燕は泥棒猫をひっつかまえるのこと

「ほーら、茉莉花茶だぞ」

「あっ、どうも」


 大王にくっついていた子分が、牢の下の小さな穴から、金玉にお茶とお菓子をさしいれてくれた。


「蓮の実の砂糖漬けもあるぞ」

「……ありがとうございます」


 食べてみると、それは甘くてとてもぜいたくなお菓子だった。


「ところで、なんでぼくは連れてこられたの?」

「そりゃあ、大王さまがお望みになったからさ」


「人助けっていってたけど、なんのこと?」

「そりゃあな……」

 子分がいいかけた時だった。


「――ご苦労さん。おまえ、もう休んでいいわよ」


 通路の奥から、皮膚がぬめったように光る、あでやかな美人がやってきた。


「はっ、奥さま。でも、見張ってろといわれたんで……」

「少ないけど、これでもとっておおき」

 李燕は、子分の手にお金をにぎらせた。


「へへ、こいつぁ、すまねえですな。そんじゃあ、あっしはこれで」

 子分がいそいそと消えたあと、美人はガラリと表情を変えた。


「この泥棒猫! いつからあの人と付き合ってたの? さあ、お言い!」

 金玉は、その胴間声どうまごえで、相手が男であるとハッキリわかった。


「な、なんのことですか?」

「あんたが、あの人の浮気相手なんだろ!

 あんなに精力剤をたっぷり使って……どれだけヤッたんだい!」


「あの人って、誰?」

「さっき、あんたを連れてきただろ! 銀の爪と赤い眼を持ったたくましい人だよ!」


 そういわれても、金玉は「でっぷり太ったおじさん妖怪」としか見ていなかったので、一瞬「えっ、誰のこと?」と戸惑ってしまった。


「ああ、夫婦になって何百年と暮らしてきたのに……こんな人間の小坊主に奪われるなんて!」


「お、落ち着いて……。ぼくは、誰とも浮気なんてしてないよ!」


「ああ、あの人は本当に優しかったのに……。

 昔、二人で釣りにいったんだよ。

 あの人は、大きい魚が釣れたら、前にとった小さいのは、みんな川に戻してたんだ。

 それを見てたら、あたしゃ急に悲しくなってね。

 ああ、いつかはあたしもこんなふうに捨てられるんだ。

 若くて魅力的な美少年があらわれたら、あの人は乗り換えるんだって……」


 これがキャッチ・アンド・リリースの嚆矢こうしである。


「……あの人は、泣いてるあたしを見て、どうしたのかときいたよ。

 それで、あたしが思うところをいったら、

 『おめえは魚とは違うだろ。わかった。この先、おれが他の美少年を見たら、目がつぶれてもかまわねえ』っていってくれて……。

 そしてあたしたちは結婚したのさ」


 いい話だよね、と金玉は素直に感動した。


「……なのに、なのに! 外で浮気するならまだしも、家にほかの男を連れ込むなんて!」

 李燕はしゃがみこんで、わーっと泣き出した。


「だから、ぼくはさらわれてきたんだって……」


「フン、あの人はどっかへ出てったみたいね。

 あんたがここにいるってのに……。

 どうせまた、別な男のところへいったにちがいないよ!

 あんたをここに置き去りにして、お楽しみってわけさ!

 そうだわ、あんた……あの人に騙されてんのよ!」


 李燕は、合点がいったというふうに、ぽんと手を叩いた。


「どうせあの人は、愛してるだのずっと一緒だの、

 結婚してほしいだの、君だけだなんだのと言ってるんでしょう?」


「あの人」からはいわれていなかったが、肝油と申陽からは、朝昼晩、息を吐くようにいわれていた。


「そんなのデタラメだよ!

 あんただって、今はあの人の寵愛をひとりじめしているかもしれないけどね、

 もっと素敵な美少年があらわれたら、あたしたちはすぐに捨てられるんだよ!」


「そ、そうかな……」

 金玉は、ちょっと不安になった。

 いつか、彼らの愛が冷める時がくるのだろうか。


「そうだわ! あんた、あたしについてきなさい。

 真実ってものを教えてあげるよ」


 そういって、李燕は牢の鍵をあけた。

 金玉にとっては、何がなにやらわからぬが、牢から出られるのは賛成だった。


「お兄さん、どこにいくの?」

「あの人のあとをつけていくのよ」


 李燕は、金玉を裏口に連れていき、懐からお札を取りだした。

 それは西風大王が、自分の妖力をこめたものだった。


「これがありゃあ、どこでも行きたいところへ行けるぞ。美容院へ行くときにでも、つかいな」といって、渡してくれたものだった。

 何百枚もある。

 これを使えば、たちまち浮気現場をおさえることができる。


 だが李燕は、今まで使うのを躊躇ちゅうちょしていた。

 なぜなら、残酷な真実を知りたくなかったから……。


 しかし、ことここに至っては、離婚もやむをえない。


 李燕は悲愴な覚悟を固めて、お札を天にかかげた。

「風よ、あたしたちを、旦那様のもとに連れてっておくれ!」


 金玉は、たちまち激しい風に包まれた。



 人を不倫に導く遺伝子があるらしい!

 その名はAVPR1A(アルギニンバソプレシン受容体1A)型!

 遺伝だったら仕方がない!?


 以下、次号!

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