26 金玉は怪しの風にさらわれるのこと

 申陽は、おばにあっさりと頼みを断られてしまった。


「すまない、金玉」

「もういいよ。とりあえず、ご飯にしよう。

 明日になったら、おばさんの機嫌も直ってるかもしれないしね」


 そして三人は、干飯ほしいいを食べようとするのだった。


「これからどうするんだ?

 手ぶらで帰るってわけにもいかないぞ」

 肝油は申陽に尋ねた。


「他の活力剤を持ち帰るか……」

「帝に活力剤なんていらないだろうが。もともとヤリすぎなんだからな」

「確かに、そうなんだが」


 ――その時、ごうっと一陣の風が吹いた。

 その風はとても強く、目をあけていられないくらいだった。


「きゃっ」

 金玉の叫びだ。

 風がやんだあと、金玉の姿は忽然こつぜんと消え失せていた。


「……金玉? おい! どこへいっちまったんだ?」


「今の突風……まさか!」

「なんだってんだ」


「この辺りには、西風大王せいふうだいおうと呼ばれる、恐ろしいイタチの妖怪が住んでいる。

 気に入らない者は、人も妖怪も西方浄土――つまり、冥途だ――へ送ってしまううんだ。

 そして、風を操る術をこころえている。そこから西風大王と呼ばれるようになった。

 さらに、やつは無類の美少年好きだ。きっと金玉を見初めたにちがいない」


「……あのな……そういうことは、先にいっとけよ!

 『ここからは西風大王の領土だ。気をつけよう』みたいにな!

 いくらでも言えるだろうが!」


「だが、西風大王がヤンチャしてたのは、大昔の話なんだぞ。

 結婚してから、だいぶん丸くなったんだ。

 今はロータリークラブに入って、休日には清掃美化活動をやってると聞いた」


「いい親父さんなのか? じゃあ、なんで金玉がいなくなっちまってるんだよ!」


めかけがほしくなったのかもしれないな。ありうることだ……。

 ともかく、西風大王はこのへんの元締めだ。やつのところに話を聞きにいこう」


 *


「さあ、ここへ入ってな」

「わあっ」


 金玉は、牢のなかにどさりと放り込まれた。

 檻の外には、銀の爪をひからせ、太刀をもった、なぜかスウェット姿の恐ろしい妖怪がいる。


 西風大王は、子分にたずねた。

「どうだ。こいつで間違いねえか?」


「はい、はい! もちろんそうですよ。まっさらの初物でございまさあ」


「ぼ、ぼくをどうするつもり?」

 金玉は兎児をぎゅっと抱きしめて、勇気を出してたずねた。


「べつに、おめえをとって食おうってわけじゃねえ。

 ただちょっと、人助けに協力してくれりゃあいいいだよ」


 ……人助け?

 金玉は、ちょっと不思議に思った。何をするのかな?


「しばらくここでじっとしてるんだな。おい、よく見張っとけよ」

 大王は子分にいいつけ、のしのしと去っていった。


 *

 

 申陽と肝油は、ぜいぜい息をきらして山を駆けていった。


「……よし、ここが西風大王の住まいだ」

 それは三階建ての豪華な洞窟で、岩肌のあちこちの窓から、明かりがもれていた。


「私は表で大王を呼び出す。おまえは忍び込んで、金玉がいないかどうか探ってくれ」

「よしきた」

 肝油は昔とった杵柄で、いささかのためらいもなく、窓から忍び込んでいった。


「西風大王さま! 夜分にすみません。

 私は欧申陽と申すものです。お尋ねしたいことがございます」

 申陽は、正門の前で呼ばわった。


 しばらくすると、奥から、李燕のつくったご飯を食べて、満腹になった西風大王が出てきた。


「おやおや、猿美候さんとこの息子さんじゃねえか。どうなすったんで?」


「実は、私の婚約者が行方不明になりまして。

 西風大王は、このあたりを治めておられるでしょう。

 何かご存じありませんか」


「ほほう。どんな人だね?」


「その肌は雪のように白く、唇は桃のようにつややかで、

 玉をけずってつくったような目鼻立ちで、楚々そそとした優雅なふるまいで、

 鈴のような玲瓏れいろうたる声で、蘭のごとくたえなる香りがして――」


「白兎をつれている、かい」


「そ、そうです!

 西風大王、やはりあなたが……」


「フフフ……おめえさんの婚約者だったとはな。

 大事にしてるみてえじゃねえか。

 まだ、指一本触れちゃいねえんだろう?」


 ――なぜ、そのことを……!


 申陽は「きっと金玉はあっという間に手籠めにされて、後庭から一筋の血を流して『おやおや初めてだったのかね』なんて言われてしまったにちがいないんだー!」

 と、一瞬にして妄想をふくらませた。


「金玉に何をした!」


「まあ、落ち着けよ。

 坊ちゃんは、部屋で茉莉花茶ジャスミンティーを飲んでいるよ。

 ところで、もう飯は食べたのかい」


「そんな場合ではない!」


「焦るな、焦るな。婚約者はすぐに返してやる。

 その前に、男同士で話をしようじゃねえか。

 ちょっと待っててくれ」


 西風大王は奥にひっこんで、いかにも大人たいじん然とした、豪華な服に着替えてきた。

 そのいでたちは、彼の恰幅のよさを際立たせていた。


「いい店があるんだよ」


 そしてごうっと風が吹き、

 申陽は大王と共に、どこかへ連れ去られてしまったのであった。



 この記号*は、アスタリスクという!

 ラテン語のasterが語源で「星」という意味がある!

 だがこの作品で使うと、なんだか微妙なムードになってしまってびっくりだ!


 以下、次号!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る