西風大王は精力剤マニアのこと

25 西風大王はいつまでも現役でがんばりたいのこと

 さて舞台は変わって、ここは西風大王せいふうだいおうの住まう洞窟である。


 西風大王は、茶色い毛がびっしりはえた腕で、尻をぼりぼりかいて、リビングのじゅうたんの上でごろごろしていた。


 昔は、赤眼と銀の爪をもつ恐ろしいイタチの大妖怪として知られていたが、今はただのでっぷり太った、スウェットをきたおじさん妖怪である。


 壁にかけた山海鏡せんがいきょうには、妖怪世界の通販番組が映し出されている。

 これは妖術でもって、遠くの世界の出来事を見ることができる魔鏡なのだ。


「やっぱり、年なのかなあ……?」

 ため息をつく、壮年の妖怪男性。

 

「いざという時、元気になれない……。

 途中で息切れしてしまう……。

 昔はこんなんじゃなかったのに……。

 男として、自信がない……」


 頭を抱えて悩む妖怪男性たち。


「そんなあなたに、白蛇精はくじゃせい

 ガラナもマカもこえた、新時代の活力剤!

 貴重な白蛇エキスをたっぷり配合!

 年齢の壁を突き破る――噴火する火山のイメージ図――のは今だ!

 さあ、ご注文はお早めに!」


 ――試してみるか……。

 西風大王が、そう思った時だった。


「ねえあんた、晩ごはんは何がいい?」


 部屋に、美しい青色の着物をきて、金銀の腕輪をつけた、あだっぽい男が入ってきた。

 もう三十は過ぎてるだろうと思われたが、そのなまめかしい様子は、まるで花形の女形おやまのようである。


「んー……そうだな。精のつくもんがいいな。

 オットセイの睾丸とか、夜のまむしパイとか」


「もう、あんたったら、ゲテモノばっかり食べたがるんだから。

 地元でとれた、季節のものを食べるのが、いちばん体にいいんだよ」


「そうか。まあ、任せるよ。

 李燕りえんの作ったものはなんでもうめえからな」


「やだわ。お世辞なんかいっちゃって……」

 李燕は頬を染め、口元を袖で隠した。


 李とはスモモのこと、つばめは姿の美しい鳥である。

 まことに美人にふさわしい名前であった――男だが。


 そこへ、バタバタと子分がやってきた。

「大王さま、たいへんです!」


「なんだ、騒々しい」


「み、見つかりました! お探しの美少年が!」


 李燕は、美少年という単語にぴくりと反応した。


「そいつは、間違いのねえことなんだろうな」

 大王は昔日のように、赤い目をギラリと光らせた。


「はい! あっしは、男娼街で呼び込みを続けて数十年。

 男の目利きにかけては、はばかりながら、右に出る者はいませんぜ。

 確かに、親分のご注文通りのやつでございます!」


「で、そいつはどこにいるんだ?」


「今は照胎泉の近くにおります!」


「よし、わかった。捕まえに行くぞ」


 西風大王はむくりと体を起こし、山海鏡を消して、

 ゴルフクラブと一緒の筒につっこんでいた刀をとった。


「あ、あんた……刀なんて持ち出して、どうするつもりだい?」


「なあに、何も心配いらねえ。ちょいと運動してくるだけだ」


 運動……!

 李燕はその言葉を聞いて、胸に刃物を突き立てられたかのように思った。


 美少年と夜の運動……それって……。


「いってくらあ。メシはあとで食べるからな」

 大王は李燕に言い残し、子分をつれて、洞窟をのしのしと出ていった。


 

 夫が去ったあと、李燕はこうつぶやいた。

「――ああ、やっぱり、あの人は浮気してたんだ!」


 いつの頃からか、大王は李燕と床を共にしなくなった。


 さいしょは「べつにいいさ。新婚じゃあるまいし」と気にしていなかったのだが……。


 通販で次々に届く精力剤……。

 夫は隠しているつもりのようだが、箱と会社名でバレバレ……。


 夫の宝貝ぱおぺいの閲覧履歴には「精力剤おすすめランキング」「飲み方の注意点」「パートナーを満足させる体位とは?」といったページがずらずら並んでいる……。


 ――宝貝とは、法力がこめられた呪具である。この世のあらゆる知識を得ることができるのだ。

 

 さらには、男娼街で長く働いていたという小妖怪を腹心の部下とするようになった。

 そのうえ、李燕には指一本たりともふれてこない。


 ということは、つまり……。


「あの人は、もうあたしには飽きたんだね!

 他に良い男がいないかどうか、あの小妖怪に探させてたんだよ。

 そしてあの人は、あの山ほどの精力剤を使って、ほかの男と……わーん、悔しいっ!」


 李燕はヨヨと泣き崩れ、顔を手のひらでおおった。


 人の心は変わりやすいという。


 えい霊公れいこうは、美少年の弥子瑕びしかを愛した。

 弥子瑕が食べ残しの桃を渡すと、嬉々としてそれを食べるくらいだった。


 だが、のちに弥子瑕への愛が冷めると、

 霊公は「そういえば、あの時はよくもわしに食べ残しをおしつけたな。

 君主に残りものを差し出すとは、けしからん」といって、彼を罰した。


 ――紀元前の時代から、鬼畜ダメ男はいたのだ。


 李燕は、自分が打ち捨てられたスモモの実のように感じられた。

 彼の涙はあふれて止まらないのであった……。



 美少年を粗末にすると、二千年の後もその悪名が語り伝えられることとなる!

 以下、次号!

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